薬草水
(さて!今日も鑑定するぞー!)
制服、帽子、カゴ!リディア、準備は万全である。
今回は絞って鑑定しようかな、などとリディアが考えていた時、扉が控えめにノックされた。
「どうぞ」
「リディア様、お尋ねしたいことがございます。お時間をいただくこと、お許し願えますか」
そう言ったのはヨハンである。一昨日会った時より憔悴しているように見えた。
「ヨハン?大丈夫ですか?とても疲れているようですが」
「この程度の疲労、主や騎士たちのことを考えればものの数にも入りません」
「……友の傷は治りましたか?」
「はい、ですが足りないのです」
ヨハンは歯を食いしばり苦しそうに言った。
「この邸には凱旋は果たしたものの主にはついて行けないほどの傷を負った者がたくさんおります。本城には凱旋にも来れず死を待つばかりの者も、そして今まさに西で戦っている者たちにも」
「薬草水が必要なのですね」
リディアの声は静かだった。
「リディア様!どうか薬草水の作り方を教えていただけないでしょうか!自分で試してみたのですが一度も成功しないのです」
「昨日、いえ一昨日作った時に聞いてくれてよかったですのに」
「誠に恥ずかしながら、自分にもできるのではないかと思ってしまい……」
「いいでしょう。教えますので、ヨハン、材料を用意してください。お酒と魔石と薬草です。厨房を貸してもらいましょう」
薬草は乾燥していても構いませんとリディアは続けた。
「ありがとうございます。リディア様」
憔悴は残っているもののヨハンの表情は明るくなった。
厨房は五つあり、大厨房と呼ばれる厨房は主人や客人の食事を作る場所である。現在はリディアのためだけにしか使われていない厨房なのでそこで薬草水を作ることにした。
「私は何を間違えていたのでしょう」
材料を前にしたヨハンが呟いた。
「どのように作りましたか」
「リディア様と同じようにしたつもりでした。魔石五つと薬草七枚を酒で煮込んで……ですが魔石が溶けなかったのです。繰り返しましたがやはり溶けず、魔石を纏めて鍋に入れたりもしました。そうしたら五個以上魔石が溶けたように見えたのですが薬草水にはなりませんでした」
リディアは小さく頷く。
「全ての魔石が火にかければ溶ける訳ではありません。溶ける魔石が必要なのは事実ですが魔石にも相性があります。おそらく纏めていれた時に相性の悪い子が入ってたんでしょうね」
「どのようにすれば見分けがつくのでしょう」
「経験です。よく見れば魔石の種類もわかるようになりますが、一見真っ黒に魔石は見えるのですぐには難しいですね」
項垂れるヨハンを励ますようにリディアは笑顔を見せた。
「大丈夫です。楽な方ですよ。溶ける魔石を探せばいいのですから。つまり最初にヨハンがやっていたやり方が正解です」
相性の悪い魔石と纏めて煮なければいい。それだけだ。
「今回は私が魔石を選別します。火加減はヨハンにお願いします。煮詰めて塗り薬にしたものも必要でしょう」
リディアは楽々と魔石を選別していく。
ヨハンの瞳にリディアへの敬意が宿った。
リディアもなにも最初から魔石を選別できていた訳ではない。むしろ困惑していた。
ゲームでは、青魔石とか赤魔石とか名前の通り色がちゃんとついて表示されていたのに真っ黒なのだが?と。
魔石を繰り返し繰り返し鑑定して何色の魔石かと確認して確認して――五年もかかって判別できるようになった。獲得に五年も費やした技能なのだ。
「ヨハン、せっかく厨房なのですから人を呼びませんか?火を扱える場所なのですから手伝ってもらいましょう」
「いいのですか?隠しておきたい秘術なのでは?」
「大袈裟です。多分私以外にも見つけた人もいるんじゃないでしょうか。何より怪我人が減るならいいじゃないですか」
苦笑しながら答えるリディアに、ヨハンは心の中で敗北宣言をした。
結果、リディアの魔石の判別速度が早かったため他の厨房も巻き込んで薬草水を作ることになり。この一日で大量の薬草水ができあがったのであった。
(流石にちょっと疲れたー。目がシパシパするー)
お風呂に入って今日は寝させてもらおう。今日の薪はいつもよりよく燃えるはず。溶ける魔石は火を燃やすのには向いていない。
――この世界において魔石の使われ方は主に炭と同じであることを知った時には驚いた。
《アルバイト》の《レシピ》には魔石がよく使われていたから。でもリディアの今居る世界では魔石は全て同じように見えるから仕方のないことなのかもしれない。
(けど誰かが研究しててもおかしくないんだけどなー、一見同じで違う性質を持つ石だよ?そそられない?)
ノックの音がし、リディアは流れる思考を止めた。
「ヨハンです」
「どうぞ」
「本日は誠にありがとうございました。あの後、薬草水を早馬で北と西に送りました。これで大勢の命が助かります。邸にいる騎士たちも全快しました。明日にでも西に向かうでしょう」
ヨハンも疲れながらも充足感のある様相だった。
「役に立てたのならなによりです」
「役に立つなど……そんな軽いものではありません。クロイツが救われたと言っても過言ではないのです」
「ヨハン」
少し首を傾げたリディアが尋ねる。
「北は今更ですが分かります。魔獣大南下があってそれを防いだのでしょう。ですが西は?旦那様は西にいらっしゃるのですか?」
「ご存知ないのですか?」
ヨハンは目を見開いた。今日でヨハンは表情豊かになったな、などとリディアは思った。
「私は結婚式まで一ヶ月ほどローゼンベルグ公爵邸の自室で軟禁されてまして、外の情報が全く入って来なかったのです」
「なるほど……。説明させていただきます。我が主シグルド・クロイツはレオポルド王より西部魔獣群の討伐を命じられたのです」
リディアは息を呑んだ。
ヨハンは続ける。
「けれど充分な補給も約束されておらず、魔獣により難民となった者や盗賊に身を落とした者もいるでしょう。主であっても苦戦を強いられる状況……ですが」
ヨハンはリディアを真っ直ぐ見つめた。
「奥様のおかげで短期で帰ってこられる希望が持てました」
ヨハンは一礼し、部屋から出ていった。
リディアは混乱していた。胸の奥が冷える。
西の魔獣群には覚えがあった。
(ティナ!ティナが魔獣群を鎮めその功績を聖女として讃えられるはずだったイベント!ティナ!行かなかったの!?なんで?攻略キャラと、この世界ではきっとユリウス様と一緒に向かうはずだった!)
混乱は収まらなかった。
(私が何かしたから?この世界のルートを変えるようなこと。断罪でみっともなく足掻かなかったから?旦那様と結婚したから?それよりもっと前?私が記憶を取り戻したから?)
わからない。
(でも、結局は断罪も変えられなかった。どんなに身に覚えがなかろうと、アリバイがあろうとも)
リディアは思わず手で顔を覆った。
ティナが転生者なのかそうでないのかは今も分からないままだった。
(転生者ならきっと西に向かったはず、でも現代人の感覚なら恐れて向かわなかったというのもありうる?)
ゆっくり息を吐く。
(落ち着いて、私。リディア・ローゼン……いえ、リディア・クロイツ)
目を閉じ深呼吸を三回。
(よし!落ち着いた!)
目を開く。オペラピンクが輝いた。
(ティナのことは考えても分からない!私のできること!旦那様が帰ってくるまで薬草水を作りまくる!
お金はいくら使ってもいいって言われたから魔石を買い占めて……はまずいな。他の人の生活に影響でてしまう。独占しない程度に買う!)
明日ヨハンに相談しよう。
(あ、そういえばさっき奥様って呼ばれた?)
リディアは自分の感情の上下の激しさに笑った。




