ep.37 実験室にて
「旦那様!クロイツ薬局二号店も軌道に乗りましたね」
リディアは報告書を手にシグルドに笑みを向けた。
「とは言っても、二号店に関しては私は折々の確認と最終確認をした程度なのですが」
「人に仕事をまかせるのも仕事のうちですよ。姫君は油断すると働きすぎかねませんし成長されてるかと」
「それ、褒めてますか?」
「もちろんです」
「複雑です」
リディアは報告書を閉じた。
「二号店も順調、となると次は配送を整えたいです」
「遠方向けのですか」
「はい。王都から離れた領地にも届けられるようにしたいです」
「それは良い考えですが、輸送中の盗難や偽物への対策も必要になりますね」
「あっ」
「姫君は思いつくのは得意ですが、悪意に対する問題を見逃しがちですね。それが良いところだとも思いますが」
「……褒めてますか?」
「どうでしょう」
リディアは複雑そうに黙った。
「…………クロイツであることを全面に出すのはどうでしょう」
「どういう意図で?」
「輸送の問題ですが、隠して運ぶより、武のクロイツのものであることがわかるようにした方が被害を抑えられるかと思いまして」
「抑止力ですか」
「そうです」
「では輸送する際には薔薇と盾の印ではなくクロイツの家門、壁と盾の家門を押し出しましょう」
ふと机の上の手紙が目に入った。
「姫君、その手紙は?」
「あぁ、兄からです」
リディアはつまらなそうに答えた。
「長々と書いてありますが要約すると、高級薬草水を送れとのことです」
正直、嫌ですが、とリディアは独り言のように続けた。
「送ってあげてもよいのでは?」
リディアは目を見開いた。
「意外です。旦那様はうちの実家の者を嫌っているかと思いました」
「好感は持っていません。ですが感謝もしているので」
「感謝?」
「姫君と私を縁付けてくれたので」
リディアの顔は赤く染まった。
リディアは実験室でシグルドといる時のみ手帳の解読ができた。
紙を用意し、手帳の隠された誤字を抜き出していく。
「普通の誤字も混じっているのが厄介です」
フーと一息ついた。
「旦那様、念の為少し息を止めていてくれますか?」
「何をするつもりですか?」
「毒霧装置を封じた瓶を五つ用意しました。そのうち一つに浄化の砂を入れてフェルン村にあったことを再現しようかと思いまして」
「……わかりました」
「ありがとうございます」
リディアは蜜蝋を剥がしてガラス栓を抜き、折った紙の上に用意していた浄化の砂を素早く流し込んだ。再び栓をすると、継ぎ目を蜜蝋で封じる。
「もう大丈夫です」
「こういう事をする時も私の同席は必須と思ってください」
「……む。了解です」
「フェルン村の再現とは?」
「あの時は浄化の雨で毒霧を消しましたが、毒霧装置は魔石が一部割れて崩れたりしていました。あれが時間経過でそうなったのか浄化の雨のせいでそうなったのか確定しておきたくて」
では解読にもどりますと、リディアは手帳を広げた。
どうやら今の作業は息抜きだったらしい。危険な息抜きもあったものだ。
十数分したころ、何かが割れるような音がした。浄化の砂を入れた瓶の、毒霧装置の魔石の一つが崩れ始めていた。
「時間経過の可能性も残されていますが、ミストラの、迷いの森の泉では魔石が全て粉状になってたことを考えると、やはり浄化の雨の効果で毒霧装置の魔石が壊れたとみるのが自然ですね」
リディアは顎を指で軽く叩いた。
「あとは毒霧装置の効果時間。短ければ短いほどいいのですが」
「今は毒霧装置は作ってからどれくらいに?」
「三週間です」
「時間で設置した人物を特定、推察するのは難しそうですね」
「残念ですが……では!私は手帳解読を進めます」
リディアはまた手帳と紙に向き合った。
「……古代文字って考えてみれば不思議ですよね。古代と呼ばれるほど昔に日本語がある程度普及していたということでしょう?」
「確かに。姫君のように前世の記憶を持った人が何人も、もしかしたら何百、何千といたかもしれません」
「前世でなくとも、たまたま他の世界の言語と古代語が一緒だった可能性もありますが……旦那様の考えた世界だとしたら」
もしかしたら……リディアは呟くように言った。
「私は本来、古代に前世の記憶を持って生まれたのかもしれません」
そうなると、今の《聖花のレガリア》との符号の一致が気になってしまうが。
「姫君が古代ではなく今いることに感謝せねばなりませんね」
(なんか最近旦那様、溺愛モードに入ってない?恥ずかしいのだが?!)
マルタは告解をすれば気持ちが軽くなると思っていた。
何故だか気持ちが重い。
あの神官がいけないのだ。私はただ告解がしたかっただけなのに。
リディアのことをまるで魔女のようだと思っていたことを告白した。
なぜかそのことを執拗に聞いてきた。
薬草水を怪しいと思っていたこと。
西の地で見せた奇跡を話した。まるで魔女の仕業だと思っていた。
今はそんな風に思っていない!
……いないはずだ。
告解すらまともにできないなんて。
自分の不器用さに泣けてくる。
でも告解室で話したことは誰にも伝わらない。
告解室は秘密が守られる。
マルタの秘密は、マルタとその神官しか知らないことだった。
知らないはずだった。




