宝石商
「白魔石、二千二百三個……!ヨハン、凄いです」
リディアは感嘆の声をだした。
シグルドの執務室にて三人の秘密の会議である。
「白魔石をあの処分地に放置するのは危険だと判断いたしまして回収しました。白魔石同士を近づけても問題は起きませんでしたので、十個ずつ箱に分け、公爵邸で保管しております。ですが北の地のほうがより安全でしょう。少しずつ送ろうかと思っております」
「素晴らしい判断だと思います」
「念の為、処分地には白い宝石や石で誤魔化してはありますがいつまでも通用するものではないでしょう」
「魔石は充分にあるが余所に回さないためにも買い取りを始めた方がいいだろう」
シグルドはリディアを見た。
「買い取りについて姫君はどう思うか言ってください」
「はい。絶対にした方がよろしいかと。価格はどうしましょう。今までの魔石よりは高く、は当然なのですが白魔石については悩みますね。あまり買取価格を上げては不自然に思われるでしょうし」
「それならば始めは他の魔石と同じ値段にしましょう。競争相手が出て来たら競り合いだな。ヨハン、どうだ?」
「それでよろしいかと」
ヨハンは満足げに頷いた。
魔石が市場に流れなくなったことに国民は不満を抱いたが、買い取り業者がでたこと、それも以前の何倍もの価格で。白魔石というクズ石まで同じ値段で買い取ってくれることに喜び、自宅で炭として使う者は減り、むしろ魔石を探し当てては業者に売るという流れができていった。
「白魔石がこれだけあれば、レシピがかなり埋められます」
ヨハンが下がったあともシグルドとリディアは会話を続けていた。
「レシピとは?料理の話ではありませんよね」
「前世で読んだ本の話はしましたよね。あれには色々なレシピが載っていたのです。ただし穴空きレシピなのですが」
リディアは分かりやすくしようと紙に書きながら説明した。
「例えば薬草水は、《薬草七枚》足す《水色魔石五個》足す《熱湯》で、できるものが《薬草水》です。もし私が奇跡の水を一度も作ったことがなくて白魔石も一度も手に入れたことが無い状態だと、《薬草水》足す《?》できるもの《?》、とレシピには表示されてしまうんです。」
「なるほど、理解しました。今更ですが魔石には色の名前がついているのですか?どれも同じに見えますが」
わ、とリディアは口に手を当てた。
「私、旦那様には説明していませんでした!?失礼しました。魔石は16色あります。本では色が付いていてわかりやすかったのですが、何故かこの世界では黒にしかみえなくて……でもかなり時間はかかりますが判別できるようになります。もしかしたら宝石を鑑定するような方なら見分けられるかもしれません」
「宝石商を呼んで一度確認してみましょうか。違いがわからないなら良し。わかっても使い方にまでは辿りつけないでしょう」
(旦那様は迅速果断なお方です)
シグルドとリディアのもとに宝石商は翌日に現れた。
「この公爵邸に呼ばれるのも久しぶりですな。嬉しいことです」
白髪混じりの壮年の、人の良さそうなニコニコとした笑顔を浮かべる人物だった。しかしどこか胡散臭いとリディアは思った。
「こちらが噂の奥様ですか。どうぞよろしくお願いいたします。宝石商を営んでおりますダリオ・セヴランともうします」
リディアは頷くにとどめた。
「いや、しかしお美しい!クロイツ公爵閣下が似合いの宝石を贈りたがるのも無理はありません」
喋りながらテーブルに布を敷き、宝石を並べていく。
「最高級の石を使ったものから異国から取り寄せたもの、種類は取り揃えております。奥様、どうぞご覧ください」
確かにテーブルに広げられた宝石はどれも見事だった。
だがリディアには華美すぎるように感じた。
「まだまだございますよ」
そう言いながら並べられていく宝石たち。
「あ」
リディアは一つの宝石が気になった。
黒く、光の加減によって青く見える小さな石の付いたシンプルなネックレスだ。
「これですか?お目が高い!異国で黒竜の涙と呼ばれる石です。しかし少々奥様をお飾りするには地味に見えますが」
「姫君、それがよろしいのですか?」
そこでリディアは気づく。
買い物はメインではなく魔石の話に自然にもっていくつもりだったのに!
「それと、そうだなこれを買おう」
白紙小切手にサラサラと文字を走らせ、ダリオに足りるか確認させる。もちろんですと頷くダリオは満面の笑みだ。
リディアが気になったネックレスともう一つのアクセサリーをシグルドはさっさと買ってしまった。
「お買い上げありがとうございます。クロイツ公爵」
用は済んだとばかりに片付けるダリオにシグルドがなんでもないことのようにシ話かけた。
「最近、魔石の値が上がっているようだな。見てくれるか?これはそんなに価値のある石なのか」
引き出しから数個魔石を取り出しダリオに渡す。
「魔石ですか。いくら価格が上がったといっても宝石ほどのものじゃありませんが、まぁちょっと見させていただきますか」
ダリオは銀縁の拡大鏡を魔石にあてる。
「ふむ、黒一色のつまらぬ石かと思っていましたが僅かに赤色が滲んでいますな」
しかし頭を振った。
「ただ美しくない。宝石として扱えるようなものじゃございません」
「そうか。つまらぬことで引き留めたな」
「またの機会にこのダリオを呼んでいただければ」
ニタリと笑いダリオは去っていった。
「旦那様!これは確かに赤魔石です!」
「ダリオはあれで見る目は確かです」
ということはこの世界の人間にも魔石の識別はできるということ。
「早めに魔石を押さえておけて良かったです。ヨハンに感謝ですね」
「確かに」
「あっ!旦那様!余計な買い物をさせてしまいました」
「必要経費です。それに私も姫君に何か贈りたかったので」
「でも……」
(白紙小切手だよー怖くて値段きけないよー)
「姫君、こちらのネックレスをつけさせていただいても?」
「は、はい」
シグルドがリディアの後ろに立ったのでリディアは髪を少し持ち上げた。
チャリと小さなチェーンの鳴る音。
リディアの胸元を小さな黒くて青い石のネックレスが飾った。
「お似合いです」
胸があたたかくなる。
「もう一つこれも」
シグルドの手の上にあるのもネックレスだ。石は小さく紫にもオペラピンクにも見える。
リディアの瞳の色だ。
「旦那様、ありがとうございます。でも、あの、私がこの付けてもらったネックレスが気になったのは旦那様みたいな色だなと思ったからなんです。だから、その」
リディアは言いにくそうに、でも言った。
「この紫のネックレスは旦那様につけてほしいです」
シグルドは目を見張った。
「あっでも男性にネックレスっておかしいですよね?おかしいのかな?あれ?ちょっとわかんなくなってきました」
あたふたとするリディアを見てシグルドは微笑んだ。
「ではこれは耳飾りに仕立て直しましょう」
リディアはそのシグルドの笑みを見て、溺愛モードが抜けてないのは自分かもしれないと思った。




