共犯
「フィオナとカティアの働きぶりはどうですか?」
「二人ともよく働いてくれています!」
リディアはシグルドの執務室にいた。
「私は実験室に籠ることが多いので、その間フィオナには薬学部、農政部、薬局などで計算のいる仕事をしてもらっていて、カティアには人材発掘をお願いしています」
「適材適所ですね」
ですよね、と喜ぶリディアにシグルドは言った。
「姫君、そろそろ王都に戻ろうかと」
目をパチパチとさせるリディア。
「本当は姫君に休暇を取ってもらうつもりでしたが、貴女は働き者すぎます」
「そんなつもりはなかったのですが……思い返せば案外働いていますね」
リディアは少し考えこんだ。
「そうですね。そろそろ戻った方がいい時期ですね」
前世の記憶通りなら、王都での聖女イベントの時期も近付いている。
「忙しかったですけど……楽しかったので名残惜しいです」
「姫君にそう言ってもらえると嬉しいです」
カティアの見つけた数名の人材を王都へ送る手配も整い、リディアたちは王都へ戻ることになった。
本城の人々も別れを惜しんだ。
マティアスは薬学部を守り発展させることを約束してくれ、ブルーノは次にリディアが訪れる際には稲の試験畑を見せると胸を叩いた。
薬局は軌道に乗っている。酒を使った高級薬草水や毒消しのお香も好評で、貴族層からの注文も増えているそうだ。
街の人々もそうだ。
馬車で移動中にシグルドやリディアに感謝と次の来訪を待ち望む声が聞こえた。
門をくぐると別れを実感した。
「はー、何だか涙がでそうです」
「私しかいませんし泣いてもかまいませんよ」
「泣きません。これでも涙脆くはないので」
意外ですと言いながらシグルドは少し笑った。
王都へ帰る道も順調だった。
行きと同じ街道町ミストラに泊まることになった。
「旦那様、私また迷いの森に行きたいです。あの泉で確認したいことがあるので」
「お供しますよ」
「ありがとうございます」
前回と同じく護衛にロルフとアーヴィンを連れて泉に向かった。
「泉の精霊さん、いらっしゃいますか?」
泉は変わらず静寂を湛えていた。
「……まぁ想定内です」
そう言いながら泉の周りを確認しながら歩いた。
「ありました。旦那様」
「確かに。魔石はありませんが……」
「あった形跡はあります。黒い粉が残っています」
文字の刻まれた平たい石。
やはりここにもあったのだ。毒霧装置が。
前回、リディアたちが訪れた時には既に効力が切れて毒だけ残っていたのだろう。
(ということは、設置された順番はミストラの森の泉、クロイツの本城城壁外の霧の泉)
違和感がある。
フェルン村の毒霧装置も稼働していたからミストラの森の泉より後に設置されたはず。城壁外の霧の泉とどちらに早く設置されたのかわからないが、最短ルートではない。
街道町ミストラの宿に戻りシグルドの部屋でリディア
は考えを述べた。
「毒霧装置を置いたのが同一人物ならかなり遠回りをしています。二人以上はいると思いました」
「組織があってもおかしくはない。そう思わせようとする単独犯の可能性もありますが、それは人に見つかるのが前提、迷う性質のある場所を選んでいるので可能性は低い」
「……不思議なのはなぜ精霊の泉を毒で穢そうとしたかなのですよね。迷いの森、迷いの霧、どちらも穢して何を得ようとしたのかわかりません」
「穢すことが目的だったのかもしれません」
(うーん、わからない。お手上げだ)
「姫君はなかなか休んでくれませんね」
シグルドは苦笑いした。
公爵邸の馬車寄せには既に使用人たちが整列していた。
その先頭にはヨハンが立っている。
「ただいま帰りました!ヨハン!」
「お帰りなさいませ、奥様、シグルド様」
「留守中ご苦労だった」
「とんでもございません」
ヨハンは軽く首を振った。
「奥様、お変わりなくお過ごしでしたか」
「はい!でも色々ありました」
「そのようですね」
ヨハンは笑顔のまま言った。
「薬局の開設、薬学部の設立、冬季栽培可能な稲の発見、侍女のお二人の採用、その他諸々でしょうか」
「え……ヨハン、なんの能力ですか」
「執事であれば」
「説明になってないですし、その他諸々がコワイのですが」
言葉とは裏腹にリディアは笑ってしまった。
帰ってきたんだと実感した。
立て直すため小さく咳払いをする。
「もう知られているようですが、紹介しますね。侍女のフィオナとカティアです」
侍女二人は綺麗な礼をした。
「フィオナ様もカティア様も大きくなられましたね。立派な淑女であらせられる」
「ヨハン様……」
二人は感じ入るものがあったようだ。
「もう中に入ろう。姫君もヨハンに報告したいことがありますよね」
「そうでした!」
シグルドに促され一行は公爵邸の中に入っていった。
執務室にシグルドとリディア、ヨハンの三人が集まった。互いの報告、情報の共有である。
「まずはヨハン、始めてくれ」
「かしこまりました」
ヨハンは手にしていた書類をめくる。
「まずは奥様に頼まれていたガラスの蓋ですが、注文済みで搬入済みです」
「さすがヨハンです!」
「そして以前探すとお約束した古代文字の研究家ですが、二人確認しました」
ヨハンは一枚書類を抜き出した。
「一人は一年前に失踪、もう一人は神殿の神官でした」
「失踪と神官……?」
「危険だな」
シグルドの声は低かった。
ヨハンも同意するように頷く。
「深入りするのは得策ではないと考え調査は控えております」
「充分な成果だ」
「ありがたきお言葉。シグルド様から頼まれていた、各地域に迷うと伝承のある場所ですが、ミストラの他には九つほどありました」
ヨハンが別の書類を差し出した。
それは簡略化された地図で地名に丸がつけてある。
「泉!旦那様、ヨハン、ありがとうございました」
「ミストラの森で穢れた泉を奥様が浄化し精霊が出たときいております。それに関連することでしょうか?」
「旦那様、ヨハンに城壁外の霧の泉のことは?」
「いいえ。万が一にも漏らしたくない話でしたので」
「では私から説明しますね」
リディアはどう説明するべきかと少し考えた。
「ヴァルグ本城の城壁外に人を迷わせる濃い霧があったんです。そこに魔石を使った毒霧装置に汚染された泉がありました。その毒霧装置はミストラのと違いまだ稼働していて……浄化のお礼に虹色の石をもらったのはミストラと同じです」
「本城の城壁外」
やはりヨハンは気付いたのだ。
裏切り者の可能性に。
「シグルド様、門番に怪しいものは」
「皆出自のわかる者たちだ。調査したが怪しいところもない」
ヨハンはしばし目を瞑った。
「奥様、眠り薬に類似するものを魔石で作りだせますか?操る、でもいいです。どちらも魔法ではできません」
「前のレシピページにはありませんでした。でも今のレシピページならあるかもしれません」
「レシピページ?」
あ、とリディアは声を上げた。
「ヨハンにはまだお見せしていませんでしたね」
リディアは鑑定でレシピページを呼び出した。
数秒それを見つめたヨハンは、リディアが説明する前に言葉を発した。
「……これは危険です」
レシピページから目を離し、リディアを見た。
リディアは驚き目を見開いた。
「奥様、この奥様の能力をローゼンベルクの者は知っていますか?」
「いいえ。旦那様とヨハンだけです」
「今後はこのような秘密がありましたら、シグルド様にだけ教えておいてください。このヨハンにも言ってはなりません。秘密は口の数が少ない方が安全です」
ヨハンの緊張感ある言葉に頷いたリディアだったが。
「今後はそうします。でももうヨハンは見ちゃいましたし」
リディアは笑った。
「共犯になってくれますよね、ヨハン」
ヨハンは一瞬だけ目を細めた。
「勿論そのつもりでございます」




