ep.38 手帳の解読
『神殿は危険視している』
『先人の研究家が作った迷わずの緑石を作れた』
『危ないところだった』
『偶然』
『起動発動の石と魔石の組み合わせ』
『毒を発生させるものかもしれない』
『古代文字は文字だけで事象を起こしかねない』
リディアはまだ途中だが、手帳から解読できた文章をこの世界の言葉に直し、シグルドに見せた。
「……どう思われますか?」
シグルドはしばし沈黙した。
「新しい情報は、迷わずの緑石というものですね。少なくとも二つはあることになります。この研究家、もしくは別の者が迷いの性質のある泉に行けた理由になりえます」
リディアの脳裏に狩猟区を迷わず駆けていたティナの姿がよぎった。
「ティナさんが、狩猟区で迷った様子がなかったのはこの緑石を持っていたからかもしれません」
「となると、この研究家は神殿に拉致された可能性があります。迷わずの緑石だけ奪われたのかもしれませんが」
無事であればいい、とリディアは思った。
「……「危ないところだった」、というのは如何様にも理由が想像できますが、わざわざ隠してあったということは、「偶然」と「起動発動の石と魔石の組み合わせ」、更に「毒を発生させるのかもしれない」、と繋げて考えることができますね」
「はい、この研究家の方が、起動発動石を持っていて魔石で偶然、毒霧装置を作った可能性があります。……毒霧装置に必要な魔石は六つです。偶然作れても不思議ではありません」
リディアは手帳を見た。
「危険なのはこの方が起動発動石と魔石の組み合わせで何かができるというところまで辿り着いていることです」
独自でレシピ、しかも起動発動石が必要なレシピを探り始めていたことがわかる。
「もしかしたら、それより先に進んでいるかもしれません」
「……「古代文字は文字だけで事象が起こしかねない」ですか」
シグルドの声に揺らぎはなかった。
「それが事実なら、古代文字は世界の常識を覆しか寝ません」
発動石も起動石も、種類を問わず石に文字を刻むことで機能する。
もし古代文字そのものに力があるのなら――
リディアは恐ろしく感じる気持ちと同時に試したくもあった。
その気持ちを抑える。全て解読した後でいい。
リディアは解読方法を変えた。
間違いを探し出し抜き出して書き出すのではなく、模写し、正しい箇所に横線を引いた。こちらの方が早く、見落としなく誤字を抽出できた。
『古代文明はゴーレムを作り、農耕、建築に役立てた』
『しかしそれが戦争の道具となった』
『滅びた』
『ゴーレムとはなんだろう』
『泉と共に眠る、とある』
リディアはここまで解読し、シグルドに報告した。
「『ゴーレム』とはこの研究家の方はわかっていませんが、あの岩人形のことです」
「……「泉と共に眠る」……もしこの情報が神殿か他の者に渡ったならば、毒霧装置を泉に設置した理由が見えたかもしれません」
「ゴーレムを起こすという目的で泉を起こそうと、毒霧装置を設置したのでしょうか」
「おそらく。その、ゴーレムがあったのは四つめの泉だけでしたが」
リディアは考え込んだ。
「納得できる部分とそうでない部分が……不思議だったのです。泉を穢す目的がなんなのか。私が浄化し虹色の石を手に入れた。つまり結果だけ見ると私しか得をしてません」
でも目的がゴーレムを起こすことであったなら納得できます、とリディアは続けた。
「でも、四つめの泉、あそこにはゴーレムが何体もありました。けれど起動したのは二つだけ……」
「起動発動石が二つしかなかった可能性があります」
「そうですね……」
でもフェルン村では井戸を含め十五個の起動発動石を使っていた。リディアは呟いた。
チグハグな印象がある。
「姫君、泉を毒で起こせば全て起動すると思っていた可能性、試験的に二体しか動かさなかった可能性、ゴーレムに対して扱いが一枚岩ではない組織の可能性、フェルン村とは別の者の可能性、どれも考えられます。今は深みに嵌まらないほうがよろしいかと」
こうしてシグルドはリディアを掬い上げてくれる。
「……ありがとうございます。旦那様」
温室から出てきた男に神官が近寄って報告をしていた。
「なるほどねぇ、もう壊れちゃったかテオドール君。まだ聞きたいことたくさんあったんだけどね。自白剤飲ませすぎたかね」
さほど残念ではなさそうに男は言った。
「あ、でも薬草水飲ませたら正気に戻るんじゃないかな?買ってきておいて高級薬草水」
神官は一礼し下がっていった。
「クロイツの聖女さま、自白剤作ってくれないかな」
男は冗談のように言った。




