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頑張っていたのは俺じゃない -楽をしたい領主代行の異世界領地経営-  作者: oldenhaldt
後日談

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21/22

後日談 失った二十年とその先

 暖炉の前で、ゼバスティアンとコンラートが向かい合っていた。


 二人の手には葡萄酒の杯がある。


 酒を嫌うわけではないが、こうして二人で杯を傾けることは稀だった。


 今夜の酒の肴は、ヨアヒムだった。


「もう一年以上になりますな」


「左様でございます」


 一年以上前、二人はハンスを交え、別人のようになったヨアヒムについて話し合った。


「今でも、ときおりそう感じます」


 ゼバスティアンが言った。


「朝のお目覚めから、奥方様への接し方まで」


 以前は起こされる前に自ら起きた。今では寝床を惜しむことがある。


 ヨハンナへの態度は、それ以上に変わった。必要な言葉だけを交わしていた夫が、今では不器用ながら妻へ歩み寄っている。


「二十年分の記憶ですからな」


 コンラートは杯を置いた。


「失われたものは大きい。ですが、二十年かけて積み上げたものまで、すべて消えたわけではありますまい」


「と申しますと?」


「馬の御し方。槍も剣も、若君は忘れておられない」


 ゼバスティアンにも思い当たることがあった。


「匙やナイフを扱う所作も、以前のままでございます」


 コンラートは葡萄酒を一口飲んだ。


「変わったところもありますぞ。若君は、身を惜しむようになられた」

「以前の若君は、抜き身の宝剣のようでした。どこまで行かれるのか。それとも、その前にご自身を損なわれるのか。そんな危うさがあった」

「今は、きちんと鞘に収まっております」


「それは、よろしい変化と見ておられるので?」


「ええ。もっとも、以前ほどの切れ味はないかもしれませんがな。鞘もまだ、みすぼらしい」

「若君、いや男爵様には聞かせられませんな」


「落ち込まれますか」


「おそらくは」


 二人は顔を見合わせ、笑った。



「ただ、一つだけ説明がつきません」


 ゼバスティアンは杯を置いた。


「産婆と外科医へのご指示です」


 産婆には手を石鹸で洗わせ、刃物や布を煮させた。

 外科医にも同じことを命じている。


 ヨアヒムは、そうすれば病になる者を減らせると知っていた。


「あの知識は、どこで得られたのでしょう」


「……もしや遠いアズハラのものではありませんかな」


「私もそう考えました」


 ゼバスティアンは、この地を訪れた商人や職人へさり気なく訊ねていた。


 アンドレアスにも聞いた。


「ですが、誰もそのような話は知らないとのことでございました」



 コンラートはしばらく杯を眺めていた。


「以前、ゼバスティアン殿が言われましたな」


「何をでしょう」


「『ヨアヒム様がヨアヒム様であることに変わりはない』と」


 ゼバスティアンは頷いた。


「確かに、申し上げました」


 そして今も、その考えは変わっていない。


 失ったものもある。


 以前とは変わったところもある。


 どこで得たのかわからない知識まである。


 それでも、ヨアヒムがシュヴァルツ家を担う限り、自分はその傍らで支える。


 そこに迷いはなかった。


「もっとも、奥方様は何かご存じなのでしょうな」


「奥方様が?」


「以前、一度この話に触れた際、話を逸らされまして。その後、それとなく訊ねてみたこともございますが、その時も同じでございました」


 ヨハンナは、何かを知っている。


 だが、それ以上を訊ねる気はなかった。


 何を知ったうえでなのかはわからない。それでも今のヨアヒムの傍らにいる。


「まあ、よろしいでしょう。夫婦仲がよいのは何よりでございます」


 すると、コンラートが大きく頷いた。


「まったくですぞ。最近のお二人は実に仲がよろしい。この前など、奥方様がお笑いになると若君まで――」


「コンラート殿」


「食事の席でも、若君が奥方様へ――」


「コンラート殿」


「この分なら、近いうちに子どもの顔も見られるでしょうな!」


 どうやら葡萄酒が回っているらしい。


 普段は口数の少ない騎士が、今夜に限ってよく喋る。


「いつまでヨアヒム様の叔父気取りをなさるおつもりですか」


「叔父気取りとは心外ですな」


 コンラートには子どもがいない。


 幼い頃から見てきたヨアヒムへ、息子に近い情を抱いていることも、ゼバスティアンは知っていた。


「若君に子どもが生まれたら、若君と奥方様と私で立派に育て上げますぞ」


「なぜ、そこにあなたが入るのでございます?」


「若君は二十年の思い出を失われた」


 コンラートは杯を置いた。


「ならば、新しく作ればよいのです」

「若君と奥方様と、その子と、私でな。失った二十年の分まで、これから作っていけばよい」


 ゼバスティアンは、すぐには答えなかった。


 失った年月は戻らない。


 だが、これから積み上げる年月まで失われたわけではない。


「それは結構でございますが、一つ聞き捨てなりませんな」


「何がです?」


「お生まれになったお子は、私がみっちり教育いたします」


「まずは馬でしょう」


「歩くより先に乗せるおつもりで?」


「私が支えます」


「まずは読み書きでございます」


「それでは強い子には育ちませんぞ」


「今のヨアヒム様をご覧になっても、そう思われますか」


「ゼバスティアン殿こそ、勝手に教育役になっておりますぞ」


「私はヨアヒム様の執事でございますので」


「理由になっておりませんな!」


 暖炉の薪が崩れ、火の粉が弾けた。


 まだ生まれてもいない子を、どちらがどう育てるのか。


 そもそもヨアヒムもヨハンナも、二人に頼んですらいない。


 二人の話は続く。



 夜は更けていった。


最後の最後までお読みいただきありがとうございました。

面白いと感じていただけましたら、評価やご感想をいただけると嬉しいです。


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