ブラック労働反対!
報連相って大事だよね。
報告、連絡、相談。仕事をするうえで大事な三点セットである。
もちろん、シュヴァルツ男爵領でも大事だ。
だが、それを怠った大罪人が一人いた。
何を隠そう俺である。
「なぜ私に何も報告がなかったのですか?」
「……忘れてた」
「……忘れていたのですか?」
ミヒャエルの声が一段低くなった。
俺は視線を逸らす。
フェルン村で始めた木工内職大作戦の第二段階。
木工品づくりを、「おおよその形を作る」「形を整える」「磨く」の三工程に分ける。
そこまで決めて村長たちへ頼んだのは、冬の初めだった。
問題は、そのことをその場にいたコンラート以外の誰にも報告していなかったことだ。
特に、ゼバスティアンとミヒャエルにまで黙っていたのは、我ながらまずい。
「村人に仕事をさせ、商会へ売る段取りまで決めておきながら、私どもには何も伝えていなかったのですか?」
「……はい」
「売上の一割は男爵家に入るのですよ?」
「はい」
「ヨアヒム様」
「……すまない」
報連相って大事だね。みんなも気をつけよう。
◇◇◇
そんなわけで、雪の季節も終わったある日、俺はハンス、ミヒャエル、ハインリヒ・ホフマンとともにフェルン村へ向かっていた。
ハインリヒまで同行しているのは、ミヒャエルが声をかけたからだ。
話を聞くなり都合をつけたらしい。
男爵家の収入が絡むと、ミヒャエルの手配は早い。
そして声をかけられてホイホイ同行するハインリヒもフットワークが軽い。
見習いたい。
いや、前言撤回。見習ったら仕事が増えそうな気がする。
フェルン村へ着くと、村人がどっと集まってきた。
総出なんじゃないかという勢いである。
その中にエーファの姿もあった。
以前より少し痩せただろうか。
赤子を亡くしたことがまだ響いているのか。それとも、俺の知らないところで何かあったのか。
気にはなったが、大勢の前で訊ねる話でもない。
「こちらです、若様」
村長に案内され、大きな倉庫へ入った。
「……すごいな」
皿、椀、匙。
木工品が壁際から部屋の奥まで積み上げられている。
千個に届くんじゃないか?
一つ手に取った。
形は整っている。指で表面を撫でても、以前の試作品のような引っかかりはほとんどない。
十分きれいだ。
ただ、完成品の隣には、それ以上の数の粗削りの皿や椀、匙が積まれていた。
分厚く、角も残っている。
少し気になったが、今は完成した品の方が先だ。
「ほほう」
ハインリヒが皿を受け取り、表裏を確かめる。縁まで指でなぞったあと、満足そうに頷いた。
「どれもなかなかの出来ですな。以前とは見違えた。素晴らしい進歩です」
村人たちの表情が明るくなる。
「これなら、すべて我が商会で買い取らせていただきましょう。代金はこれぐらいで」
示された金額を聞いた瞬間、歓声が上がった。
よかった。
村人たちの服には継ぎ当てが目立つ。靴も、何度直したのかわからないものを履いている者が珍しくない。
これだけの金が村へ入れば、少しは暮らしも良くなるだろう。
そして売上の一割は男爵家に入る。
大金ではないが、借金を抱え、そのうえ橋まで架けなければならない我が家には、軽視していい額ではなかった。
ミヒャエルを見る。
珍しく笑っていた。
目が合う。
考えていることは、たぶん同じだ。
「なあ、もっと大量に作ったら、もっと買ってもらえるのか?」
一人の村人がハインリヒへ訊ねた。
「この数倍でしたら買い取りましょう」
再び歓声が上がった。
よし。
もっと作ろう。
もっと売ろう。
もっと儲けよう。
脳内でシュヴァルツ勲章授与式が始まりかける。
だが、完成品よりも多かった粗削りの品々が頭に引っかかった。
嫌な予感センサーも反応している。
あれは、どうして残っている?
「ハインリヒ」
「はい」
「悪いが、少し外してくれ。ここからは村の仕事の内情を聞きたい」
ハインリヒがわずかに眉を上げた。
「ほう。気になりますな」
そりゃ気になるよね。
でも、商品の買い手に村の事情までさらすつもりはない。
「ですが、承知しました。商品の出来さえ変わらないのであれば、我々が口を挟むことではありません」
「助かる」
ハインリヒが倉庫を出た。
先ほどまでの歓声が収まる。
やがて何人かが、同じ方を見た。
エーファだ。
視線を受けたエーファが俯く。
「エーファがもっと頑張ってくれれば、もっとお金が手に入ったんだ」
一人が言った。
「エーファの作業が大変なのはわかってるんです。だから取り分も多くしようって、みんなで決めたんです。でも、それならもう少し手を動かしてくれないと……」
「すみません」
エーファが頭を下げた。
嫌な予感センサー、大当たり。
まったく嬉しくない。
「ハンス、ミヒャエル、村長。それとエーファ。今話した二人と、最初にハインリヒへ訊ねた人も残ってくれ。他の皆は少し外してもらえるか?」
「わかりました。ほら、若が話を聞くそうだ。外へ出てくれ」
ハンスが戸口へ回り、村人たちを外へ促す。
残った者だけで事情を聞くことにした。
◇◇◇
何が起きているのかは、すぐにわかった。
粗削りができる人間は数十人まで増え、磨く作業にも問題はない。
詰まっていたのは、三工程の真ん中だった。
形を整える作業そのものなら、他の者にもできなくはない。
だが、ほとんど失敗せず商品として通用する形にできるのは、エーファだけだった。
見事なまでのボトルネックである。
村だって、手をこまねいていたわけではない。
何人かにエーファの仕事を見学させ、同じ作業を試させていた。
「そのときにわかったんですが……」
村長が続ける。
「エーファの使っている小刀は、他の者の物よりずっと切れ味が良かったのです」
「小刀?」
「うちの人が手入れしてくれるんです」
エーファが答えた。
そうだ。夫のヤコブは鍛冶屋だ。
刃物の手入れならお手の物だろう。
村人たちが使っていた小刀には、サビの浮いたものも多かったらしい。
そこで状態の良い小刀へ持ち替えて試した。
村長によれば、そうして試しても、上手い者で五つに一つほどしか売れる出来にならないという。
整形に失敗すれば、それまで粗削りした品まで売れなくなる。
まだ商品を任せられる段階ではない。
「俺たちだって、エーファにきついことを言ってるのはわかってます」
最初にハインリヒへ訊ねた男が言った。
「でも、途中まで削ったものが山ほど残ってるんです」
エーファを責める言葉には腹が立った。
でも、積み上がった粗削りの品を見ると、彼らの不満も理解できる。
自分が削ったものが売り物にならないまま残っている。
そのうえ、もっと作ればもっと買うと言われた。
だったら、早く仕上げて欲しいと思うのは自然なことだろう。
だからといって。
「エーファは、どれくらい作業してた?」
村長が口を閉ざした。
代わりにエーファが答える。
「昼の仕事が終わってからも……できるだけ」
「夜も?」
「はい」
「灯りは?」
「村長からお金を借りて、蝋燭を……」
待て。以前より痩せたエーファの顔を改めて見た。
昼に働いて。
夜も働いて。
そのための蝋燭まで借金して買った?
ブラック労働じゃん!
「駄目だろ、それ!」
思わず声が大きくなった。
エーファが身をすくめる。
「あ、いや、エーファを怒ってるんじゃない。そこまで働き続けたら体を壊すだろ」
「ですが……」
「それに、なんで蝋燭代をエーファが払うんだ?」
村長が困ったように眉を寄せた。
「まだ品を売った金がありませんでしたので……」
「だったら、今回の売上から経費として先に出そう。エーファ個人の借金にはしない」
「よろしいのですか?」
「村の品を作るのに使ったんだろ?なら、エーファ一人に払わせる金じゃない」
その時、何かが引っかかった。
改めて三つの工程を頭の中で並べ直す。
粗削りする人間が数十人。
安定して形を整える人間が一人。
磨く人間も複数。
真ん中に仕事が集まる。
当たり前だ。
そして、その仕組みを作ったのは誰だ?
俺である。
「……すまない」
村長たちがこちらを見る。
「これは俺の見通しの甘さが招いたことだ」
「若様、そんな!」
村長が慌てたが、俺は首を振った。
ミヒャエルが口を開く。
「ではヨアヒム様、増産は一度見送るということですか?」
「うん。一旦諦める」
「ですが、ホフマン商会は数倍でも買うと。男爵家の取り分だけでも、橋の費用の足しになります」
痛いところを突いてくる。
橋。
借金。
金はいくらあっても困らない。
「それでもだ。一人が夜まで働かないと作れない数なら、それは作れる数じゃない」
このまま倉庫に積まれた未完成品をエーファに形を整え続けてもらえば、今年だけはなんとかなるのかもしれない。
でも次の冬になったら、また数十人が粗削りして、エーファ一人へ仕事が集まる。
それじゃいつかエーファがもたなくなる。
「次の冬までに体制を整えたい」
エーファを見る。
「エーファ一人に形を整える仕事を集めるのは、もうやめる。その代わり、他の人にやり方を教えて欲しい」
「私が、ですか?」
「できるか?」
エーファは少し考えた。
「次の冬まで……。でしたら私、頑張ってみます」
「いや、待って」
「え?」
「今の話をした直後に『頑張る』はちょっと怖い」
エーファが目を瞬く。
「できる範囲で頼む」
「……はい」
「村長。前に試した中で、出来の良かった人を何人か選んでくれ。まずはその人たちに、エーファのやり方を覚えてもらおう」
「承知しました」
「それから、倉庫に残っているものは練習に使う。失敗して駄目になるものも出るだろうけど、それは仕方ない」
一度言葉を切る。
「誰だって、最初から上手くできたわけじゃないだろ?」
村人たちが顔を見合わせ、しばらくして頷いた。
ミヒャエルが少し考える。
「エーファと教えを受ける者は、その分だけ普段の仕事に使える時間が減ります。今年、男爵家への負担をいくらか軽くしてもよろしいですか?」
「許可する」
これで少なくとも、一人だけに全部を背負わせることはなくなるはずだ。
「休みを削って働き続ける。そんなことはシュヴァルツ男爵領では許されない」
領主代行として、ここははっきり言っておこう。
「適切な休みこそが、次の仕事への活力となるのだ!」
決まった。
我ながら良いことを言った。
そうだ。
休みは大事。
仕事量だって大事。
というわけで、俺は隣のミヒャエルを見た。
俺の仕事量についても、今後ぜひ配慮していただきたい。
目が合う。
「我々も適切な休みを取れますよう、今後、新しい仕事を始める際は、その都度ご報告ください」
あれ?悪いの俺だった?




