刻まれた文字
フェルン村でのリディアの起こした奇跡は瞬く間に王都広がった。
疫病の村に入っていく勇気、平民の病人にも直接薬を飲ませる優しさ。浄化の雨雲を呼ぶ奇跡。
聖女としてのリディアの名声は高まっていった。
「何故リディアが!聖女はティナだろう!?」
王立アストレア学園の生徒会室。
ユリウスは荒れていた。書類が床にちらばる。
「ユリウス様……」
ティナはどうしていいかわからないように手を彷徨わせた。
「民衆のなかにはティナが本当に聖女なのか疑う声まである!ティナこそ聖女なのに!まだ学生だから自由がきかないだけだ!」
「大丈夫です。ユリウス様」
そこには先程までの不安げな様子はない。
「私は神様に選ばれたんです。神様に選ばれた日から全ては私の希望通りになりました」
だから、大丈夫です。とティナは言った。
ユリウスの荒れた気持ちがおさまっていく。
「そうだな、ティナの言う通りにすれば何も間違いは無かった。……私は間違っていない」
自分に言い聞かせるようであった。
王都クロイツ公爵邸にはリディアのために用意された部屋がある。侍女もメイドも掃除のためであっても入ってはならない部屋、入れるのはシグルドとヨハンのみ。部屋の棚には多くの魔石が収納されている――リディアの実験室である。
その実験室にリディアはシグルドとヨハンを呼んだ。
「これを見てください。フェルン村の周辺で見つかった毒霧発生の場所に六つの魔石の上に置いてあったものです。旦那様は現場で確認しましたよね」
見せたのは机に並べた手のひらサイズの平たい石、九つ。井戸以外の、フェルン村の周辺に設置されていた石である。
文字らしきものが彫られた面を表にしてある。どれも似たように彫られたものだ。
「この文字を見たことは、もしくは心当たりのようなものはありますか?」
ヨハンはじっくり見た後、ございません、と首を振った。
シグルドは顎に手を当てていた。
「昔、神学を学んだ時に見た古代語に似ている気がしますが、読めません。そもそも古代語は資料として見ただけなので教える側も読めはしない文字だったのですが」
リディアは石を一つ取り、見つめる。
「私は読めているのかもしれません」
シグルドとヨハンは石から目線を外しリディアを見た。
「石だからかなり彫りにくいというのもあるでしょうが、かなり崩れてる、それでも文字に見えます」
「姫君、それには何と?」
リディアはシグルドとヨハンに向き直った。
「起動と、発動」
静かな声だった。
「意味は近いですね。その差異が必要だったのでしょうか」
ヨハンが尋ねる。
「そうかもしれません。でも違うように思うのです」
「何故でしょう」
「この文字は、前世の、私が使っていた文字にみえます。でもこの文字は、文字の形だけを知ってる人がなぞったような不自然さを感じるのです」
「古代語と他世界の文字の類似……」
シグルドが考えるように呟いた。
リディアが石の彫られている部位を指でなぞった。
「まだ確認はしていませんが、私が起動、もしくは発動と掘った石を用意し魔石の上に置けば何らかの反応があると思います。その文字を二つとも彫ったということは文字の崩れによる機能低下を補うためなのかと思いましたが……」
「そういうものだと思っている可能性があります。もし読めない文字が永く伝わったなら、その四つの文字で魔石を使えるのだという思い込みの可能性もあるかと」
「なるほど……流石旦那様です」
「奥様、私は古代文字を研究している者を探してみます。読めるかどうかの確認。伝わっている文字も知る必要があるかと存じます」
「ありがとうございます。ヨハン」
リディアは机に六つの魔石を置いた。
「これが毒霧を発生させていた魔石です」
魔石は通常、使い切れば粉になる。一部割れていたが残っている。燃費のいいことだと思った。
「私は毒霧の作り方は知りません」
(レシピにも載ってないはずだ)
それはつまりこの世界でリディア以外で魔石を使う人間がいる。
――さらに独自に進化させているということだった。




