広がる橋、増える関係者
アンドレアスの一言に、ハインリヒが黙ったのは一瞬だけだった。
「もちろん、そのつもりでございます」
隣にいたクリスティアンも頷く。
「そもそも、どうして一回り大きな船を通したいんだ?」
「ヨアヒム様のおかげです」
「俺?」
どうしてそこで俺の名前が出てくる。
「ヨアヒム様は用水路工事を完成させました。領内の収穫は今後さらに増すことでしょう」
「フェルン村の木工品でも、良い商いをさせていただきました。今後も取り扱いを増やせればと考えております」
ハインリヒに続き、クリスティアンも口を開く。
「そちらには我が商会も参加させていただきたいと考えております。我々はシュヴァルツ男爵領の商いは、さらに増えると踏んでおります」
「つまり、遠からず、今の船では足りなくなる日が来る。それ故のお願いでございます」
用水路に木工品、それにこれから増える商い。
なんだ、この褒め殺し。
そろそろ請求書でも出てきそうだ。
「もちろん、橋を大きくすることで生じる追加費用につきましては、我々も負担いたします」
請求書じゃなかった。
夢でも見ているのかな。むしろ払ってくれるらしい。
これ、こっちの負担を増やさずに橋を立派にできるチャンス?
「一回り大きな船って、どれぐらいだ?」
「船を大きくするなら、橋脚の間をもっと空けなきゃならない」
アンドレアスが割って入った。
「空ければいいんじゃないのか?」
「空けた分だけ、橋脚から橋脚へ渡す主桁も長くなります」
「昨日の杭とは別?」
「別です。杭は川底へ打つ。主桁は橋脚から橋脚へ横に渡す」
昨日は縦。
今日は横。
橋に使う木、色々あるんだな。
「で、大きな船はどれぐらいです?」
アンドレアスが商人二人を見る。
ハインリヒとクリスティアンが顔を見合わせた。
「正確な寸法までは……」
「調べてくれ」
「承知しました」
「それと、主桁より先に河床です」
またアンドレアスである。
「河床が杭を支えられなければ、今考えている橋は造れません。試験杭を打ちます」
大型船については商人たちに任せる。二人はいったん帰った。
ムル川の流木についても調べてもらうことにした。
商人たちは『流木で船が壊れたとは聞いたことがない』と言っていた。少なくとも、頻繁に大きな流木が出るわけではなさそうだ。
それでも念のためだ。
残されたこっちは河床だ。杭打ちの準備――細めの木材の用意や人手の手配を進めることとなった。
その日の夕方には、呼び出していたペーターもドゥニン村から到着した。
◇◇◇
翌日。
俺、ハンス、アンドレアス、マルティン、ペーター、それに杭打ちを手伝う領民たちでムル川へ向かった。
アンドレアスは着くなり、ペーターの測量記録を手に取った。
「増水した時は、どこまで水が来る?」
「あの木の辺りまでです。近くに住んでいる三軒にも聞きました」
「両岸の高さは?」
「こっちが――」
ペーターが蝋板を示す。
「二度測ったか?」
「全部やりました」
「全部?」
「前に一度、測量を間違えたので」
アンドレアスは何も言わず、記録と川岸を見比べた。
「ペーター。ここと、向こう岸のあそこを基準にする。目印を立てて、高低差を測ってくれ。それから周囲の地形と、ここから街道までの傾きも」
「街道までですか?」
「橋だけ平らでも、そこへ上がる道が急なら馬車は使えない」
「あ、はい」
ペーターは器具を抱えて動き出した。
……褒めないのか。
いや。
ペーターが測った数字を、厳しいアンドレアスがそのまま仕事に使っている。
それは十分凄いことだ。
アンドレアスが場所を決める。
ペーターが測る。
数字を見て、アンドレアスが次を決める。
俺への確認は一度もない。
……素晴らしい。
俺が何もしなくても進む仕事、大好きです。
「次は河床です」
アンドレアスが川へ向き直った。
「今こんな時期に本式の足場を組むのは馬鹿らしい。水が引いてからやります」
試しに杭を打ち込み、どれぐらい深く打てばしっかり支えられるのかを調べる。
岸寄りの浅い場所では長い棒を川底へ差し、岸から届かないところでは小舟を使った。
試験杭を打つ場所では、領民たちが簡単な足場を組む。
「打ちます!」
マルティンの合図で、二人が槌を振り下ろした。
杭が泥へ沈む。
もう一度。
さらにもう一度。
「まだ浅いです」
場所を変えて同じ作業を繰り返す。
何度か打つうち、杭の沈み方が鈍くなった。
「ここから重くなりました」
アンドレアスが深さを確かめる。
数か所を調べ終えると、川底を指した。
「上には泥が溜まってます。でも、その下は締まってる」
「杭は打てそう?」
「木杭で橋脚を造れる可能性は高そうです」
「よし」
「ただし、杭打ちの本番は秋です」
「……はい」
この人の話、エンドマークが出てくるまで油断できない。
◇◇◇
数日後。
商人たちから通したい船の寸法が届いた。また、下流の橋の流木対策についても確認してきてくれた。特別な対策は取っていないようだ。
今、ムル川を行き来している舟は全長六メートル前後、幅一・三メートル前後。
大型船は全長十二メートル前後、幅二・二メートル前後。
高さはどちらもそんなに変わらない。
「四メートルも空いてるなら、その船でも通るんじゃないか?」
「通るだけなら通ります」
「だったら――」
「流れのある川ですよ。船が毎回、橋脚の真ん中へ真っ直ぐ入ってくれると思いますか?」
「……思わない」
「今の舟なら四メートルでいい。大きい方を安全に通すなら、俺なら六メートルほど空けます」
「二メートル増えるだけか」
「その二メートルが面倒なんですよ」
嫌な言葉が返ってきた。
「六メートル空けるなら、七メートルほどの長さが取れる主桁が欲しい。十分な太さも要ります。大きな節、腐り、大きな曲がりも駄目。十本前後は欲しい」
「そこまで条件が揃った木を十本?」
「橋を落としたいなら、妥協してもいいですよ」
「妥協しないで」
即答した。
ペーターの測量記録と河床調査をもとに、アンドレアスは基本案と拡張案、それぞれのおおよその橋脚位置を決めた。
◇◇◇
屋敷へ戻り、ミヒャエルに領内の木材を確認する。
「五メートルほどの主桁材なら、必要数はなんとか揃えられる見込みです」
「七メートルは?」
「難しいです」
即答だった。
「木自体はあります。ただ、長さ、太さ、真っ直ぐさ、材の状態まで満たすものを十本前後揃えるとなると、領内では難しいです」
つまり、約束した橋なら造れる。
大型船まで通したいなら、領外の木が要る。
ハインリヒとクリスティアンにも相談した。
「エンゲル男爵領の森なら、あるかもしれません」
「以前、葡萄酒の買い付けで通った際、大きな木が残っている森を見ました」
「橋に使える?」
「それは私には何とも」
「木を見ないと何とも言えません」
アンドレアスが言った。
「そう言うと思った」
少し付き合い方がわかってきた。
とはいえ、大きく育った良木は領地の財産だ。
金を出せば簡単に売ってもらえるとは限らない。
だったら、どうする。
……ん?
そもそも、この大型船はエンゲル領の葡萄酒や羊毛も運ぶんじゃないか?
「……待てよ。これ、向こうも得するじゃないか」
向こうにも利益があるなら、それを条件に協力を求められる。
◇◇◇
商会には、実際に使う予定の大型船を橋の建造予定地まで持ってきてもらうことにした。
実物を見せた方が早い。
船の手配には半月ほどかかる。
到着日に合わせ、エンゲル男爵へ現地での会談を申し入れた。
そしてその半月も、ただ待つつもりはなかった。
「本格的な杭打ちは秋だよな?」
「はい」
「その前にできることは?」
「木を伐って、保管して、粗く加工するところまではできます」
「じゃあ進めよう」
「ただし――」
「必要な数より多めに用意する?」
アンドレアスが一瞬止まった。
「……そうです。途中で傷みが見つかる材もあるし、施工中に駄目になるものもあります」
よし。
初めて「ただし」を先回りできた。
「ほかに、秋までにできることは?」
口にしてから、少しだけ引っかかった。
以前なら杭打ちの本番は秋と聞いたところで、待っていた気がする。
◇◇◇
半月後。
エンゲル男爵が、自領で商う商人たちを連れて橋予定地へやって来た。
ムル川には大型船が一艘、係留されている。
普段の舟と並ぶと、明らかに大きい。
「でかいな」
エンゲル男爵も髭を撫でながら船を見る。
「元々の約束通りなら、今まで使っている舟を通せる橋を造る。それなら、うちの木だけで足ります」
俺は大型船を指した。
「でも、この船を通すなら橋脚の間をもっと空けなきゃならない」
「その分、長い主桁が要ります」
アンドレアスが補足する。
「シュヴァルツ領だけじゃ必要な数を揃えられません」
「そこで俺に木を出せと?」
「そうです」
エンゲル男爵の眉が上がった。
「待て。橋はそっちが造る。それが約束だったはずだぞ」
「その通りです」
「なら、なんで俺が木を出さねばならん?」
もっともな話だ。
「約束した橋を造るために、木をくれとは言いません」
俺は大型船を指した。
「あれは約束にありませんでした。あの大きさの船を通せる橋に変えるために、木を分けて欲しいんです」
「だから、なぜ俺が出す?」
「この船を使えれば、そちらの葡萄酒も羊毛も、一度にもっと多く運べます。得をするのは何も俺たちだけじゃありません」
エンゲル男爵が大型船を見る。
「その船、本当にうちの葡萄酒も積むんだろうな?」
ハインリヒがすぐに答えた。
「もちろんでございます。まとまった量を運べるなら、我々としても扱いやすくなります」
「なら、話はわかる」
よかった。
「だが」
エンゲル男爵が商人たちを見る。
「俺が木を出す。ヨアヒムが橋を造る」
「で、そのでかい舟を欲しがったお前らは何を出すんだ?」
商人たちが顔を見合わせた。
ハインリヒが答えた。
「橋を拡張することで増える費用は、当初から我々が負担するつもりでございました」
「追加となる木材の伐採と運搬、それに大型化で増える資材の費用につきましては、我々が負担いたしましょう」
ハインリヒとクリスティアンの提案を受け、エンゲル領の商人たちも、大型化で増える人足の費用を負担すると慌てて申し出た。
結局、元の橋を造る費用と労役はうち。
大型化に必要な木はエンゲル領。
その木の伐採と運搬、大型化で増える人足と資材の費用は商人たち。
あれ?本当に、橋を大きくしても、うちの追加負担は発生せずに済んだ。
もちろん橋そのものを造る大仕事は、丸ごとうちに残っている。
それでも、とても不思議な気持ちだった。
「じゃあ次は、木を見せてもらいます」
アンドレアスが言った。
始まりは、船を一回り大きくしたいという話だった。
それが今では、隣の男爵や商人たちまで巻き込んでいる。
一回り大きくしたかったの、橋と船だけだったよね?
お読みいただきありがとうございます。
面白いと感じていただけましたら、評価やご感想をいただけると嬉しいです。




