愛さない
大聖堂で行われた結婚式は厳かで豪華であった。
短い時間ではあったが、国王夫妻自ら臨席したこの上なく名誉ある婚礼だった。
誓いの言葉、腕輪の交換、全てが空々しく感じたのはリディアだけではないだろう。
今日、夫となるシグルド・クロイツもまた望まぬ結婚だったのは明らかだ。
リディアはシグルドと並び立った時、背の高さに驚いた。
(二メートルくらいあるんじゃないかな。もしかしたら超えてるかも)
ウェディングベールが二重三重になっておりハッキリと顔は見られなかった。黒髪ということくらいしかわからない。シグルドからもリディアの顔は見えないだろう。
儀式が終わり本来ならば披露宴に移るところだ。
パンパンと軽くと手を叩く音が聞こえる。
「見事な結婚式だった」
アレクシス・ローゼンベルク、リディアの兄であった。
「リディア、美しい装いだ」
リディアの婚礼衣装は純白の薄布が何枚にも重なり、銀の刺繍が透け光を反射し、それは幻想的で妖精のようであった。
「クロイツ卿、我が家で披露宴をするのを固辞したそうだな」
「王命がありまして」
「ならば仕方あるまい」
アレクシスはさして残念でもなさそうに言う。
「では私の妹をよろしく頼む」
用事はそれだけだったのか去っていく。
(お兄様らしくない……いえ、らしいのかも、ここでシグルド・クロイツと接点を持つことが重要だった?)
「姫君、失礼する」
「えっ、きゃっ」
シグルドはリディアを両腕で横に抱えた。
大聖堂を出ようとする足取りは優雅なのに歩幅の大きさからリディアには走っているように感じた。
大聖堂を出た後、クロイツの馬車に乗せられた。
「私は先にクロイツの公爵邸に戻ります」
そうリディアに言うと、颯爽と馬に跨り、駆け出した馬、その姿はあっという間に見えなくなった。
リディアはまだ婚礼衣装を着ているのが気になったが、クロイツの馬車に乗せられた以上、そのまま進むしかなかった。
王都にあるクロイツの公爵邸は広いが、北に本城があるせいかそこまで整えているようには見えなかった。
門を通り過ぎ、邸の前に着き馬車から降りると初老の執事らしき男性が出迎えた。
「リディア様。ただいま慌ただしくしておりますがどうぞご容赦ください。お部屋までご案内させていただきます」
確かに邸の内外が慌ただしい。リディアが来たせいだろうかとも考えられたがどうやら違いそうだ。
リディアが案内された部屋は上品に纏まった落ち着いた部屋だ。
「主からリディア様のお好きなように内装等変えるよう言われております。ご要望があればなんなりとお申し付けください」
「変える必要はないわ。お気遣いに感謝を……伝えてちょうだい」
「かしこまりました。失礼いたします」
リディアはシグルドの気遣いに感謝を伝えたかったがシグルドをなんと呼べばいいのか分からなかった。シグルド様?旦那様?
部屋には侍女とメイドが控えていたが、リディアは下がらせた。
(忙しいみたいだし人手はあった方がいいでしょ。私も一人の方が気楽だし)
前世では誰かに側にいてほしかったのに今は一人の方がいいだなんて不思議だ。
(あっ、でも服を着替えるの手伝ってもらえばよかった)
今更言うのも迷惑だよね、と思ってしまうリディアの感性はまだ日本人寄りである。
(そもそも私の服あるかな?あるよね?ローゼンベルク公爵邸から送られてきてるよね?)
リディアが父に北の壁に嫁ぐよう言われてから一ヵ月、そうまだ一ヵ月しか経っていないのだ。その一ヵ月間リディアはほぼ軟禁状態であり何も知らされぬまま自室に閉じこめられていた。そして結婚式があるのを知らされたのは僅か二日前だった。
(このドレスよく一ヵ月で作れたなぁ。フィッティングもしてないぶっつけ本番だったのによく着れたもんだ)
着ながら縫ったりしていたのでそういうものなのかもしれないが。ますます一人では脱げそうにない。
少し興味がわいた。
『鑑て』
扉が音を立てて開いた。
(ひゃあっ)
リディアは叫びを心の中で抑えられた自分に拍手をした。
「失礼する。姫君」
入ってきたのはシグルドだった。リディアはまだウェディングベールを被っていたが、その高身長なシルエットからかの人を見間違いはしなかった。
「あ、シ、あ……」
(だから、シグルド様?旦那様?)
リディアは多少混乱していた。
「姫君、私はこれからしばらく家を空けます。その間どうぞお好きに過ごしてください」
「え……あの、どれくらいですか?」
「……姫君」
シグルドの声は硬い。
「私はあなたを愛することはありません」
リディアは硬直した。息さえ止まった。
「あなたに求める妻としての役割は社交の場に妻が必要な時だけ。子供は必要なら養子をとります」
シグルドは淡々と告げる。何でもないことのように。
「ここではどうぞご自由にお過ごしください。好きなものをどれだけ購入していただいても結構です」
扉に向かう足音が大きく聞こえた。
「それでは失礼」
そして扉は閉まった。
「……本当に失礼だよ……」
リディアはぽつりと呟いた。




