木皿と髪留め
結局、あれから数日かけて、担当ごとに「どこまでなら自分で決めていいか」を一つずつ決めて回った。
人員配置、資材の補充、少額の買い物――何が起きたら俺に聞くのか、その境目も決めた。
楽をするために仕事を増やした結果、ようやく少しだけ楽になった。
ある日の午前、執務室で書類と格闘していると、ゼバスティアンが来客を告げた。
「ホフマン商会のハインリヒ・ホフマン殿がお見えです。ミヒャエルも一緒でございます」
ホフマン商会。
我が領でも商いをしている大商人だ。
何を隠そう、用水路工事の資金を借りている相手でもある。
「……通してくれ」
別に取り立てではない。
嫌な予感センサーも反応していないから、大丈夫なはずだ。
間もなく、ハインリヒとミヒャエルが入ってきた。
「父も工事の進みを気にしておりまして。用水路の方はいかがでしょうか」
「順調だ。今のところ、大きな遅れはない」
「それは何よりです。では、完成も近そうですね。収穫が増えれば、麦の扱い高も増える。うちとしても、ありがたい話です」
借金を抱える身としては、「工事がトラブってます」なんて言った日には洒落にならないからね。工事を頑張っているみんなに感謝だ。
そして、今日の用件はもう一つあった。
ミヒャエルが抱えていた木箱を机に置く。
「フェルン村から届いた試作品でございます」
中には、木の皿や椀、匙が詰まっていた。
元のヨアヒムが、農閑期の内職として村人に作らせたものだ。まずは試作させ、出来栄えにかかわらず買い取ると約束していたらしい。
試作の買い取りと商人への売り込みを男爵家が引き受ける代わりに、商品として売れるようになれば、売却代金の一割を男爵家の取り分とする。そんな取り決めをしていたようだ。
本当によく働く男である。
転生してからというもの、俺は元のヨアヒムが残した仕事に追い回されている。
一枚の皿を手に取った。
縁は歪み、削った跡も残っている。表面を指で撫でると、何か所も引っかかった。
「どうだ?」
ハインリヒが受け取り、表裏を確認する。
「商品として扱うのは難しいでしょうな」
「だよなあ」
皿を箱へ戻した。
別に俺が二十一世紀目線だから厳しすぎるわけではないらしい。
他の品も似たような出来だったが、何枚か確かめたところで、ハインリヒの手が止まった。
「……これは」
差し出された皿は、それまでとは明らかに違った。
形が整っている。縁も滑らかで、削り跡もほとんど見えない。
「これなら売れるか?」
「値段次第では。これと同じ出来で数を揃えられるなら、商会で扱うことも考えられます」
全部を確かめてみると、十個に一個ほど、同じように出来の良い品が混じっていた。
「誰がどうやって作ったのか、聞いてみよう」
もし同じ作り方を村中に広められれば、ちゃんとした商品になる。
そう考えて、俺はその日のうちにコンラートとミヒャエルを連れ、フェルン村へ向かった。
ハンスに用水路工事の監督を押し付けて。
◇◇◇
村へ入ると、家々の間を何人もの子どもが走り回っていた。
少子高齢化という言葉とは縁がなさそうだ。
もっとも、暮らし向きが良いわけではない。
家の屋根には補修の跡が目立ち、村人の服には継ぎが多い。子どもの靴にさえ何度も直した跡が残っている。
元のヨアヒムが農閑期の仕事を作ろうとした理由が、少しわかった気がする。
「若様、ようこそお越しくださいました」
村長が俺たちを迎えた。
「試作品を受け取った。約束していた代金だ」
銅貨の入った袋を渡す。
高い額ではない。
「作った者たちに分けてくれ」
「ありがとうございます」
村長の顔に安堵が浮かんだ。出来が悪いから約束はなし、と言われることも考えていたのかもしれない。
「それと、これを見て欲しい」
持ってきた皿を一枚差し出した。
「誰が作った?」
村長は皿を裏返し、縁を指で確かめた。
「これは……たしかエーファでしたな」
「出来が良かったものは、他にもあった。椀や匙もだ」
「でしたら、それもエーファでしょう。あの女の品は、まとめて受け取りましたので」
「エーファ?」
「鍛冶屋ヤコブの妻でございます」
◇◇◇
案内された家から出てきたエーファは、身重の女性だった。
年の頃は三十前後だろうか。整った顔立ちをしている。
「これを作ったのは君か?」
「はい、若様」
「よく出来ていた」
村長に渡した代金とは別に、銅貨を数枚差し出す。
「これは君の分だ」
「私だけに、ですか?」
「君の作ったものだけが特に仕上がりが良かった。その分だ」
皆の前で渡すことも考えた。腕の良い者には、その分だけ報いる。それでいい気もする。
ただ、やっかみとか出ないよな?
俺には判断がつかなかった。
「とりあえず今日は受け取ってくれ」
悩んだまま押し付けた。
「ありがとうございます」
「それで聞きたい。どうやったら、こんなふうに作れる?」
「どう、と言われましても……」
エーファは困ったように皿を見た。
「昔から細かい作業は得意でした。それと、削ったあとは研草でよく磨いております」
「研草?」
「はい。乾かして使います。木を磨くのにも便利です」
なるほど。
研草、そういうのもあるのか。
なら、研草を使えばいいわけだ。
シュヴァルツ男爵領に新たな名産品爆誕!
――と思ったところで、ミヒャエルが皿を手に取った。
「ですが、研草を使うだけでここまで仕上がるものでしょうか」
言われてみれば確かに。
他の皿を取り出して見る。ちょっとやそっと磨いただけでは、エーファの皿ほどの出来になるとは思えない。
「さあ……私としては普通に作っているつもりですが」
何か一つ秘訣を聞き出し、村中に広めれば解決。
……とはいかなかった。
世の中、そう都合良くできてはいないらしい。
どうしたものかと考えていると、エーファの髪に差してある物が目に留まった。
木製の髪留めだ。
飾りは少ないが、形は整い、表面もきれいに磨かれている。
「その髪留めは?」
「これですか」
エーファが髪に手を添える。
「自分で作りました」
その瞬間、ヨハンナの銀色の髪が頭に浮かんだ。
これだ。
ヨハンナに何か贈りたいとは、前から思っていた。
だが、何を贈ればいいのかがわからない。
あまり大きな声では言えないが、俺は前世を含めて、女性とお付き合いした経験が豊富ではない。
どれくらい豊富ではないかというと……まあ、その、なんだ。優しい心で察して欲しい。
そのうえ、我が家は用水路工事のために借金している。
宝石など買っている場合ではない。
だが、これなら。
高価ではなくても、自分で作ることはできる。
少なくとも、借金中に宝石を買って渡すよりは、俺らしい気がする。
「エーファ。頼みがある」
「はい?」
「妻に贈る髪留めを作りたい。手伝ってくれないか?」
エーファが目を丸くした。
後ろにいたコンラートまで俺を見る。
「若君が、ご自分でお作りになるのですか?」
「悪いか」
「……いえ。大変よろしいことかと」
その間は何だ。
ともかく、エーファは引き受けてくれた。
ありがたい。シュヴァルツ小勲章を授与しよう。
さっそく木片を選び、教わりながら削ってみた。
そして、すぐにわかった。
難しい。
少し力を入れれば削りすぎる。慎重にやれば、ほとんど進まない。
エーファがやると簡単そうなのに、俺が使うと同じ刃物とは思えない。
見るに見かねたのか、後ろからコンラートまで口を出してきた。
「若君。そこは、もう少し深く削られた方が」
「今やろうと思っていた」
そのうち、外から子どもたちが戻ってきた。
「母さん、ただいま!」
一人ではない。二人、三人と続いて家へ飛び込んでくる。
「こら、お客様がいらっしゃるでしょう。とても偉いお方なのよ。お行儀よくしなさい。……若様、申し訳ございません」
エーファが叱ると、子どもたちは俺たちを見て慌てて足を止めた。
「いや、構わない」
なるほど。お腹の子まで合わせれば、四人か。
こうして賑やかなのも良いものだな。
結局、髪留めはその日のうちには完成しなかった。
途中まで削った髪留めを布で包み、仮住まいへ持ち帰る。
少しくらい不格好でも、最後まで自分で作ろう。
そして、ヨハンナに渡す。
女性は贈り物を喜ぶと聞くし、値段より気持ちが大事だと何かで読んだ気がする。
……たしか。
よし。
まずは、この髪留めを完成させる。
それから少しずつ、ヨハンナとの距離を縮めよう。
頑張るぞ、俺。
その先には夢のいちゃいちゃ生活が待っているはずだ。
あ、忘れてた。
なんでエーファが作った皿や匙だけ、あんなに出来が良かったんだ?
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