すまん
俺は、机の上の指輪に目を向けた。
古びた銀の指輪。
宝石もない。
派手な装飾もない。
ただ、内側に一瞬だけ浮かんだ文字の羅列のようなものが、妙に気になった。
爺さんは、扉の方へ視線を向けた。
「……あれを持ってきてくれ」
部屋の隅に控えていたメイドが、静かに頭を下げる。
「かしこまりました」
メイドは音もなく部屋を出ていった。
俺は爺さんを見る。
「見るだけじゃなかったのか?」
「見るだけだ」
「なら、別にそこまでしなくてもいいんじゃないか?」
「普通に見るだけならな」
「……どういうことだ」
爺さんは答えなかった。
ただ、指輪を見ている。
いや。
指輪だけを見ているわけじゃない。
俺の事も見ている?
俺と、指輪。
その間にある何かを確かめるように…
爺さんが何を考えているか分からないのはいつものことだが、今はそれとは少し違う。
そう思った瞬間だった。
何かが反応した。
「……ん?」
俺は思わず手を止めた。
今のは、気のせいじゃない。
まず、ナイフ。
護身用というには少し古く、飾りというには妙に実戦向きに見える短い刃。
それが小さく鳴った。
チリ、と。
金属同士が擦れたような音。
次に、胸元
内ポケットに時空に繋がってる球体が、じわりと熱を持った。
少し大きい、透明に近い球。
普段はただの丸い石みたいなものだ。
だが、今反応している。
「……複数?」
俺は自分の体の違和感を探る。
ナイフ。
球体。
それだけじゃない。
まだある。
もっと深いところ。
道具というより、近い場所。
胸の奥。
心臓のさらに奥。
そこに刻まれているものが、ゆっくりと目を覚ますように震えていた。
「……これは」
息が止まりかけた。
なんでだ。
なんで、これが反応している。
俺は無意識に胸元を押さえた。
「ノア」
爺さんが静かに俺の名を呼ぶ。
「何が反応した」
「……分からない」
嘘だ。
本当は分かっている。
けれど、言いたくなかった。
俺が今まで、なるべく考えないようにしてきたもの。
俺が俺であるために刻まれている、もう一つの証。
真名。
それが、反応している。
なんで俺の真名が反応しているんだ……?
指輪は何も答えない。
ただ、古びた銀の輪の内側に、また文字が浮かび上がった。
今度は消えなかった。
ゆっくりと。
まるで俺に読ませるように。
知らないはずの文字が、俺には聞こえた。
『契約、確認』
背筋が冷えた。
その時、扉がノックされた。
「失礼いたします」
戻ってきた使用人の手には、黒い布に包まれた箱があった。
爺さんはそれを受け取ると、机の上に置いた。
ゴト、と重い音がする。
「ノア」
爺さんは箱に手を置いたまま言った。
「本当に見るだけで済むかどうかは、お前次第だ」
「……最初と話が違うだろ」
「すまん」
爺さんは、ゆっくりと黒い布を解いた。
「見なければ、何も始まらん」
箱の蓋が開く。
その中に入っていたものを見た瞬間。
ナイフが鳴った。
球体が光った。
そして俺の真名が、焼けるように熱を持った。




