第10話 スターから被告に
牢の扉が、重い音を立てて開いた。
「出ろ」
兵士に腕を取られ、ミオは牢から引き出された。
手首には手かせがはめられている。
石造りの廊下は冷たく、足音が長く響いた。
やがて、大きな扉の前で立ち止まる。
扉が開く。
そこは法廷だった。
高い天井。
石の壁。
そして、段差のついた席に並ぶ黒い法衣の聖職者たち。
まるでミオを見下ろすような位置だった。
ミオは証言台の前に立たされる。
中央の席に座る老人が、ゆっくり木槌を手に取る。
――バン。
乾いた音が響いた。
「これより開廷する」
裁判長の視線がミオに向く。
「被告ミオ。貴殿には魔女の嫌疑がかけられている」
ミオは思わず声を上げた。
「魔女なんかじゃないよ! 私、悪いことしてない!」
法廷がざわめく。
隣の聖職者が立ち上がり、羊皮紙を広げた。
「被告の罪状を読み上げる」
冷たい声だった。
「被告は闘技場において魔法を使用した際、聖なる魔導書に存在しない詠唱を用いた」
「これは神より授けられた言葉を冒涜する行為である」
ミオはすぐに言い返した。
「違うよ! 意味は同じだよ? 魔導書の言葉をちょっと組み替えただけ!」
その瞬間、別の聖職者が立ち上がった。
「馬鹿な!」
怒りを押さえきれない声だった。
「魔導書の詠唱を変えて魔法を発動させるなど不可能だ!」
鋭い視線がミオに突き刺さる。
「そんなことができるのは――魔女だけだ」
法廷がざわめく。
ミオは首をかしげた。
「できるよ? 私、王国図書館の魔導書なら全部覚えてるもん」
沈黙が落ちた。
次の瞬間、聖職者たちが一斉にどよめく。
「全部だと?」
「あり得ない……」
「魔導書は何千冊あると思っている」
――バン。
裁判長が木槌を叩いた。
法廷が静まる。
裁判長は机の上の一冊の本を手に取った。
厚く、古びた本だった。
「これは魔道聖書」
重々しい声で言う。
「すべての魔導書の基礎となる、最も聖なる書だ」
ページをめくる。
「そうだな……174ページ」
裁判長はミオを見た。
「この内容を一文字も間違えず読むことができたなら、魔女ではないと認めてやろう」
ミオの顔がぱっと明るくなった。
「ほんと? 任せて!」
ミオは本を見ないまま、読み始めた。
『神の使いが地上に降り立ち、泉に触れたとき。
その水は魔力を宿す。
人はその泉を魔力の泉と呼び――』
声は淀みなく続く。
詰まることも、迷うこともない。
聖職者たちが顔を見合わせていた。
「……間違いがない」
「一語一句同じだ」
「本を見ていないぞ」
読み終わる。
ミオは少し得意そうに笑った。
「どう? ちゃんと読めたでしょ!」
聖職者たちがざわめく。
「本当に一文字も違っていない」
「我々でも暗記など不可能だ……」
裁判長が木槌を叩く。
――バン。
法廷が静まり返る。
裁判長はゆっくり口を開いた。
「確認した。内容は完璧であり、一文字も違っていない」
ミオの顔がぱっと明るくなる。
だが――
次の言葉は冷たかった。
「よって被告ミオは魔女であり、有罪とする」
ミオの表情が固まる。
「え? そんな! 一文字も間違えず読めたら魔女じゃないって言ったのに!」
裁判長は静かに言った。
「聖職者は神の言葉を覚えようと日々努力する…だが人は神には届かぬ存在」
そして断言する。
「ゆえに魔道聖書をすべて暗記することなど不可能」
「それを一文字も違えず読むことができた貴殿は、人の姿を借りた魔女である」
木槌が振り下ろされた。
――バン。
「量刑は邪悪なる地への追放」
「これにて閉廷する」
兵士がミオの腕を掴む。
ミオは呆然としたまま連れて行かれた。
石の廊下。
鉄の扉。
再び、牢屋。
扉が閉まる。
ミオは小さくつぶやいた。
「……どうして?」
答える者はいなかった。
↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!




