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頑張っていたのは俺じゃない -楽をしたい領主代行の異世界領地経営-  作者: oldenhaldt
受け継いだ仕事

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19/22

終わった仕事、残った問い

 十一月。


 本格的な冬が来る前に、ムル川の橋が完成した。


 長かった。


 半年近く橋づくりに関わって、俺が橋そのものについて何かできたかと訊かれると困る。


 そこはアンドレアスたちの仕事だった。


 俺がやっていたのは、木材をどこへ置くだの、運ぶのは誰だの、こっちを先にして欲しいだの。


 だいたい人と人との間に入って話をすることだった。


 俺、必要だったかな。


 ……必要だったと思いたいけど。


 少なくとも、何をするにも俺の判断待ちで工事が止まっていた頃よりは、みんなが「こうしたい」って言ってきてくれる方が良いよね。


 ◇◇◇


 竣工の日には、両領から多くの人が集まった。


 俺はシュヴァルツ領側から。


 エンゲル男爵は反対側から。


 新しい床板を踏んで進み、橋の中央で向かい合う。


「ようやくだな!」


「ええ。なんとかできました」


 差し出された手を握った。


 痛い。


 エンゲル男爵にとって、握手とは相手の手を握り潰す競技らしい。


 俺たちは橋の中央で、この橋がシュヴァルツ家とエンゲル家、両家のものであることを宣言した。


 互いの領都から橋までの道では通行税を取らない。


 それも改めて両領の者たちへ伝える。


 歓声が上がった。


 やがて、葡萄酒の樽を積んだ馬車が橋へ進み出た。


 ゆっくりと中央を越え、シュヴァルツ領側へ渡ってくる。


 橋は落ちない。


 当たり前だ。


 当たり前なのだが、ちょっと感動した。


 川を見れば、商人たちが用意した大きな船も、橋脚の間を抜けていく。


 当初の想定よりもずいぶん立派な橋になった。


 しかも大きくした分の費用は、商人やエンゲル領に負担してもらっている。


 文句なし。


 橋にシュヴァルツ大勲章を授与しておこう。


 無機物として初の受章です。



 父は竣工式には来られなかった。


 夏頃から体調はさらに悪くなり、最近では起きていられる時間も短くなっている。


 完成した橋を見せられなかったのは、残念だった。


 ◇◇◇


 式のあと、アンドレアスとマルティンを呼び止めた。


「二人とも、このままうちに残らないか?」


 橋を造れる人間が領内にいてくれるなら心強い。


 アンドレアスは、ほとんど考えもしなかった。


「柄じゃないです」


「即答か」


「同じところにずっといるのは向いてません。ただ、何かあったら呼んでください」


「呼んだら来てくれるのか?」


「仕事なら」


 仕事なら、か。寂しさを覚えていると、マルティンが補足してくれた。


「親方は気に入らない雇い主とは二度と仕事しませんからね」


 マルティンも師匠についていくらしい。


 仕方がない。


 一方で、ペーターは残ってくれた。


 春に話をしてから随分悩んだようだが、最後は自分でシュヴァルツ家に仕えると決めてくれた。


 これからは正式に、領内の測量を任せられる。


 本人が決めてくれたことが、何より嬉しかった。



 俺が橋にかかりきりだった間にも、他の仕事は進んでいた。


 エンゲル領から羊毛を仕入れる話がまとまり、いくつかの村では冬から紡績を試す。


 フェルン村ではエーファから技術を教わった者が増え、今年は去年より多く木工品を作れそうだという。


 去年のように、エーファ一人へ仕事が集中しないための準備だ。


 産婆と外科医に始めてもらった手洗いや煮沸も、続けることになった。


 赤子の死亡数が劇的に減ったとまでは言えない。


 それでも、出産後に熱を出す母親や傷が膿む患者は以前より少ないという。


 なら、今度は他の村でも試してみる。


 気づけば、俺が全部見ていなくても物事が進むようになっていた。


 これこそ、俺が求めていたものでは?


 なのに新しい仕事も増えている。


 解せぬ。


 ◇◇◇


 その夜、ヨハンナと俺の寝室で話をしていた。


 こうして二人で話すことも、今では珍しくなくなった。


 今日の話題は、日本の学校だった。


「何度聞いてもすべての子どもが通うというのが信じられません」


「基本的にはな」


「身分の違いがないということも、不思議です」


「ああ。日本じゃ、生まれで身分が決まるわけじゃないからな。農家の子どもも、商売をしている家の子どももみんな学校へ行く」


「同じ場所で学ぶのですね」


「そう」


 ヨハンナは俺のいた世界の話なら何でも興味深そうに聞く。


 その中でも、学校の話には特に食いつきがいい。


 話しているうちに、日本から今の領地へ話題が移った。


「橋の建造、お疲れ様でした」


「ありがとう」


「ヨアヒム様がこちらへ来られて、もう一年ほどになるのかしら」


「そうだな」


 知らない部屋で目を覚ましてから、もう一年。


「最初は、元のヨアヒム様とあまりにも違っていて、どうなることかと思いました」


 ヨハンナが笑った。


「用水路も、橋も。元のヨアヒム様が始められた大きな仕事は、これでひと区切りですね」


「ああ」


「二人のヨアヒム様は、まるで違います」


 ん?


「元のヨアヒム様は、何でもご自分で決めて、ご自分でなさろうとする方でした」


 知っている。そしてそれができる男だった。


「でも、今のヨアヒム様は違いますね」


「俺は人に頼ってばかりだからな」


「はい」


「そこは少しくらい否定してくれないのか」


「ですが、用水路は完成しました。橋も架かりました」


 俺は少し考えた。


 元のヨアヒムとは、やり方はまるで違った。


 それでも、あいつが始めた仕事を途中で投げ出さずには済んだ。


 ヨハンナはそんな俺を見てから、訊ねた。


「これから、ヨアヒム様は何をしたいですか?」



 何をしたい。


 答えが出てこなかった。


 偉くなりたいわけじゃない。


 褒め称えられたいわけでもない。


 権力を振るいたいわけでもない。


 元の世界でも、大きな夢なんて持っていなかった。


 この世界に来てからだって、目の前に置かれた仕事を何とかこなしてきただけだ。


「できるだけ楽をしたいんだ」


「いつもそう仰りますね」


 ヨハンナが笑った。


 うん。


 あと、君といちゃいちゃしたい。


 初めて会った時から好きだった。


 ……いや、俺の中身は三十過ぎなんだよな。


 それに、夫だからといって何も無理強いしないと約束したんだ。


 結局その夜、俺はそれ以上の答えを出せなかった。


 ◇◇◇


 翌日。


 父の部屋へ向かった。


 寝台の上の父は、以前よりずっと小さく見えた。


 俺がそばへ行くと、ゆっくりと目を開いた。


 寝台の脇に腰を下ろし、その手を取る。


「橋は……できたのか」


「はい」


「そうか」


 それが、父と最後に交わした言葉になった。



 この人は最後まで、俺を自分の息子だと思っていた。


 でも、俺はその息子じゃない。


 それなのに、この人の息子と偽って一年も生きてきた。


 俺は父の手を握ったまま、しばらく動けなかった。


 ◇◇◇


 父の葬儀が終わった。


 俺は正式に、ヨアヒム・フォン・シュヴァルツ男爵となった。


 もう父の代理ではない。


 俺が引き継いだ大仕事も、すべて片づいた。



 数日前のヨハンナの言葉が蘇った。


『これから、ヨアヒム様は何をしたいですか?』


 答えは、まだなかった。


お読みいただきありがとうございます。

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