平たい石
「旦那様、リディアです」
ノックと同時に名乗ると、変わらず足音はしなく扉が開かれた。
「どうぞ、姫君」
リディアは人払いをお願いした。
「……なにかありましたか?」
「フェルン村は毒に侵されています。その周辺もです」
リディアはうつむく。
「もしかしたら自然に発生した毒もあるかもしれませんが、数が異常です。浄化の雨で消えなかった毒が複数あります。毒消しは作ってあるので、今から毒を消していこうと思います」
「私にできることがあればなんなりと」
「側にいてくだされば嬉しいです」
リディアは村、全ての井戸に毒消しの実と浄化の砂を入れた。
六箇所の井戸をまわった。
あとは村の外だ。
やはり人為的なものだった。
掌ほどの平たい石が不自然に置かれていた。
裏面には文字のようなものが刻まれている。
その下に、瘴気――毒霧を発生させるためと思われる魔石が四つと割れた魔石二つが隠されていた。
(これはどういうレシピ?)
ゲームにはなかったレシピだ。平たい石に文字のようなものがあるのも不可解だ。
だが今はわからなくてもしかたがない。
村の外周にあったそれを九箇所分回収した。
どれも一つ以上は魔石が割れていたが、九箇所もあったので使われた六つの魔石、その種類はわかった。
翌日、村長に報告した。
「これでもうこのフェルン村は大丈夫かと。疫病の元も断ち切りました」
リディアは安心させるように言った。
「なんと感謝して良いか……聖女リディア様、クロイツ公爵閣下」
村長が手を組み合わせ、拝むように言う。
「私は何もしていない。妻のやったことだ」
「旦那様がいなければ封鎖されたこの村に入れませんでした」
「お二人にこの上ない感謝を」
村長に瓶のサイズの量のままの、早成りの種と浄化の砂、毒消しの実、薬草水を渡した。疫病の後だ。物入りになるだろう。
行きとは違い、三日かけてゆっくり帰った。
帰りの道中でシグルドに話した。
「ヨハンにも私がこれから起こることを知っているということを話したいと思います。それには私の前世の話をしなければなりませんが……問題あるでしょうか」
「姫君はヨハンが信じないのではということを恐れていらっしゃいますか?」
「……はい、その通りです」
「ヨハンは疑い深いたちですが、姫君の言うことなら信じるでしょう。どうしても不安なら無理に言う必要もありません。事情は言えないと仰ればそれで納得する男です」
「そっか……言わなくてもいいんだ」
リディアは呟いた。
「……どちらかというと言ってしまってヨハンに変なものを見る目で見られるのが怖かったのかもしれません」
信頼する相手だからこそ言い出しにくいこともある。
「旦那様ありがとうございます。すっきりしました」
「ヨハン、私には前世の記憶があります」
シグルドの執務室で三人になるとリディアは前置きも無しに言った。
自分には前世の記憶があり、そこでこの世界のことを知り、これから起こることも知っているのだと。それを利用し聖女になろうとしていること。ただし今回のフェルン村の疫病はもっと先に起こるはずのことであったと。
「なるほど、そういうことでしたか」
ヨハンのあっさりした反応にリディアの方が戸惑った。
「ヨハン、そんなに簡単に信じていいんですか?」
「奥様の今までを見ていればなんらかの仕掛け、もしくは力がある方が自然です。聖女ならばあり得ると納得していましたが、今奥様が説明してくださったことの方が信憑性があります」
「なんだかヨハンらしいですね……信じてくれて嬉しいです」
安心するリディアにヨハンが優しく笑む。そんな二人をシグルドは微笑ましく眺めた。
ヨハンは咳払いすると、これからのことについて話し始めた。
「今後起こることについては後ほど共有させてください。奥様、奥様はご自分から聖女を名乗られたことはありませんよね。これからもそうなさってください。万が一偽称が問われた際の逃げ道となります」
ヨハンは続ける。
「奥様の今の立場はかなり危ういです。聖女は神殿の承認が必要というのが慣例です。しかし奥様は承認を受けていない。神殿がどう動くか予想がつきません。神殿が奥様に干渉してくる前に聖女としての実績を積み上げ民衆の支持を確実なものにするのが重要かと」
「さすがです、ヨハン……あっ」
リディアはやってしまったとばかりに口に手を当てた。
「私、祝宴の際、ダンスの時に陛下に、嫁いでから神の天啓があったと言ってしまいました」
「それは問題ないでしょう。万が一偽称を問われた際に証人に呼ぶには陛下は高貴すぎます」
ただしレオポルド王がそれをリディアの弱みとして握る可能性があることは、ヨハンは言わなかった。
その後リディアはシグルドとヨハンにこれから起こることを伝えた。
「ただ、今回みたいに時期がずれたり、予測し得ない出来事が起こる可能性もあります」
「承知いたしました。目を光らせておきます」
リディアが自室に戻り執務室にはシグルドとヨハンだけになった。
「私が思っていたより姫君のことを信じていたようだな」
「薬草水ですが、あれが偶然の産物とは思えませんでした。火を必要とするものを令嬢が作り出すということ自体おかしいかと。浄化の砂、早成りの種、どちらも長年試行錯誤しなければ出来得ないものです」
ヨハンは眼鏡を押し上げた。
「魔石を炭以外の用途に用いるという発想が、他世界由来のものだというならば納得できます」
僅かな沈黙。
「今回のフェルン村の疫病は時期がズレたのは幸いだったかもしれません」
シグルドは沈黙を続けた。
「奥様ならば疫病が発生する前にそれが起きぬようにしたでしょう。それでは聖女の奇跡ではなくなってしまう」
犠牲者が出る前に、疫病自体なかったことにリディアならしただろう。
「姫君には言うな」
ヨハンは深く頭を下げた。




