ep.33 開店初日
足が痛い。副作用があると言われてるけど鎮痛薬を飲むのをやめられない。足が痛い。
もう歩くことはできないと医者に言われた。そんなの嘘。
だって私は聖女よ?王妃になるのよ?歩けなくても王妃になれるの?
ユリウス様もディートハルトもルーファスもお見舞いに来てくれない。
神様助けて。
神様のお告げを聞きに行かなければ。あぁ足が痛い。
「初日はやはり凄い人出ですね。クロイツ領の反省を踏まえて個数制限を設けましたが、それでも長蛇の列です」
リディアとシグルドは薬局三階から外を見下ろしていた。
「会計台も増やしたそうですね」
「はい。ただ、まだ改善の余地はありそうです。二号店を早めに設けてお客さまを分散させるべきかもしれません。それと配送については、当初は貴族向けを想定していましたが、遠方の方のために活用する方がいいかもしれないと思いました」
リディアは視線を上げ遠くを見つめた。
「配送の目的を変えるのですか」
「はい。特に高齢の方など、来られない方もきっとおりますので」
リディアは良いことを思いついたようにシグルドを見た。
「薬局の薬だけではなく、入り用な物を買って届けるのもいいかもしれないです!」
シグルドは苦笑いした。
「姫君、それはもう事業です。薬局の他にも手を広げますか?」
「えっ」
「まずは薬局を起動に乗せ、余裕ができたら検討しましょう」
「そうですねちょっと暴走してしまいました」
リディアは恥ずかしそうに笑った。
フィオナが売り上げの報告をしてくれた。
薬草水は一日で売れる上限を叩いたそう。毒消しの粉薬は思ったより売れた。きっと念の為という気持ちが働いたのだろう。貴族の従者が高級薬草水と毒消しのお香も買っていったのでこちらの売り上げも良かった。
「開店初日としては大成功だったのではないでしょうか!旦那様!」
「むしろいつまでも人が切れないので閉店作業が大変だったらしいですね」
「……高級薬草水の売れ行きが良かったのは魔獣狩猟祭の件も関係しているでしょうか?」
「かもしれません」
ユリウスとディートハルト、ルーファス、そしてティナの顔が浮かんだ。
もう関係のない、それ以上に隔たりのある人たちだったが苦しんでほしいわけではなかった。
「あぁぁぁああぁ!!」
ダンと叩きつける音がした。
「ユリウス様、おやめください!」
「もう痛みさえ感じない!私の左腕はどうなっている?!」
呻くようなユリウスの声が豪華な部屋を支配した。
「最後に見たのは骨も突き出て千切れかけていた!治るのか!?これは!!」
主治医を怒鳴りつけた。
「治してみせます!ですから安静になさっていてください」
「適当なことを言うな!」
悲鳴のような声が響く。
控えめなノックの音がした。
主治医が扉を開け、小さな木箱を受け取った。
その中にある小さな瓶を二つ手に取った。
「治してみせます。これで」
ユリウスは期待していないかのように黙り込んだ。
ディートハルトもまた重傷を負っていた。
ルーファスも例外ではない。
王都薬局に高級薬草水を求める者は後を絶たなかった。
王都薬局二号店の開設は大部分人にまかせてリディアの仕事は要所要所のチェックのみになった。
シグルドとヨハンから働きすぎだと怒られたのも大きいが、レシピページの空欄をそろそろ埋めたかった。
という訳で、実験室にはリディアと、以前した約束通りシグルドがいた。
毒消しのお香も焚いているし浄化の塩もお湯に溶かして飲んだ。
「対策はちゃんとしてますのに……旦那様は過保護なのでは?」
「姫君は目を離すと働きすぎたり危険なこともします。過保護なくらいで丁度良いでしょう」
納得いかないリディアだったが前科があるので何も言い返せなかった。
「旦那様も飲んでくださいね。浄化の塩入り湯です」
「いただきましょう」
シグルドは受け取ったカップから一息で飲んだ。
「姫君、今は何をしているんですか?」
「発動石の文字を彫った石を量産しています」
ヨハンに用意してもらった彫りやすい石に発動と彫っていく。
「毒霧装置に使われていた石ですね」
「危険なことをしていると怒らないでくださいね。毒霧装置に元々使われていた石との比較もしたいのです」
どれくらいの時間、効果があるのか。
それがわかれば迷いの霧に設置した時間が絞れる。
発動石の必要なレシピが全て危険なものかどうかも確認しなければならなかった。
反対に実験室であっても慎重にならなければいけないレシピもあった。起動石を使うレシピである。
先日のゴーレムは起動石で動いた可能性が高い。
「あっ」
リディアは何かに気づいたような声をだした。
そしてレシピページを呼び出した。スライドさせていく。目的のレシピが見つかった。
「旦那様、見てください。これ、あの石の人形のレシピです」
「本当ですか?」
シグルドは立ち上がり、リディアの隣に立ちレシピページを見た。
リディアはゴーレムに触れている。レシピページの空欄が埋まっていてもおかしくない。
そう思って探してみれば、予想は当たっていた。
「必要な魔石が……約五十個……?それと土塊、発動石、起動石、そして埋まった空欄には、岩人形。間違いありません」
リディアはシグルドに説明するため岩人形と言ったが、レシピページは日本語で表記されている。
カタカナでゴーレムと表示されていた。
必要な魔石が約五十、自然に、または偶然に組み上がる式ではなかった。
「あの二体の岩人形はどうなったのでしょう。魔石が粉になるまで動いていたなら問題ありませんが……倒されて王家に研究されていたら危険かもしれません」
リディアは独り言のように呟いた。
ルーファス・ノイラートの手には木箱に入った薬草水の瓶があった。一つは空でもう一つは使用されていなかった。
左足と肋を三本骨折。それでもあの場にいた他の誰よりも軽傷だった。魔法使いとして後方支援に回っていたため、直撃を避けられたのも理由の一つだろう。
それでも痛みに呻く日々だった。
それが、リディアが開設したという薬局の高級薬草水を一本飲んだらどういうことだろう。肋の痛みも足の痛みも消え去り、一人では起き上がれもしなかったのに、まるで何もなかったのように起き上がり歩くことができた。
リディア・ローゼンベルクは高嶺の花だった。
美しく、何事も完璧にこなしたかと思えば抜けているところもあり可愛かった。魔法は使えなかったが卑屈なところもない。ルーファスが魔法を見せると子供のように喜んだ。
でも彼女は王子の婚約者で、自分はただの幼馴染の友人にしかなれない。学園を卒業したら二人は結婚するのだろう。笑って祝福し、仕えることができるだろうか?できそうになかった。
そんな時、自分の欲しい言葉をくれた、もしかしたら自分にも手が届くかもしれない女の子が現れた。揺らいでしまった。傾倒してしまった。
でも今更になって思う。
もし、あのユリウスがした断罪の時に庇っていれば花は手に届いたのかもしれないと。
もう手遅れなことはわかっていた。




