第二話 ハンカチ
昼休みの給湯室は、電子レンジの前に小さな列ができる。
「三木さん、それ今日も自分で作ったの」
「昨日の残りを詰めただけですよ」
隣に並んだ野口さんが、私の弁当箱をのぞきこんだ。野口さんは経理の先輩で、二人の子どもを保育園に預けて働いている。いつも少しだけ髪がはねていて、いつもそれを気にしていない。
「えらいよ。うちなんか、今日コンビニのおにぎり二個だよ。しかも子どもが食べ残したやつと交換した」
「交換って、何と」
「私の朝ごはんと。どっちも食べ残しなの。もう誰のごはんかわかんない」
野口さんは笑い、私も笑った。こういう話が好きだった。誰のものかわからなくなるくらい、ごちゃごちゃに混ざった生活の話。私の家は、そういうふうには混ざらない。修の物と私の物は、引き出しも、歯ブラシの色も、きちんと分かれている。
電子レンジが鳴った。野口さんが自分のおにぎりを取り出し、私が弁当を入れる。
「そういえば、三木さん」
「はい」
「先週もそのハンカチ落としてたよね。ここで」
野口さんは、私がスカートのポケットから半分のぞかせていたハンカチを指さした。薄い水色に、白い小さな花が散っている。
「え」
「給湯室の床に落ちてたの。三木さんのだと思って、机に置いといたんだけど。気づかなかった?」
覚えていなかった。先週、ハンカチを落とした覚えも、机の上で見つけた覚えも。
「すみません、気づいてなかったかも。ありがとうございます」
「いいよいいよ。私なんか、ハンカチ持ってくることすら忘れるもん」
野口さんは手をひらひらさせて、席に戻っていった。
午後は、月末の請求書の束を片づけた。数字を打ち込んで、合計を確かめて、また打ち込む。単調な仕事は嫌いじゃない。間違いがあれば、必ずどこかで数字が合わなくなる。合わなくなれば、探せばいい。
三時過ぎに、ボールペンのインクが切れた。替えを探して、机のいちばん下の引き出しを開けた。
ハンカチがあった。
薄い水色に、白い小さな花。きちんと三角に折りたたまれて、引き出しの奥に、そっと置いてあった。
私はポケットのハンカチを取り出して、並べてみた。
同じだった。色も、花の数も、端のかがり縫いの糸の色も。違うのは、折り方だけだった。私はハンカチを四角に折る。母がそうしていたからだ。三角に折ったことは、たぶん一度もない。
野口さんが机に置いてくれたものを、私が引き出しにしまったのだろうか。三角に折って。
それなら、今ポケットに入っていたほうは、何だろう。
同じハンカチを二枚買ったのかもしれない。気に入って、色違いではなく同じ物を。そういうことは、ある。誰にでも、ある。
私は二枚のハンカチを手に取って、どちらが自分のものか考えた。考えて、わからなかった。どちらも同じくらい、私のものに見えた。どちらも同じくらい、知らないものに見えた。
結局、三角のほうを広げて、四角に折り直して、鞄に入れた。もう一枚は引き出しに戻した。
帰りの電車で、鞄からハンカチを出して、額の汗を拭いた。
柔軟剤の匂いがした。うちで使っているのとは違う、少しだけ甘い匂いだった。




