第十一話 なんで俺が副部長に……
五月十二日 月曜日
「もぐもぐ……この坊っちゃん団子、やっぱり美味いっすね!」
「せやろ? ウチの目利きに狂いはないんや。ほら、しーちゃんも」
「ありがとうございます、みのり先輩。あむっ……ん、甘くて美味しい」
愛媛でのゲリラ合宿から明けた、月曜日の放課後。
旧校舎の一角にある、あのホコリまみれだった空き教室――もとい『旅部』の部室には、のどかなお茶の時間が流れていた。
長机の上には、週末に道の駅で大量に買い込んだ愛媛銘菓がズラリと並べられている。
「……なんか、すっかり部室らしくなったな」
俺が紙コップに注いだお茶を飲みながら呟くと、隣に座っていた詩乃が「ふふっ」と小さく笑った。
窓から差し込む夕日が、彼女の髪を柔らかく照らしている。
ふと視線が絡み、詩乃が口の動きだけで『ね、慧くん』と微笑みかけてきた。
俺も周りにバレないように、小さく頷き返す。
「コホン。のんきにお茶しとる場合やないで、お前ら」
そんな甘い空気を、長机のお誕生日席にふんぞり返った先輩の咳払いが遮った。
先輩は、一枚のプリントをバシッと机の真ん中に叩きつける。
「今日は我が『旅部』の幹部を決定する、重要な会議をするで!」
「会議? なんすかこれ。『今年度 部活動役員届』……?」
大貴が団子を片手にプリントを覗き込む。
そこには、部員名や活動内容を書く欄のほかに、『部長』『副部長』『会計』といった役職の記入欄があった。
「あのな、ウチらは一応学校に認められた『正式な部活』や。でもな、今年度の役員名簿をまだ生徒会に出してへんのや。このままじゃ活動予算も下りへんし、最悪、活動停止を食らう可能性もある。だから、ちゃんと役職を決めて提出するんや」
「なるほど。で、部長は誰がやるんですか?」
「愚問やな。この部活の発起人で、学年一桁の頭脳を持つウチ以外に誰がおるんや。ウチが『部長』や」
迷いなく自分の名前を一番上の欄に書き込む先輩。
まあ、そこは異論はない。この暴走機関車を止められる人間は俺たちの中にはいないからだ。
「よっしゃ! じゃあ俺、『副部長』やりたいっす! なんか響きがカッコいいし!」
「却下や。あんたみたいな赤点ギリギリのやつが副部長やったら、生徒会から『この部に予算を任せて大丈夫か』って疑われるわ」
「理不尽!!」
大貴の夢は、開始一秒で無残にも打ち砕かれた。
「大貴くんには『宴会部長兼、特攻隊長』の称号を授ける。で、副部長には……慧、あんたを任命する」
「はあ!? なんで俺なんですか!」
「消去法や。正式な部活とはいえ、ゲリラで動くウチらは生徒会から目をつけられやすい。だから、窓口になって交渉する真面目な『防波堤』が必要なんや。あんた、口達者やし適任やろ」
「防波堤って……要するに、生徒会からの小言を聞くクレーム処理係じゃないですか! 絶対嫌ですよ!」
俺が全力で拒否権を発動しようとした、その時だった。
「あの……!」
隣で静かに話を聞いていた詩乃が、おもむろにスッと手を挙げた。
「私……『会計』、やってもいいですか?」
「おおっ? しーちゃんが? お金の管理とか、めんどくさいで?」
先輩が眼鏡を押し上げながら聞き返すと、詩乃は真剣な表情でこくりと頷いた。
「はい。私……この部活を、ちゃんと意味のある場所にしたいんです。だから、私にもしっかり裏方のお仕事をさせてください」
それは、愛媛の海沿いの駅で彼女が語っていた決意と同じだった。
部活として、みんなで色んな場所に行くために、自分も役に立ちたい。そんな彼女の真っ直ぐな思いが伝わってきて、俺は小さく息を吐いた。
「……わかりましたよ。俺が副部長、やります。しn……中井さんが会計をやるのに、俺だけ逃げるわけにもいかないですし」
俺が渋々といった態で承諾すると、詩乃はパッと花が咲くように顔を輝かせた。
大貴が「ええーっ、慧ずるいぞ!」と騒いでいる隙に、詩乃は俺の服の袖をちょこんと引っ張り、耳元で小さく囁いた。
「……ありがとう、蒔田くん。一緒に頑張ろうね」
くすぐったい吐息と、甘いシャンプーの香り。
俺は「……ああ」とだけ返すのが精一杯で、必死に顔のニヤけを抑え込んだ。
「よし! これで我が『旅部』の幹部は決定や! 顧問の藤原ちゃんにもハンコもらったし、さっそく明日、生徒会室にこの名簿を叩きつけに行くで!」
「叩きつけるな。穏便に提出してくださいよ」
こうして俺たちは、正式に役職を背負うことになった。
部長・みのり先輩。副部長・俺。会計・詩乃。宴会部長・大貴。
このふざけた、けれど居心地の良いメンバーで。俺たちの本当の『部活動』が、いよいよ幕を開けたのだった。
◇ ◇ ◇
五月十六日 金曜日
無事に生徒会への役員届も受理され、名実ともに『正式な部活』となった俺たち旅部は、放課後の部室に集まっていた。
「ぷはーっ。やっぱり放課後に部室で飲むコーヒーは格別やな。バックパッカー時代に南米で飲んだやつより美味いわ」
パイプ椅子に深く腰掛け、マイマグカップからコーヒーをすすっているのは、顧問の藤原先生だ。
今日は珍しく、部活の顔出しに来てくれていた。
「先生、すっかりくつろいでますけど、今日は真面目な作戦会議ですからね。生徒会から『ちゃんとした活動計画を出せ』って釘刺されてるんですから」
副部長(兼、対生徒会防波堤)としての責任感から俺が釘を刺すと、長机のお誕生日席で腕を組んでいたみのり先輩が、バッと勢いよく立ち上がった。
「慧の言う通りや! ゲリラ組織にも計画性が求められる時が来たんや! というわけで、今日は我が旅部の『第一回・公式トラベル』の行き先を決定するで!」
「っしゃあ! 俺、次は絶対美味い肉かラーメンが食えるところがいいっす!」
大貴がバンバンと机を叩いてテンションを上げる。
隣に座っていた詩乃も、期待に満ちた目で先輩を見つめていた。
「しーちゃん、次はどこに行きたい?」
「うーん……せっかく正式な部活になったんだし、ちゃんと歴史とか文化を学べる場所がいいな。レポートも書きやすいと思うし」
「さっすがウチの会計! 真面目やな! その意見を採用して、ウチが弾き出した次の行き先は……ズバリ『名古屋』や!」
先輩がホワイトボードに大きく『名古屋』と書き殴る。
「おおっ、名古屋! いいっすね!味噌カツ食いてぇー!」
「うむ。でもな、日帰りにしてはちょっと行きたいとこが多すぎるねん。一日で名所を回って、さらに生徒会を黙らせるだけの分厚い報告書を作るには、ウチら四人が固まって動くのは非効率や」
先輩の言葉に、藤原先生が「ほう」と感心したように顎を撫でた。
「なるほど。つまり『部隊を二つに分けて、別々のルートを調査する』ってことか。二班に分かれれば、回収できる写真も情報も二倍になる。生徒会へのアピールとしては完璧やな」
「さっすが先生、話が早いわ! というわけで、今回は2対2のチーム戦で名古屋を回るで!」
「チーム戦!? なんか燃えてきたっす!」
大貴が目を輝かせる。
確かに、ただ四人でぞろぞろ歩くより、二手に分かれた方が動きやすいし、報告書のボリュームも稼げる。理にかなった作戦だ。
「じゃあ、チーム分けはどうするんですか? やっぱり、先輩と大貴、俺と中井さんですか?」
俺が極めて自然な流れを装って提案すると、先輩はチッチッと指を振った。
「甘いわ慧。旅にはハプニングが必要不可欠! チーム分けは公平に、これや!」
先輩がホワイトボードにキュッキュッと描いたのは、四本の縦線が引かれた『あみだくじ』だった。
下には『Aチーム』『Bチーム』と二つずつ書かれている。
「さあ、各自好きなところを選び! 運命の女神は誰に微笑むかな〜?」
「俺、一番右っす!」
「じゃあ私、一番左で」
「なら俺はその隣で」
それぞれが線を選び、先輩が赤ペンで線をなぞっていく。
結果は――。
「……よし! 決定やな!」
「うそだろ……」
大貴が頭を抱えて机に突っ伏した。
あみだくじの結果は、『みのり先輩&大貴』がAチーム。
そして、『俺&詩乃』がBチームという組み合わせだった。
「ギャアアア! なんで俺が先輩と二人きりなんすか! 絶対荷物持ちでコキ使われる未来しか見えないっす!」
「光栄に思いな大貴くん! ウチのプロデュースで、京都のディープなスポットを這いつくばって調査させてやるからな!」
「嫌だあああ! 慧、代わってくれ!」
「お断りだ。あみだくじの神様に感謝するんだな」
俺が大貴の悲鳴を冷酷に切り捨てると、横からチョイチョイ、と制服の袖を引かれた。
「……よかったね、慧くん」
大貴の絶叫と先輩の高笑いに紛れるほどの、小さな囁き声。
振り返ると、詩乃が口元を両手で覆いながら、嬉しそうに目を細めていた。
「うん。……よろしく、詩乃」
俺も声を潜めて、彼女の名前を呼ぶ。
大貴には悪いが、これ以上ない最高のチーム分けだ。
「よし、ほんならチームも決まったことやし、各チームでどこを回るか計画を立てるで! 決行は明後日の日曜日や!」
「お前ら、あんまり無茶な計画立てて迷子になるなよ。俺はそうだな……行きたいところがあるから一人で回る。何かあったらとりあえず電話してくれ」
藤原先生が気楽な調子で締めくくり、旅部の部室は一気に活気づいた。
正式な部活動の第一歩は、たまらなく楽しみな予感に満ちていた。




