クロイツ領
それからは何事もなく順調に旅は進み、北――クロイツ領に入った。
馬車は高い城壁に囲まれた町へ入っていく。
石造りの建物が並び、街には熱気があった。
「閣下だ!」
「奥様もご一緒だ!」
民衆が声を上げる。好意的な声にリディアは手を振って応えた。
兵士たちが敬礼し、民たちが道を開けていく。
城下町を抜けた先――さらに高い壁の向こうに、クロイツ家の本城ヴァルグはあった。
「姫君、ここからは馬で移動しましょう」
リディアはシグルドの馬に横乗りした。
「グラン、いつもありがとうね」
リディアはシグルドの馬――グランの首を撫でた。
「グランは私しか乗れないと言われてましたが……姫君のことは気に入っているようですね」
「旦那様と一緒だからじゃありませんか?」
「今も上機嫌です。気に入られているのは本当だと思いますよ」
「だとしたら嬉しいです」
グランは答えるように鳴いた。
ヴァルグ本城は重厚な存在感があった。
巨大な灰色の城壁。
その中央に、黒鉄の門を備えた本城がそびえていた。
門の前に着くと角笛がなった。
重々しい音を立て、城門が開かれていく。
門の内側には、軍服姿の騎士や文官たちが並んでいた。
「おかえりなさいませ、閣下」
居並ぶ騎士や文官たちが、一斉に声を揃えた。
「留守中ご苦労だった」
言葉は固いが声は柔らかいように感じた。
馬から降り、城内に入ると、シグルド不在中は城代を務めていた老伯爵ヴァルター・ハーゲンが二人を出迎えた。
「ご帰還をお待ちしておりました。シグルド様。ようこそおいでくださいました奥様」
「ヴァルター、息災であったか」
「そろそろ引退せねばと思う日々です」
「まだまだ現役でいてくれるようで何よりだ」
(旦那様が軽口をたたいていらっしゃいます)
「妻を休ませたい。準備してあるのはどの部屋だ?」
「ご案内させていただきます」
案内された部屋は王都の公爵邸に雰囲気の似た部屋だ。
「妻のために準備するよう指示した部屋はどこだ?」
「この部屋の左手に。右手側はシグルド様のお部屋にございます」
(実験室!旦那様も隣なら相談しやすい!)
「姫君は今日はおやすみください。明日、帰還の挨拶と論功行賞を行いたいと思っています」
「わかりました。旦那様も無理なさらずに」
薬草水は体力を回復させる効果があるが、本来の効果はやはり傷を治すためのものであり体力回復は副次的なものだ。だから不眠不休でいられるわけではないのはわかった。
栄養ドリンクみたいな使い方はしてはいけないっぽいな。道中何回か飲みましたが。
今日は早めにお休みします。
メイドのエマが寝巻きを持ってきてくれました。あれ?マルタは?
一緒に来たはずなのに。本城の友人たちに会ってるのかもしれない。
深く考えることなくリディアは眠りについた。
翌日、訓練場には騎士や兵士、文官たちが集っていた。
シグルドとリディアが壇上に立つ。
「西部遠征は終了した。諸君らの働きに感謝する」
低い声が静かに響く。
「……亡くなった者たちへ黙祷を」
一瞬で場から音が消えた。
夏の風が旗を揺らす。
黙祷を終えると、シグルドは再び口を開いた。
「では論功行賞をおこなう」
ヴァルターが功績者の名を読み上げる。
シグルドは前に出た兵へ褒賞を与えていった。
論功行賞は長時間に及んだ。
功績を挙げた者たちへ褒賞が与えられ、歓声が何度も上がる。
最後に、シグルドが静かに口を開いた。
「最後に、此度の遠征における最大の功労者を紹介しよう」
ざわめきが広がる。
シグルドは振り返り、リディアへ手を差し伸べた。
「我が妻、リディア・クロイツだ」
一瞬の静寂。
「妻の薬に救われた者も多いだろう」
その言葉をきっかけに歓声が湧き上がった。
「聖女様!」
「奥様万歳!」
「薬草水に感謝を!」
リディアは急に自分にスポットライトが当てられて戸惑った。
でも、自分が助けられた命があるのだとじわじわと実感していった。
空が茜色に染まる頃、祝宴が始まった
時間が経つにつれどんどん場は盛り上がっていく。
リディアとシグルドは上座に座っていた。
シグルドは黒を基調とした軍服、リディアは淡い藤色のドレス、光を受けるたび銀にも見える柔らかな布地は、涼やかだった。胸元には小さな黒とも青にも見えるネックレスが飾ってあった。




