ep.31 岩人形
リディアは走っていた。
『鑑定 採取 シグルドの紫のピアス 方向指定 範囲指定三百m!』
矢印は右を指した。
今や迷いの森となった狩猟区。シグルドの位置は近いようで遠かった。
ウィンドウの矢印は急に向きを変えるので走っては止まりを繰り返した。
ドレスが邪魔だった。
突然散らばった魔獣の死体があり、驚きに足が止まる。
しかし、中には氷で貫かれたものがあった。
(旦那様の魔法?)
シグルドに近づけている実感が湧いた。
ウィンドウの矢印を見る。リディアは迷いなく走った。
シグルドは岩が人の形を真似たような魔獣と対峙していた。それを魔獣と呼んでよいのならば。
剣戟は通じない。一旦逃げようにも迷いの森が逃がさないとばかりに岩の魔獣の前に戻す。
氷で岩の魔獣の足を地面に貼り付け、関節に剣を差し込む。
剣が折れ半分ほどの長さになった。岩の魔獣にも多少のダメージはあり片膝をついたがこぼれた石が浮き元の位置に戻ろうとしていた。
冷や汗が流れた。そんなことは戦場ですら滅多にないことだった。
「旦那様!」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
「そのまま!足を地面に魔法で固定させてください!」
幻聴ではなかった。
シグルドは怒りで頭が熱くなったが、冴えた芯の部分で彼女の言う通りにした。
岩の魔獣のついた片膝と土の接地面を氷で固めた。
彼女は手に何かを持っていた。判子石と彼女が呼んでいた石だ。それを剣でヒビを入れた関節部に押し込むようにして入れた。
浮き上がっていた石片がぴたりと動きを止めた。落ちた。
岩の魔獣は沈黙した。
「旦那様!間に合ってよかった……」
「リディア!なぜこんなところに!」
リディアは目を見開いたあと、静かに涙を溢した。
「申し訳ございません」
シグルドはその涙に昇っていた頭の血が下がった。
「大声を出してすみません」
「いえ、私が悪いのですから……でも、旦那様が無事でよかった……」
リディアの涙は止まらなかった。
「申し訳ありません。泣かないでください」
シグルドはぎこちなく涙を拭った。
「……安心したら涙が出たんです。ふふっ……なんだかまだ止まらない」
泣き笑いしているリディアを見てシグルドもまた苦笑した。
時は少し遡る。
氷で貫かれた魔獣を見たリディアはシグルドが近くにいると確信して走っていた。
地響きがした。
六メートルはありそうな人の形を模した岩の塊が動いていた。
(ゴーレム!?)
《聖花のレガリア》にそんなものが出てきた覚えはない。
だが現実、ここにはそれがいた。
ゴーレムが拳を振り下ろす。
その先には――シグルドが!
苦戦しているのは目に見てとれた。
どうすれば彼の助けになれる?
浄化、毒消、薬草水、どれもゴーレムには効果がありそうには思えなかった。
発動石も起動石も、もっての他だ。
……起動石、起動石……?
あれはもしかして起動石で動いているものなのでは?
レシピを見ながら考えたことがある。起動したものを止めるためには、と。一つは起動石や魔石を取り除くこと。
ゴーレムの外見にそれらしき石は無かった。
あと一つ考えてみたものをぶっつけ本番でやってみるしかなかった。
停止と彫られた石をリディアはぎゅっと握った。
涙は乾いた。
気になったのはティナやユリウスたちのことだ。
ティナは自分が行かなければ彼らは死ぬと言っていた。あれは何だったのだろう。
安否も気になるが、ティナたちを鑑定で探すこともできない。そもそも今のリディアは戦力外だ。
「旦那様、どうしましょう。ここ、迷いの森になっていますよね。外に戻るには鑑定できるものがなければいけないのですが……」
リディアの鑑定できる距離は半径三kmが限界だった。
公爵邸の白魔石を目印にすることはできなかった。
しばしシグルドも思案するが、リディアの、あ、と言う声に視線をリディアに向ける。
「外じゃなくて、あるかもしれません。森の中に」
リディアは唱えた。
『鑑定 採取 虹色の石 方向指定』
ウィンドウには矢印が四つ現れた。三つはリディアの鞄を指し一つは森の奥を指した。
「旦那様、この奥に泉があります」
「お供しましょう。姫君」
今度は走らずに、ウィンドウの矢印に従い移動できたのでロスなく、予想より早く着けそうだった。
「ここでしょうか?」
「この中でしょうね」
矢印が指したのは崩れた壁の奥だった。壁にはちょうど二人が入れるくらいの穴があった。
足を踏み入れると中は意外にも整っていた。僅かに入る光とウィンドウが照らし出したものに息を呑んだ。
巨大な通路のようになっているその壁面にはゴーレムが腕を組んだような姿で壁一面に並んでいた。二つ分、ゴーレムがあったであろう隙間があった。
「一つは旦那様の戦っていた……岩の、人形があったのでしょうか」
「もう一つがこの場から出ている……姫君、この岩の魔獣……人形の方が正しそうですね、岩の人形が今動かないのは、起動石がないからですか?」
「おそらくそうです」
「誰かが起動させた。ごく最近に」
ウィンドウの矢印は通路の奥を指している。
両隣にゴーレムのいる通路を歩くのは怖かった。今にも動き出しそうで。
通路の奥の部屋に泉があった。
毒に穢されていたが、それは三分の一くらいだった。
リディアは浄化の砂と毒消しの実を入れた。すぐ側に毒霧装置があったため平らな石をどかして装置を止めた。
浄化はすぐに済み、泉が輝き出した。
光が人に似た形になっていく。
〝人は起こしたりまた寝かせようとしたり忙しないことよ〟
楽器に似た声が響く。
〝姉妹を助けてくれた礼をやろう〟
光の球がリディアに向かってきてそれは虹色の石となった。
〝儂はもう寝る。出るのならば急ぐがよい〟
その言葉と同時に泉の精霊の姿は消え、カツンという音がなった。
カツンカツン。
小石がパラパラと天井から落ちてきているのだ。
「リディア!」
「ひゃっ」
シグルドはリディアを抱えて走り出した。
二人が穴から外に出るのと同時に、大きな音が背後から聞こえた。
穴はもう土砂で埋まっていた。
「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」
泉の精霊の言葉、土砂崩れは偶然ではないだろう。
「謎だらけでしたが、もう調査することもできませんね」
「良しとしましょう。調査をしても私たちに有利な情報が出てくるとは限りません」
確かにそうだ。
「旦那様、あの毒霧装置もつい最近、ここが迷いの森になった時に設置されたのだと思います。岩の人形も旦那様の言った通り、最近に。つまりほぼ同時に泉の毒霧装置の設置、岩の人形の起動を行ったのだと思います」
「姫君は魔獣狩猟祭の参加者にそれを行った人物がいると思いますか?」
「無くはないと思いますが狩猟区に侵入することは比較的容易いでしょう。断定はできかねます」
シグルドは軽く息を吐いた。
「まずはこの森を出る方法を考えましょうか」
「どうしましょう。いい考えがうかびません」
その時、前方から声がした。一人の声ではない。二人以上の声だ。
この声は……とシグルドは呟いた。
「アーヴィン!ロルフもか!?」
シグルドの呼びかけに呼応するように、護衛の騎士二人が現れた。
「シグルド様!奥様も!」
喜びを表した二人だったが、シグルドの前に跪く。
「シグルド様、奥様を危険な目に合わせました」
「処罰を」
「バルツ卿!ケルナー卿!」
リディアが声を上げた。
「頭を上げろ。お前たちの責ではない」
「しかし――」
「姫君には反省してもらった。それに私が愚かだったのだ」
「旦那様?」
「姫君は大人しく守らせてはくれない人だ。片時も手放さないくらいの覚悟が必要だった」
リディアはどちらの意味で恥じればいいのかわからなかった。




