第17話 1500人の国、バスカニア
領主の館。
広い机の上には、帳簿が山のように積まれていた。
ミオとセレナは、その前に並んで座っている。
ミオは一冊をめくりながら、首をかしげた。
「これ、全部把握してるの?」
セレナは迷いなく答える。
「はい。内容は一通り頭に入っています」
ミオは手を止めた。
「なんでそんなに詳しいの?」
セレナは淡々と答える。
「私はこの館のメイドでしたが……貴族たちは仕事をしませんので」
少しだけ間を置く。
「実務は、すべて私がやっていました」
ミオはぱちぱちと瞬きをした。
それから、ふっと笑う。
「なるほどね。それは助かる」
帳簿を閉じると、ミオは地図を広げた。
ルミリア王国の地図。
その北部に、いくつもの小さな印が点在している。
ミオは一本のペンを取り、村の位置に印をつけていく。
一つ、また一つ。
やがて十八の印が並んだ。
「……全部で十八村か」
セレナが頷く。
「はい。人口は合計でおよそ千五百人ほどです」
ミオは少し考える。
「この村が一番大きいんだよね?」
「約二百人です」
ミオは地図全体を見渡した。
広い。
だが、そのほとんどが森林だった。
人の住める場所は、ほんのわずかしかない。
「……五百万人の国の中で、ここだけ切り取ると……ほんとに辺境だね」
ぽつりと呟く。
それから、ミオはペンを持ち直した。
占領地域をぐるりと囲む。
そして、その中央に書き入れる。
――バスカニア自治国。
セレナがその文字を見つめた。
「バスカニア……魔法用語で“底知れない”という意味ですね」
ミオはうなずく。
「うん。この国は、大きくしていきたいんだ」
少しだけ笑う。
「どこまで広がるか、分からないくらいにね」
セレナはその言葉を静かに受け止めた。
ミオはふと思い出したように言う。
「あとね、セレナ?」
「はい」
「私と話すときは、敬語は使わなくていいよ?」
セレナは少しだけ驚いた顔をした。
「それは……なぜ?」
ミオはあっさりと答える。
「私は魔王様の命で“楽しい国”を作るの」
肩の力を抜いたように続ける。
「だから、堅苦しいのは無しね」
セレナはしばらく考えていた。
やがて、小さく息を吐く。
そして、少しだけ口元を緩めた。
「……うん。じゃあ改めて、よろしくね。ミオ」
ミオは嬉しそうに笑った。
「うん、よろしく!」
少し間を置いて、ミオは地図を指差す。
「さて……まず何をするか、だけど……」
その言葉に、セレナの表情が変わった。
驚きと、少しの戸惑い。
「……え?」
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数日後。
バスカニアの各地。
点在する村々に、小麦が運ばれていた。
袋を担ぐオークたち。
その横で、一緒に運ぶミオとセレナの姿。
かつて年貢として取り立てられた小麦が、今は村人へと返されていく。
村人たちは、最初は遠巻きに見ていた。
恐る恐る近づき、手を伸ばす。
それでも、ミオは変わらず笑っていた。
「はい、どうぞ!」
その一言に、少しずつ警戒が解けていく。
子供たちは先に打ち解け、大人たちを引っ張ってくる。
魔族と人間。
本来、相容れないはずの存在が。
同じ場所で、同じ食べ物を分け合っている。
それは、まだ小さな変化だった。
けれど確かに――
この地に、新しい国の息吹が生まれ始めていた。
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