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頑張っていたのは俺じゃない -楽をしたい領主代行の異世界領地経営-  作者: oldenhaldt
楽をするために

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6/22

楽をするための仕事

お読みいただきありがとうございます。

面白いと感じていただけましたら、評価やご感想をいただけると嬉しいです。


 残念ながら、休日のあとには仕事が来る。


 朝から剣を振り、朝食を取り、執務室へ向かう。


 憂鬱な一日の始まりだった。


 何しろ俺は、領主代行の仕事どころか、この世界の常識さえろくに知らない。なのに周囲にとって俺は、記憶を失う前まで当たり前のように仕事をこなしていたヨアヒム・フォン・シュヴァルツのままなのだ。


 だが、今日からは少し違う。事情を話したことにより、ゼバスティアンやコンラート、ハンスにわからないことや疑問を気安く訊ねることができる。


 もう取り繕う必要はない。


 素晴らしい。


 三人には、シュヴァルツ小勲章を授与しておこう。


 いや、今後も頼ることを考えると中勲章でもよいかもしれない。


 そんな調子で午前の政務と勉強を終え、昼食のあと、俺はハンスとともに用水路の工事現場へ向かった。


 ◇◇◇


 ところが。


「……進んでなくない?」


 一昨日に見た場所から、掘削された距離が思ったほど伸びていない。


 それだけではなかった。


 鍬や鋤を手にせず、道端に座っている男たちまでいる。


 俺たちが近づくと、そのうちの何人かが慌てて立ち上がった。


「若様!」


「何かあった?」


「はい。お待ちしておりました」


 待っていた?


 俺の中で、赤い警告灯が点いた。


 最近わかってきた。


 誰かが改まった顔で俺を呼ぶときは、大抵ろくでもない話が待っている。


 我ながら、この嫌な予感センサーだけは、この世界に来てからやたらと性能がいい。


 現場をまとめている者たちを集め、その場で話を聞く。


「一昨日掘った辺りなのですが、どうも他より土が崩れやすいようです」


 一人の男が用水路の一角を指した。


「石を多めに入れ、その隙間を粘土で固めた方がよいのではないかと話しておりました。ただ、若様がお休みでしたので」


「それで止めてたの?」


「はい」


 見に行くと、用水路の側面が一部崩れ、底に土が積もっている。


 確かに、このまま掘り進めるのはまずそうだ。


「じゃあ、石と粘土を多めに――」


 言いかけて、俺は止まった。


「今ある分で足りる?」


「ここを直すだけなら。ただ、この先にも同じ場所があれば不足すると思います」


「補充は……」


「若、命令いただければ石なら領内の採石場から運べます。粘土も採れます。ただ、ご承知の通り運搬に人手と荷車を回す必要があります」


 ハンスが割り込んで、助けてくれる。


「工事への影響は?」


「多少は出ますが、もちろん進められます」


「ありがとう」


 やはり、ハンスくん、キミにはシュヴァルツ中勲章がふさわしいな。


「じゃあ、ここは補強してくれ。石と粘土も追加で運んでくれ」


「若様、運ぶ人数や荷車はいつも通りで?」


「ああ、構わない」


 ハンスの様子を窺いながら、答える。


「ありがとうございます、若様!」


 すると、別の男が手を挙げた。


「あの、若様。昨日、鍬が一本壊れまして」


「鍬?」


「鉄の部分が傷んでおります。鍛冶屋へ持っていってもよろしいでしょうか」


「……持っていくしかないだろ」


「では、そのようにいたします」


 さらに別の男が前へ出た。


「若様、運んできた木材のうち三本ほど割れておりまして」


「使えないなら交換して」


「若様――」


 多い。


 とにかく多い。


 一つ一つは大した話ではない。むしろ、俺に聞くまでもないようなことばかりだった。


 それでも事情を聞き、わからないところは現場を見たり、ハンスに確認したり、一件ずつ返事をする。


 全部終わるころには、体感で一時間ほど経っていた。


 男たちがそれぞれの持ち場へ戻っていくのを見ながら、俺はハンスに訊ねた。


「……いつもこんな感じなの?」


「はい」


 即答だった。


「だから若は、休日を月に一度ほどしか取らなかったんですよ」


 今明かされる元のヨアヒムの仕事中毒の背景。


「特に休まれる前日は、翌日の指示を細かく出しておられました。彼らは指示をしないと動きませんから」


「……そういうものなのか」


 確かに今までも、何か起きるたびに作業が止まり、俺のところへ確認が来ていた。


 だが、何かが引っかかった。


 さっきの男たちは、本当に何をすればいいのかわかっていなかったのだろうか。


 答えが出ないまま、俺はひとまず話を切り上げた。



 現場を回っていると、また水路の勾配を確認する必要が出てきた。


 となればペーターの出番である。


 用水路工事歴一ヶ月未満の俺にもわかったことがある。


 勾配の確認とそれに基づくルート選定こそが用水路づくりの要である、と。


 そして元のヨアヒム無き今、それを一手に担っているのが、このペーター少年である。



 しかし、先日の測量ミス以来、ペーターは必ず俺の確認を取るようになっていた。


「若様、こちらをお願いします」


 ペーターが測量器具を据え、測った結果を確認する。


 俺も横から覗いた。


「ここからあちらまで、この差になります。予定していた傾斜の範囲内です」


「うん」


「念のため、反対側からも測っておきたいと思います」


「うん」


「前回のような間違いがあっても、反対側から測れば気づけるかもと思ったんです」


「うん」


 ペーターが器具を運ぶ。


 俺もついていく。


 反対側からもう一度測った。


「こちらでもほぼ同じ結果になりました。問題ないと思います」


「うん」


「若様はどう思われますか?」


「うん……」


 そこで俺は止まった。


 待て。


 今、俺は何をした?


 ペーターが測った。


 ペーターが結果を説明した。


 反対側からもう一度測ろうと提案したのもペーターだ。


 そして俺は。


 うん、と言った。


 ……これ、俺いる?


 俺が器具の扱いを勉強し始めてから一ヶ月にも満たない。一方、ペーターは元のヨアヒムの助手として、実際に測量を重ねてきた。


 しかも、測り間違いを減らす工夫まで自分で考えている。


 俺は彼の言葉に頷くしかしていない。


「若様?」


「ああ。問題ない」


「はい!」


 返事をするペーターを見ながら、先ほどの話を思い返した。


 土が崩れやすいから、石と粘土で補強したい。


 資材の不足もわかっていた。


 どこから補充するかもわかっていた。


 鍬が壊れたから、鍛冶屋へ持っていきたい。


 どれも、俺以外の誰かがもう答えを持っている。



 あれ?


 みんな判断できないんじゃない。


 判断していいことになっていないだけなんじゃないか。


 問題が起きるたびに作業を中断し、俺の確認を取る。


 今までこれで回っていた以上、元のヨアヒムには捌けていたのだろう。


 さらに作業員が見通せないことまでアドバイスや指示ができていたのかもしれない。



 だが、俺には無理だ。


 こんなことを続けていたら。


 俺は。


 ずっと楽ができない。


 それは困る。


 非常に困る。


 ◇◇◇


 仮住まいへ戻った俺は、そのまま執務室へゼバスティアン、コンラート、ハンスの三人を呼んだ。


「教えて欲しい」

「記憶を失う前の俺がやってた仕事、全部」


 三人は顔を見合わせた。


 まずコンラートが口を開く。


「朝の鍛錬。屋敷におられる日は、シュヴァルツ家の兵たちの調練を行っておりました」


「それは知ってる」


 ゼバスティアンが引き取る。


「裁判。それから、各村から上がってくる訴えの確認でございます」


「そこまでは覚悟してた」


「家臣への指示、会計、農閑期の内職の振興、必要な資材の購入」


「待って。まだ増える?」


 ハンスが指を折った。


「工事の指揮。特に測量。そして男爵様へのご報告」


「エンゲル男爵領をはじめ、隣領や教会との交渉も若君がなさっていたな」


「それに加え、領地経営や法、測量などの勉強も毎日なさっておりました」


 ゼバスティアンが締めた。


 俺は改めて元のヨアヒムの働きぶりに舌を巻いた。


 二十歳の若者が、それ全部やってたの?


 まあ、畏敬の念は脇に置いて……だ。


「俺が判断しなきゃいけないことって、本当はどれくらいある?」


「ヨアヒム様は領主代行でございますから」


 ゼバスティアンが答える。


「いや、そうじゃない。本当に俺じゃなきゃ決められないものだ」


 三人が黙る。


「例えば、壊れた鍬を鍛冶屋に持っていくかどうか。俺じゃないと決められない?」


「……いいえ」


「用水路の崩れやすい部分の補強の判断は?」


「現場をまとめる者でも可能かと」


 そこから、一つずつ整理していった。


 助言をもらいながらではあるが、大きな方針は俺が決める。裁判の最終的な判定も俺が下す。


 だが、日々の人員配置や少額の購入、報告の整理まで自分で抱える必要はない。


 一つずつ分けていくと、俺でなくてもできる仕事は思った以上に多かった。


「……俺じゃないと駄目な仕事、意外と少ない?」


 誰も否定しなかった。


 元のヨアヒムは、できるから自分でやった。


 その積み重ねで、周囲もヨアヒムに聞くのが当たり前になったのだろう。


 優秀なのは間違いない。


 だが、俺には真似できない。


 仮に真似できても真似したくない。


 優雅な貴族生活を満喫したい。


 ◇◇◇


 翌日。


 俺は工事現場の人間を集めた。


「今日から、仕事のやり方を変える」


 ざわめきが起きた。


「ペーター」


「はい、若様!」


「通常の傾斜確認と、決めた範囲内の測量はお前に任せる。結果がおかしいときや、予定と違う地形が出てきたときだけ俺に言ってくれ」


「お、俺がですか?」


「できるだろ?」


「……はい!」


「工事をまとめる者は、その日の人員配置を決めていい。道具を管理する者は、少額の消耗品なら必要に応じて買っていい」


 皆の顔を順番に見る。


「わからないことと、大きな問題だけ俺に持ってこい」


 これだ。


 これこそ俺が求めていたものだ。


 政務についても、昨日三人と洗い出した「俺でなくてもできる仕事」から順に振っていく。


 そう。


 大事なのは権限委譲なのだ。


 前世の課長も、そんなことを言っていた気がする。


 全てを自分が見ることはできない。


 だからキミたち係長やチーフが大事だとかかんとか。


 当時の俺は、お前もっと働けと思って聞き流していた。


 申し訳ありませんでした、課長。


 あなたは正しかった。


 罪二等減じて無罪としてあげましょう。



 これで俺は楽になる。


 ようやく、この異世界にも希望が見えてきた。


 俺は内心で歓喜のステップを踏んでいた。


 ◇◇◇


 さらに翌朝。


 朝食を終えた俺のところへ、ゼバスティアンがやって来た。


「ヨアヒム様」


「何?」


「工事現場の各担当者が、面会を求めております」


「……何かあった?」


「昨日のお話について、確認したいことがあるそうです」


 執務室へ向かうと、すでに何人も待っていた。


「若様。わからないことは聞いてよいとのお話でしたが、どの程度わからなければ聞くべきでしょうか」


「……え?」


 次の男が手を挙げた。


「大きな問題とは、どの程度からでしょう。作業員が三人休んだ場合は大きな問題でしょうか」


「いや、それくらいは現場で決めていい」


「では五人なら?」


「五人……」


「若様。石を補充する判断は我々でしてよいのでしょうか。それとも、荷車を二台以上使う場合は確認した方がよろしいでしょうか」


「それは……」


「若様、少額とはいくらまででしょう」


 質問は途切れなかった。


 三人ならいい。では五人は。


 荷車一台ならいい。では二台は。


 担当者同士で意見が割れたら誰が決める。


 測量結果がどれほど違えば俺に報告する。


 一つ答えるたびに、次の境目が現れた。


 そして、午前中が終わってもまだ終わらなかった。


 ……あれ?


 これって。


 楽になってなくない?


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