魔石
幸いなことにリディアの服は公爵邸に届いていた。一着だけどうしても欲しい、無ければ仕立ててもらおうと思った服――見つかってリディアは歓喜した。
シグルドが去った後、侍女やメイドにウェディングドレス、ベールを外してもらい、ナイトウェアに着替えさせられた。あまり考えていたくなくベッドの住人になった。
翌朝、邸の慌ただしさが内外共に落ち着いているように感じた。リディアではなくシグルドがいることが慌ただしさの原因だったのだろう。
彼はもうここにはいない。
「好きにさせてもらっちゃお」
朝食を食べ、着替えを一人でして、今この家を任されている人を呼び出した。
やはり、昨日の初老の男性が現れた。
(私の格好にちょっと驚いたみたい。目が一瞬見開いた)
「名前を教えてください。あなたの」
「ヨハン・アイゼンフェルトと申します。この邸の執事を任されております」
「そう、ヨハンとお呼びしてもよろしくて?」
「もちろんでございます」
「ではヨハン。私、旦那様からご自由にお過ごしください、好きなものはどれだけ買っても構わないと言われたのはご存知?」
「伺っております」
「そう、話は早いわ。ではまず、クロイツ邸はこのままにしておいて」
優秀な執事は怪訝な顔を見せることはしなかった。
「それは理由をお聞きしても?リディア様には庭など見苦しい状態にあると存じます。庭師を手配しているところでして」
「理由は秘密。公爵令嬢があまりみたことがないものに興味をそそられたとでも思ってちょうだい」
そう言うと立ち上がり扉に軽やかに向かった。
(制服サイコーー!)
(動きやすいし多少汚れても気にならない!
さて!庭というか林というかもはや森では?みたいなお庭探索するぞー!)
侍女がついてきたが、一人でいたいからと少し距離を取るよう頼んだ。
(制服、帽子、カゴ、鑑定の準備バッチリです!
……ん?
これ薬草じゃない?鑑定しなくてもわかる。あそこにも!あそこにも!あ!魔石!いっぱいある!)
これまでの鑑定経験から鑑定しなくても色々なお宝がわかるようになってしまっていたリディアであった。
(いや鑑定の本気はこんなもんじゃない……うーん、でも最初から本気出さなくていいかな。ここにたくさんお宝があることは分かったし)
リディアは待機していた侍女を伴い邸にもどった。
「ヨハン、火を使いたいのだけど暖炉を点けるか、厨房のどこかを借りてもいいかしら?」
「幸い私は火魔法を使えます。お手伝いしてもよろしいでしょうか」
「まあ、丁度いいわね。あ、でも瓶はあるかしら?コルクで蓋ができるような。お酒の空き瓶とかでも構わないのだけど……あ、いえ、お酒がいいわね、中身のある安いのでいいわ!あと鍋を用意してください」
「かしこまりました。少々お待ちを」
準備に部屋を出るヨハンをリディアは少し冷めた目でみていた。
(信用はされてないな。まぁ一日で信用もなにもあったものじゃないけど。
ヨハンは私を奥様とは呼ばない。旦那様の妻としても認めていない)
リディアはシグルドのことは旦那様と呼ぶことにした。なぜならシグルドはリディアの名前を呼ばないから。
「お待たせいたしました。こちらでよろしいでしょうか」
(高そうなお酒!安いのがそもそも無いのかな)
リディアは内心を見せずに微笑んだ。
「充分よ。ありがとう」
(さて!リディアちゃんのクッキングの始まりです!)
(ヨハンに暖炉に火をつけてもらいます。弱火とか指定できるらしい。すごいヨハン)
お鍋を火の上に置いてお酒を鍋に注ぎます。
洗った薬草を七枚鍋に入れます。
魔石を五つ入れます。
あとは魔石が溶けるまでクツクツ煮るだけ。
魔石の影響で薬草もほとんど溶けてしまうので漉し器いらず!お酒の瓶に溶かしたものを戻して完成!
「リディア様、これは何なのでしょうか?」
「以前は水で作っていたのですがお酒でも問題ないかと、あ、これはですね、薬草水?」
違う名前だったかもと少し焦るリディアだったが、今は『鑑定』で確認ができない。
「薬草の効果を高めたものです。もっと煮詰めれば塗り薬にもなります」
「少し……分けていただくことはお願いできますか?」
「ヨハン、どこかに傷が?」
「いえ、私ではなく友が……」
「そういうことでしたらもちろん!あ、待ってください!さっきも言いましたがお酒で作ったのは初めてなので」
リディアは何かを探すように視線を動かした。
リディアは机に向かい何かを手に持った。
ペーパーナイフだった。ヨハンが止める間もなかった。
「これくらいでいいでしょう」
リディアの指先から血が垂れる。
「リディア様……」
「大丈夫。痛くありません。それより瓶を」
リディアは瓶から薬草水を傷にかけた。
「わ!煮詰めてないのに綺麗に消えました。効果はむしろ上がってますね」
信じられないものを見たかのように目を見開くヨハン。落ち着いた執事の姿はそこにはなかった。
リディアはヨハンに瓶を差し出した。
「どうぞ。ヨハンの友の傷が治りますように」




