疫病
王立アストレア学園で断罪され約三ヶ月、季節は夏に差し掛かっていた。
ブレザーだと少し暑くなってきたかもしれない。
(旦那様にお願いしていいかな?)
私に初めての買ってほしいもののお願いがそれですか?とシグルドは笑って了承してくれた。
新生リディアちゃん誕生です!
白いセーラー服を買ってもらいました!
デザインはこちらでお願いしたので作ってもらったというのが正しいかもしれません。
襟と袖に淡い水色ライン、紫のリボン、可愛い!
「どうでしょうか?」
シグルドの前でくるりと回ってみせた。
「とてもお似合いです。姫君の髪色も映えます」
ところで、とシグルドは言った。
「姫君、私のも見ていただけますか?今日つけました」
そう言ってかがみ、耳にかかった髪を耳の後ろに流した。
シグルドの片耳にはあの、オペラピンクに光る紫色のピアスがついていた。
「わ、あ、……すごく、お、おにあいです」
何故だか照れて吃ってしまうリディア。
「あっ!旦那様!耳に開けた穴に薬草水は使いましたか?」
「これくらい傷のうちにも入りません」
「私が耳に穴を開けてもそうおっしゃいますか?」
「負けました。……では姫君ここに薬草水をお願いします」
(私!?いや、薬草水と奇跡の水は万が一の時のために持ち歩いているけど)
「……では失礼します」
リディアはスカートのポケットから薬草水の小瓶を取り出し、薬草水を僅かに指につけた。
シグルドのピアスと耳の間にそっと指先をつける。
「ありがとうございました。姫君」
「どう……いたし、まして」
何故か胸がドキドキとした。
シグルドとは馬上で密着したこともあるのにその時より緊張していた。
白いセーラー服は使用人や兵士たちにも好評だった。
「涼しげでとても素敵です!」
メイドのエマも褒めてくれた。マルタからの反応は特になかったが、マルタは北の人らしく寡黙で落ち着いた人なのだろうと思って気にはしなかった。
「申し訳ありません。ただいまご報告したいことが」
晩餐の途中、食堂にヨハンが入ってきて言った。ヨハンが主人の食事を止めてまで報告せねばならぬことがあったのがリディアにもわかった。
「話せ」
もちろん咎めるシグルドではない。
「東部の村フェルンにて疫病の疑いが発生しており、封鎖の動きが出ております」
リディアはヨハンに今すぐの脅威ではなくとも国内で何か異変があれば伝えて欲しいと頼んでいた。しかし――
「順番が違う……?」
シグルドの執務室でリディアはシグルドと二人でいた。
「旦那様おかしいです。東のフェルン村では確かに疫病が発生します。でもそれは他の問題の後、季節も冬に起こるはずでした」
「けれど、疫病がでるという事実は合っているのですね」
「はい。まだ疑いの段階なら被害を最小限に押さえたいです」
「共に行きましょう。一刻も早くというなら相乗りで。明日の朝一番に」
「ありがとうございます。私は必要なものを作っておきます」
「朝まで休んでほしいところですが」
シグルドは苦笑した。
「大丈夫です。私には薬草水がありますし、作り終わったらちゃんと寝ます」
きっと寝ることはないのだろうなと思いながらシグルドは了承した。
夜明け前、リディアとシグルドは最小限の護衛を伴い王都を発った。
リディアはシグルドの前に乗せられ、馬を走らせる。
夏の朝の風は冷たく、そんな場合ではないのに心地よく感じた。
相乗りにももう慣れてしまったな、とどうでもいいことを考える。
だが胸騒ぎが消えない。
(何かがおかしい)
未来が変わった?
それとも……誰かが――
フェルン村は王都からさほど遠くない東部街道沿いにある交易村である。
だが馬を飛ばしても到着は翌日になる距離だ。
昼過ぎ、フェルン村近くまで来た時だった。
「止まれ!」
道を塞ぐ騎士たちの怒声が響く。
「この先、フェルン村は封鎖中である!近づくな!」
遠目に見た村には薄暗い霧のようなものが漂っていた。まるで淀んだ黒煙のように重く、不気味な気配を放っている。
「無礼者!」
護衛騎士が声を張り上げた。
「クロイツ閣下に剣を向けるとは!」
道を塞いでいた騎士たちがどよめく。
「クロイツ公爵?」
「確かに、あの風貌は……」
騎士の一人が前に出た。
「クロイツ公爵閣下ならば尚更通る許可はできかねます。閣下を病に触れさせる訳にはいきません」
「私の行動にお前の許可が必要とでも?」
シグルドの目は鋭く声は低い。騎士は全身に鳥肌がたった。
「止めようとするのならば力づくでするとよい。四肢が多少千切れる程度にしてやろう」
止めれるほど勇気のある騎士はそこにはいなかった。
村の入り口手前で馬から降りた。
「ここから先は妻と二人でいく。待機していろ」
護衛たちは付いていきたい気持ちを押し殺し、シグルドとリディアの無事を祈った。




