ep.32 王都薬局
「ロルフ、アーヴィン、お前たちは迷わなかったのか?」
シグルドの問いに二人は首を振った。
「迷いました。ただ先ほど急に同じような箇所を回らされてる感覚がなくなったのです」
シグルドは方位磁針を取り出した。
じっと見たあと、リディアにも見せた。
「針の動きが正常になってます。迷いの性質が消えたのでしょうか」
「……泉は人を遠ざけるために迷わせていると考えると、土砂で通路が埋まり、もう人が来れないようになったから迷わせなくなったのかもしれません」
「なるほど……それならば道理です」
シグルドは方位磁針を仕舞いながら言った。
「もう魔獣狩猟祭はお開きでしょう。帰りましょう姫君。お手を」
「えっえっ」
差し出された手に狼狽えるリディアにシグルドは言う。
「手を繋ぐのがお嫌でしたら抱きかかえていきますが?」
「手でお願いします!」
主人たちのやりとりを護衛騎士二人は微笑ましく見ていた。
――何故うまくいかないのだろう。
ユリウス様や、ディートハルト、ルーファスがうまくあれを止めてくれなかったからだ。せっかく私が助けにきてあげたのに。あぁ、足が痛い。
それにきっとリディア・ローゼンベルクのせいだ。あの女がいつも私の邪魔をする。
神様の言う通りにすれば何もかもうまくいくはずだったのに。神様は教えてくれた。岩の化け物を止められるのは私だけだと。そのための物もいただいたのに。足が痛い。このまま死ぬなんて絶対に嫌!
あぁほら、神様は私を見捨てない。騎士や魔法使いがたくさん来てくれた。
リディアとシグルドは公爵邸に戻った。
現場にいなかったのに正確な情報収集をしていたヨハンは流石だ。
「岩の怪物なるものが二体発見されました。一体は足が氷で張り付いていたため、シグルド様が倒したであろうと囁かれております。もう一体は、ユリウス王子、ディートハルト・シュタール、ルーファス・ノイラート、聖女ティナが交戦しておりましたがほぼ戦闘不能になったなか、待機していた騎士と魔法使いが救助したそうです」
「戦闘不能……怪我は」
「程度のほどは伝わっておりませんが、無傷ではないでしょう」
リディアは黙り込んだ。
「姫君、彼らに薬草水を渡したいとお思いですか?」
「使ってほしいとは思いますが、私が渡すのは何か違うような気がして……」
「王都の薬局の開設を進めましょう」
「いいのでしょうか?考えてみれば王都は味方ばかりではありません」
「クロイツ領も味方ばかりではありません。でも薬局を開設することで味方を増やすことができるかもしれません」
リディアは目を瞬かせた。
「味方を増やす……その視点はありませんでした」
敵対するものに力を与えることは恐ろしいと考えていた。
「怖がらなくても大丈夫です。貴女には私がいますし、私には貴女がいます」
「旦那様……」
顔と胸が熱くなる。
……そうだ。今までだってシグルドが一緒の時に怖いものなどなかった。
「やりましょう薬局開設!」
クロイツ領に行く前に開設準備をしていたのと、クロイツ領で薬局を開設した経験が、王都での薬局開設をスムーズにした。
クロイツ領の薬局の評判も広まってきており、薬局の開設は待ち望まれていた。
待ちきれず輸送しようという者。クロイツから持ち出し、王都で高く売り捌く者まで現れた。
(転売ヤー許すまじ。でも輸送費と言われると。けどふっかけすぎ!悔しい!)
リディアの心を見抜いたのかシグルドは言った。
「転売を行った者については、クロイツの薬局および王都で開設予定の薬局への出入りを禁止としましょう」
「はい、悔しいですけど、とりあえずはそれで」
「結局、クロイツ領で販売している以上、王都にも流れるのです。王都で開設、販売した方が健全でしょう」
開設にあたり、フィオナにも大いに助けられた。帳簿や資材管理を任せれば正確で早い。
カティアが見つけてくれた人材たちも優秀だった。薬局開設の準備班、薬草水や高級薬草水の製造班、毒消しの粉薬や毒消しのお香を製造、加工を行う班に分かれ、それぞれが忙しく働いてくれた。
気付けば公爵邸の一室は書類で埋まり、リディアもまともに寝た記憶がない。もちろんシグルドとヨハンに叱られた。
魔獣狩猟祭から僅か十日で王都薬局はオープンした。




