夜会
「シグルド・クロイツ公爵閣下、ならびにリディア公爵夫人の御入場です」
会場にいた貴族の、視線が一組の夫婦に集まる。もっとも注目すべき二人が登場したのだ。
シグルドは黒に差し色を紫を基調とした礼装に身を包んでいた。鍛えられた長身と整った容貌にどこからともなくため息がもれる。
リディアもまた新しく黒から裾に向かって紫にグラデーションが美しいドレスを身に纏っており、胸元にはオペラピンクの宝石が扇状に広がるように連なった首飾りを下げていた。
照明に紫に輝く髪。首飾りと同じ色の瞳、美しい少女だった。
二人には身長差がかなりあったが、揃いのような色彩の礼装とドレスは調和していた。リディアも配色が大人びたドレスを見事に着こなしていたため、誰の目にも似合いの二人に見えた。
二人の前に入場していたユリウスはリディアをじっと見つめる。
リディアはあんなに美しい少女だっただろうか。幼馴染で婚約者。シグルドの場所に立っているのは自分だったはずなのに。どうして…… ティナ。ああティナは平民だからこの場にいないのだった。ティナに今側にいて欲しい。自分は正しかったのだと言って欲しい。
レオポルド王陛下、エレオノーラ王妃陛下の御入場です、という執事の声が響く。
国王夫妻の入場に、広間の貴族たちは一斉に礼を取った。
「皆、楽に」
王の言葉に貴族達は頭をあげる。
「今宵の主役はクロイツ公爵夫妻だ。存分に祝ってやってくれ」
侍従が琥珀色の酒の満ちたグラスを王と王妃に差し出した。
レオポルド国王陛下は杯を掲げた。
「西部を守りし英雄たちへ――乾杯」
広間に乾杯の声が響いた。
普段は社交にあまり出ず、近寄りがたいシグルドであったが今宵ばかりは貴族らに囲まれていた。だが楽団が演奏を始めると、貴族たちは察したように二人から距離を取った。この場でファーストダンスを踊るのは誰かは明白だったからだ。
シグルドとリディアは向かい合い、互いに一礼すると、そっと手を取り合った。
リディアはダンスは上手くも下手でもないと自認していたがシグルドのリードがとても巧みで自分がもの凄く上手くなったと錯覚するほどだった。
「旦那様、ダンスとてもお上手で私まで上手くなったと勘違いしてしまいそうです」
「姫君もとてもお上手ですよ」
人に注目されながらダンスを披露するのは少し緊張したがシグルドのおかげで無事に終えられた。
楽団が次の曲を奏で始めると、貴族たちはそれぞれの相手を伴って広間へ進み出る。
リディアは一息つこうとしたが、意外な人物が近づいてきた。
かつての友、ディートハルトだ。
「……リディア、一曲、お願いしたい」
リディアは躊躇った。答えは拒否しかない。だが、何故彼が申し込んできたのかわからなかった。
間に入ってきたのはシグルドだ。
「すまないが私の妻に私以外と踊らせるつもりはない。それと妻を名で呼ぶのはやめてくれ。これからはクロイツ公爵夫人と」
ディートハルトも騎士見習いだけあって背は高い方だがシグルドには見下ろされる。
一瞬悔しそうな顔をしたあと、失礼したと言ってその場を去っていった。
「なんで今……?」
リディアは呟いた。
もうかつての仲には戻れない。それは彼もわかっているはず。彼らがリディアに手を差し伸べなかったのだから。
「シグルド、新妻を手放したくない気持ちはわかるが独り占めはいただけんな。余であっても任せられぬか?」
先程のやりとりを聞いていたであろうレオポルド王がリディアに次のダンスを申し込んだ。もちろん断れる訳がない。
「光栄にございます」
リディアは応え、差し出された手を取った。
踊りながらレオポルド王が言う。
「リディア、其方に奇跡をおこせるほどの才があったとは。上手く隠していたものよ」
「隠していたのではありません。我が国の太陽である国王陛下にどうして隠し事などできましょう。クロイツに嫁いでから突然神から天啓を授かったのです」
「ユリウスは神に選ばれなかったか」
「そのようなつもりで言ったわけではございません。それにユリウス様にも聖女はおります」
「その通りだな……」
諦観が滲んだ声が次の瞬間低くなる。
「その奇跡の力、この国の調和のために使ってくれるな」
「勿論でございます」
リディアは迷いなく言った。
二人のダンスも優雅に終わった。
「シグルド、愛妻を返すことにしよう。リディア、シグルド、また王城に顔を見せに来い。其方たちならいつでも歓迎しよう」
「畏れ多く」
シグルド、リディアの二人は深い礼をとった。
その後、数曲シグルドと踊り、国王夫妻が下がったのを機にリディアとシグルドは家路に着いた。




