第三話 好物
洗濯物のことで、少しだけ揉めた。
「だから、タオルは裏返さないで入れてって」
「裏返ってたほうが乾きやすいんだよ」
「乾いたあと、私が全部戻してるの」
言いながら、自分の声が尖っているのがわかった。たかがタオルだ。表でも裏でも、体を拭けば同じだ。でも、毎日少しずつ積み重なったものが、たまたまタオルの形をして出てきただけで、本当はタオルのことじゃない。修もそれをわかっていて、だから黙った。
黙ったまま、修は台所に立った。私はソファでスマホを見るふりをした。
しばらくして、出汁の匂いがしてきた。それから、油に何かが沈む音。
「透子」
「……なに」
「できた」
テーブルには、茄子の揚げびたしが出ていた。濃い紫の皮に、生姜がのっている。
これは、ずるいと思った。私がこれを好きなのを知っていて、謝る代わりに出してくる。修はいつもそうだ。言葉の代わりに、皿を出す。
「……ありがと」
「タオル、表で入れる」
「うん。私も、言い方きつかった」
それで終わりだった。私たちの喧嘩は、だいたいいつもこうして終わる。友達に話すと「いい旦那さんだね」と言われる。そのたびに私は「でしょ」と答える。本当にそう思っている。
揚げびたしは、冷たくて、甘くて、しょっぱかった。
「おいしい」
「よかった」
修は自分の箸を止めて、私が食べるのを見ていた。
「これ、最近好きになったんだっけ」
箸が、止まった。
「え?」
「いや、前はそんなに食べなかったなと思って」
前から好きだよ、と言いかけて、言葉が出なかった。
前から、とは、いつからだろう。
母がよく作っていた。夏になると、大きな鉢にいっぱい作って、冷蔵庫に入れていた。私はそれを、学校から帰ると、立ったまま指でつまんで食べた。母に「お行儀」と言われながら。
そう思い出そうとして、別のことを思い出した。
子どものころ、私は茄子が嫌いだった。皮のきゅっとした感じと、中のぐにゃりとした感じが合わなくて、給食に出るとこっそり隣の子の皿に移していた。それは、はっきり覚えている。隣の子の名前まで覚えている。
じゃあ、母の揚げびたしを立ったまま食べていた私は、何歳だったのだろう。
いつ、好きになったのだろう。
「透子?」
「……ううん。前から好きだよ」
「そっか。俺の勘違いか」
修は笑って、また箸を動かした。
私も、もう一つつまんだ。おいしかった。おいしいと感じることに、何の疑いもなかった。疑いがないことが、少しだけ気持ち悪かった。
「うまそうに食べるようになったよな」
修が、独り言みたいに言った。




