ep.34 模倣薬局
ティナは神殿の告解室にいた。
いつもは心静かに待っていられたが、今日はそうもいかなかった。
(早く来て……早く来て……!早く神様の言葉を聞かせて……!)
板で隔てられた向こう側に誰かが入ったのがわかった。
小窓からその誰かが座ったのが見えた。
「お辛いですね。聖女ティナ」
低く落ち着いた声が聞こえた。
「司祭様!……神様のお言葉を聞かせてください!」
ティナは俯いた。足先まで巻かれた包帯が見える。
「……神様の言う通りにしたのにうまく行きませんでしたなぜです?」
ティナの声は震えていた。
「でも迷わずに辿り着けたのでしょう?」
「はい、神様にいただいたネックレスのおかげで……」
荒い息を吐くティナ。
「足が……痛い、痛いです。助けてください、司祭様、神様……」
「聖女ティナ、これを受け取りなさい」
小窓から手が差し出された。手の上には白い箱があった。
「これは……?」
箱を開けると小さな小瓶が二つあった。
「神の御慈悲です」
司祭の声はどこまでも穏やかだった。
ティナは震える指で小瓶を握り締めた。
ヨハンは迷っていた。
くたびれた手帳を手に取りため息をつく。
「これを奥様にお見せするかどうか……」
手帳の持ち主は失踪した古代文字研究家である。
古代文字を研究している神官を対象には調査を控えていたが、古代文字研究家の足取りを遡らせていた。
そして見つけたこの手帳。半分くらいはただの日常的なことが書かれていた。今日食べたもの、天候など他愛無いものだ。
だが残り半分は古代文字で埋まっている。
(奥様ならばきっと読めるだろう)
しかし何が書かれているかわからないものを見せるのは不安があった。
(奥様は危うい人だ)
魔石の知識、レシピページ、どちらも危険であった。
そして先日の魔獣狩猟祭。調べ、護衛騎士からの情報から、魔獣のいる森を危険をかえりみず飛び込んだことを知っていた。
危険を恐れない者は危険だ。
ヨハンはまた、ため息を吐いた。
主であるシグルドに判断を仰ごう。そう思った。
王都では薬局の話で持ちきりだった。
長年の腰痛、頭痛が治った、古傷が治ったと。
肌荒れにも効果があり肌が綺麗になったという者まで現れ美容薬としても注目された。
ただ一度に買えるのは二個までであり、毎日長蛇の列でなかなか買えるものではなかった。
そんな中新しくまた薬局ができたという。
噂の二号店だろうか。
人々の足はそちらにも向かった。
売り場には、すぐに効果は出ないが長く使うと効果が出るという商品説明が張り出してあった。
そんなものだろうか?
しかし個数制限はなく安価なため、商品はよく売れた。
フィオナはおかしいと思った。
薬草水の売り上げが僅かに落ちた。他の商品の売れ行きは変わらない。他の商品の売れ行きに変化があれば気にならないほどの僅かな差。
「お忙しい奥様に相談するほどのものでもないかもしれない……」
公爵邸でひとりこぼした。
「相談した方がいいわ」
「カティア!……びっくりさせないで」
金髪の美少女カティアはあどけない見た目に反して落ち着いた侍女である。
「驚かせてごめんなさい」
「いいわ。……あなたの言うことだもの。奥様にお話するわ」
リディアはそこの薬局の商品を買ってこさせ検証することにした。
その薬局は薬草水一種類しか売ってなかったため、手に入れるのも、それがどういうものなのか判別するのも早かった。
リディアはその薬草水を鑑定した。
結果、それは薬草を漬けた水、というものだった。
リディアはフィオナとカティアを自室に呼び、説明した。
「え?ただ薬草を、水に漬けた、というものなんですか?」
フィオナが目を瞬かせる。
「はい。薬草を煮出してもいません。ただ浸しただけですね」
リディアは瓶を揺らした。
「効果が全くない訳ではありませんが、うちの薬草水とは別物です」
カティアが眉を寄せた。
「それを薬草水として売っているのですか?」
「そうでしょうね。それに広義の意味でなら薬草水と言えるでしょう」
「納得できません!」
フィオナは悔しそうだった。
リディアはフィオナを見た。薬局開設に大いに助けになってくれたフィオナだ。悔しいのは当然だろう。
「その店の衛生管理も気になります。薬局に、新しく名前をつけるのが一番手っ取り早く、その店の差別化と、ブランド力をつけれるでしょう」
「奥様、ブランドとは?」
「ここが正規のお店ですという看板の効果、でしょうか」
問題はブランド名だ。
「リディア薬局店にすればよいのでは?」
「私がいやですよ、カティア」
(恥ずかしい!)
リディアは意見をまとめるように手を叩いた。
「クロイツ薬局!これでいいでしょう」




