③脳をいじったりするのは嫌です
それにしてもこの村は人が数が少ない。
外を歩いている人も少ないし、そもそも家の数が少ない。
本当に小さな村のようだ。
「こんなところに本当に赤髪の男なんているのかな」
「いたら殺す。いなかったら別を探す。それだけのことよ」
この村と一緒でシズネも冷えてらっしゃる。
どうもこんな村にはいなさそうな気がするけど……でも魔物を統べる奴が急に現れるくらいだし、なにがあるかわからないかもね。
「んで、博士ってどこにいるの?」
「確か、村外れの変な家だったと思うわ。私も数回しか会ったことないから、むこうが覚えているかわからないけどね」
「へぇ」
村外れの変な家……うん、絶対アレだ。
見つけた家は明らかに変だ。紫色の煙突に、ツギハギだらけのカラフルな壁。アンテナみたいな何かや、意味のなさそうなモニュメントが家を飾っている。他の家々とは格段に違った異質さを放っている。
「ここよ」
「でしょうね」
中から半裸のねえちゃんでも出てきそうなピンク色のドアをシズネがノックした。
『はーいはーい、今日はお客さんが多い日なのね~』
中から出てきたのは白衣を纏った小柄な人間の女性だった。金髪ポニーテールで眼鏡を頭に付けていて、白衣を引きずりそうなほどサイズが合っていない。しかも語尾がどうもおかしいような気がする。人間の言葉だからよくわかんないけど、なんとなく。
「あれあれあれ、確かシズネちゃんなのね~」
「お久しぶりです博士」
魔物の言葉、どうやら人間じゃないらしい。
というかこいつが博士か。
「おや、おやおやおや? そこの猫はどなたなのね?」
「トラジだけどなにか?」
「あなた魔力が感じられないけど、そういう特殊能力なのね?」
そうか! そういう特殊能力であって、実は俺って魔力あったのか!
「違います。絶対魔力ないです」
シズネに120%即否定された。
「またおもしろいお友達を連れて、今日はどうしたのね?」
「いえ、近くに寄ったものですから、ご挨拶だけでもと思ったのですよ」
シズネが敬語ってことは、この博士とかいう奴、相当偉いんだな。
「んで、博士ってなにもの?」
「自己紹介がまだだったのね。あたしはジルベット・ファブレガス。ジルって呼んでくれたらいいのね。ライテンコだけどほとんど縁は切ってるのね。このクレイジースノーでは人の姿で住んでるのね。周りの人には魔物ってのはバレてないけど、変人扱いされてるから結局誰も近寄って来ないのね」
えーっと、どこから質問すればいいんだ……。
「ライテンコってなに?」
「雷属性の牽引種族なのね」
ってことは、ネロフェリスやクログライフと同じでセブンスピアを輩出する種族ってことだよね。
「一番すごいの?」
「すごいかどうかはわからないのね。あたしはその種族とはほとんど縁を切ってるから立場とか関係ないのね」
「どうして人の村に住んでるの?」
「食糧補給の楽さと人の文明に興味があるのね」
魔物のクセに人の文明に興味があるって時点でどっかおかしいよねこの人。
「じゃあ最後の質問ね。魔法科学ってなに?」
「魔力を動力とした道具や魔力を高めたり抑えたりする、簡単に言えば魔力をコントロールするための科学なのね」
「うん、よくわかんねぇ」
「人間の方がこの分野は進んでいるのね。魔物には特殊能力があるけど、人間にはそれがないのね。でも、人間は魔法科学によって作られた武器を使うことによって自分の能力を引き出すことができるのね」
つまり、なんかスゴイってことか。
俺が全てを理解しましたっていう顔をすると、ジル博士が背伸びをしたと思ったら唐突にシズネのコートの中に襟元から手を突っ込んだ。
「ひゃっ!」
「これこれ」
何かを取りだしたと思ったら、シズネの首元にペンダントが光っている。
「あたしが作った最高傑作のひとつなのね」
「……博士、言ってくだされば自分で出しますから。いきなりそういうことはやめてください!」
「あはは、ごめんなのね」
「んで、それ何?」
「これは所持者の魔力を吸収して溜めるペンダントなのね」
「なんのメリットがあんの?」
「魔力っていうのはあればいいもんじゃないのね。最初にコントロールを覚えるためには少量の魔力から始めるのが一番いいのね。シズネがまだ小さい頃、自分自身の魔力が高すぎてコントロールに苦戦していたようだったから、あたしがコレを作ってあげたのね」
「吸収した魔力ってどうなるの?」
「ペンダントに溜まっていくのね。最大容量を計ったことはないけど、コレにはまだまだ入りそうなのね。この溜まった魔力は、自分の意志でいつでも解放することができるのね」
「へぇ」
「シズネ、前に会った時よりも強くなってるのね。さっきユマが顔見せに来たけど、単純に魔力だけならなかなかいい勝負しそうなのね」
「博士ったら誉め言葉がお上手で」
「ふっふっふ、あたしは嘘つかないのね」
嘘つかなくてもこの隠しようもない胡散臭さは……。
「ちなみに、ペンダントに含まれる魔力はあたしとシズネにしか感じられないから、他の者には今のシズネは中の上くらいの魔物クラスの魔力しか感じられないのね」
「中の上がどんなものかよくわかんないけど、俺が下の下っていうのだけはとりあえずわかる」
「そう! トラジと言ったのね? あたしは君に大変興味があるのね!」
ガバっと俺に飛びつき頬ずりをしてくる。
く、苦しい……。
「は、博士! 離れてください!」
「ハッ、おもしろそうな研究材料を目の前にすると我を忘れちゃうのね」
シズネの言葉で解放される俺。
ん? 待てよ。今【研究材料】って聞こえたんだけど……。
「トラジ、そんな怯えた目をしなくても大丈夫なのね。別にハラワタを取りだしたり、脳をいじくりまわしたりなんてしないのね、タブン」
「…………」
もうすでに例えがこえぇよ。つーかタブンってなんだよタブンって。
ゴクリとツバを飲み込む。
「そんな怯えたトラジに質問なのね。魔力がないことでなんか悩みあるのね?」
「悩み……?」
「例えば、トラジに私が魔力を供給したとして、トラジはそれを受け取る器を持っているのかどうか――」
「いやよくわかんないけど、悩みは人の言ってることがわからないこと! それが一番のストレスだよ」
「おぉ! すばらしいのね!」
「なにが?」
博士は一度部屋の奥の方へ姿を消し、すぐに戻ってきた。
「じゃじゃーん! なのね」
いちいち「なのね」いらねぇだろ。今のは相当無理やりだったぞ。
博士の手のひらにはひとつの緑色の石があった。
「ソロモンの石なのね」
「なにそれ」
「全ての言語を理解できる石なのね」
「またまた~ウソでしょ?」
「ウソと思うなら試すのが一番なのね」
言うなり首輪を取りだし、俺の首に巻き、石をつけた。
っていうか首輪も用意してるあたりがすげぇな。
「じゃあ人の言葉で喋るのね、ほらシズネ」
「あ、はい。って何を話せばいいんですか?」
「なんでもいいのね。 今日のご飯はなにを食べたいのね?」
「んー、寒いので温まるものがいいですね」
「……どうなのね?」
…………。
わかる!!
わかるっていうか今人の言葉喋ってたよ確かに!
なのに意味が伝わってきた……!
「すごいねコレ!」
「さすがあたしなのね」
博士のドヤ顔に対して本当に尊敬の念を抱いてしまった。
「本当にわかるの? トラジ?」
「わかるよ」
「トラジのバカ」
「バカって言ったでしょ」
「言ったかしら?」
「だからわかるんだってば!」
まったくひどいこと言うなー。
もしかして普段から人の言葉で俺の悪口言ってたんじゃ……?
「それはトラジにプレゼントするのね」
「ほんとにいいの?」
「いいのね。そのかわり、ちょっと実験に付き合ってもらうのね~」
ニヤニヤと博士が俺に近付いてくる。
も、ものすごく怖い……。
そしておもむろに俺の背中になにかをくくりつけた。
んぐ、重い……。
「これは空気中に浮いている魔力をかき集める装置なのね。これでトラジに魔力が供給できるハズなのね」
「おぉ! 俺もついに魔法デビューの時が……!」
シーン。
つまり静寂だ。
うん、なんにも起こらないね!
「あれれ? おかしいのね。普通はぐいぐいどどどどって作動するハズなのね……」
「ぷぷ」
「シズネ今笑ったっしょ!」
「笑ってないわよ」
「笑ったじゃん! ぷぷって笑ったじゃん!」
「何したってどうせ魔力ないんだから、なんにもしなくていいんじゃない?」
シズネさっきからひどいぞ!
「うーん、悔しいのね~。機械は失敗じゃないハズなのね。でも失敗はおもしろいのね!」
いや、機械が失敗作じゃないってことは失敗は俺ってことじゃねぇか!
どういうことだよ!この傷ついたハートを癒す機械を出してくれよ!
「トラジ! あたしがきっとそのうち魔法を使えるようにしてあげるのね!」
「あ、はい。どうも」
「ふふふふ、今から腕がなるのねー!」
どうやら博士のなにかスイッチがオンになって火がついたらしい。
まぁ、魔法なんて使えなくたって別にいいんだけどさ。
とりあえず人の言葉がわかるようになっただけでいいや。
……いや、待てよ。人の言葉がわかるようになったけど、人の言葉を話せるようになったわけじゃないんだよな?
「博士! あの、人の言葉を話せるようになったりは……?」
「…………」
なんか言ってくれよ!
「そのうち作っておくのね!」
その発想はなかったと言わんばかりの笑顔で返事をされた。
うん、お願いしますよ。
「それじゃあそろそろ行きますね博士」
「もう行くのね? あと二時間くらい新作について語りたいのね」
「なげーよ」
「人探しをしてるので、また今度でお願いします」
「わかったのね。それじゃあ気を付けるのね。この辺は急に吹雪いたり、雪崩とかもあるから危ないのね」
「わかりました、親切にありがとうございます」
「またなのね~」
ばいばーいと手を振る博士を尻目に、俺たちは寒い寒い外の世界へ出て行った。
「トラジ、さっき博士が言ってたけどさ」
「んー?」
「ここは吹雪いたりして視界が悪くなりやすいし、匂いも消えてしまうの」
「うんうん」
「トラジは魔力がないでしょ?」
「うんうん」
「目視と匂いと気配でしか見つけられないのよ」
「つまり?」
「つまり、私から、その……離れちゃダメだからね」
「じゃあ抱っこしてよー、足冷たいよー」
「うふふ、死にたいのかなトラジ君?」
「ずびばぜん……」
鼻水垂れながら雪に頭つけて土下座した。
まぁ、確かに一度はぐれると厄介だし、極力シズネから離れないようにしないとな。
「さって、ここからさらに北上して、あの山に行くわよ」
「へ?」
気の抜けた声が思わず出てしまう。
何を言っているのだろうかシズネさんは。
あの山って、真っ白ででっかくて超危なそうな雪山じゃねーか!
「あの山の上には、水属性の魔物【カセン】の集落があるの」
「うんうん」
「じゃ、行くわよ」
なんでやねん!
この村に赤髪がいるって話じゃなかったのかよ!
「状況が変わったのよトラジ」
「どーいう風に?」
「この村にはすでにいないことが判明したの。だから今度はアソコに行くのよ」
「うん、いつどういう風に状況が変わったのかは知らないけど、とりあえず嫌だ」
「じゃあここでお留守番してる? 博士の家で、博士の実験台になって脳をいじられたりして待ってる?」
「……それも嫌だ」
なんだコレ。俺の納得できる答えがまるでないぞ!
「トラジひとつだけ教えてあげるわ」
「はい」
「わがまま言うと怒るわよ?」
わぁい、すごくイイ笑顔で怒られた!
「本当にすみませんでした!」
雪を十センチほど掘る勢いで土下座した。
行けばいいんでしょ、行けば……。
これで全ての言語を理解できるようになりました!
ソロモンの石ってありきたりな感じですが……発明品としては超一級品です。実はジル、なにげにものすごい発明品を軽々とトラジにあげちゃいましたw




