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頑張っていたのは俺じゃない -楽をしたい領主代行の異世界領地経営-  作者: oldenhaldt
受け継いだ仕事

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15/22

ブラック労働反対!

 報連相って大事だよね。


 報告、連絡、相談。仕事をするうえで大事な三点セットである。


 もちろん、シュヴァルツ男爵領でも大事だ。


 だが、それを怠った大罪人が一人いた。


 何を隠そう俺である。


「なぜ私に何も報告がなかったのですか?」


「……忘れてた」


「……忘れていたのですか?」


 ミヒャエルの声が一段低くなった。


 俺は視線を逸らす。


 フェルン村で始めた木工内職大作戦の第二段階。


 木工品づくりを、「おおよその形を作る」「形を整える」「磨く」の三工程に分ける。


 そこまで決めて村長たちへ頼んだのは、冬の初めだった。


 問題は、そのことをその場にいたコンラート以外の誰にも報告していなかったことだ。


 特に、ゼバスティアンとミヒャエルにまで黙っていたのは、我ながらまずい。


「村人に仕事をさせ、商会へ売る段取りまで決めておきながら、私どもには何も伝えていなかったのですか?」


「……はい」


「売上の一割は男爵家に入るのですよ?」


「はい」


「ヨアヒム様」


「……すまない」


 報連相って大事だね。みんなも気をつけよう。


 ◇◇◇


 そんなわけで、雪の季節も終わったある日、俺はハンス、ミヒャエル、ハインリヒ・ホフマンとともにフェルン村へ向かっていた。


 ハインリヒまで同行しているのは、ミヒャエルが声をかけたからだ。


 話を聞くなり都合をつけたらしい。


 男爵家の収入が絡むと、ミヒャエルの手配は早い。


 そして声をかけられてホイホイ同行するハインリヒもフットワークが軽い。


 見習いたい。


 いや、前言撤回。見習ったら仕事が増えそうな気がする。



 フェルン村へ着くと、村人がどっと集まってきた。


 総出なんじゃないかという勢いである。


 その中にエーファの姿もあった。


 以前より少し痩せただろうか。


 赤子を亡くしたことがまだ響いているのか。それとも、俺の知らないところで何かあったのか。


 気にはなったが、大勢の前で訊ねる話でもない。


「こちらです、若様」


 村長に案内され、大きな倉庫へ入った。


「……すごいな」


 皿、椀、匙。


 木工品が壁際から部屋の奥まで積み上げられている。


 千個に届くんじゃないか?


 一つ手に取った。


 形は整っている。指で表面を撫でても、以前の試作品のような引っかかりはほとんどない。


 十分きれいだ。


 ただ、完成品の隣には、それ以上の数の粗削りの皿や椀、匙が積まれていた。


 分厚く、角も残っている。


 少し気になったが、今は完成した品の方が先だ。


「ほほう」


 ハインリヒが皿を受け取り、表裏を確かめる。縁まで指でなぞったあと、満足そうに頷いた。


「どれもなかなかの出来ですな。以前とは見違えた。素晴らしい進歩です」


 村人たちの表情が明るくなる。


「これなら、すべて我が商会で買い取らせていただきましょう。代金はこれぐらいで」


 示された金額を聞いた瞬間、歓声が上がった。


 よかった。


 村人たちの服には継ぎ当てが目立つ。靴も、何度直したのかわからないものを履いている者が珍しくない。


 これだけの金が村へ入れば、少しは暮らしも良くなるだろう。


 そして売上の一割は男爵家に入る。


 大金ではないが、借金を抱え、そのうえ橋まで架けなければならない我が家には、軽視していい額ではなかった。


 ミヒャエルを見る。


 珍しく笑っていた。


 目が合う。


 考えていることは、たぶん同じだ。


「なあ、もっと大量に作ったら、もっと買ってもらえるのか?」


 一人の村人がハインリヒへ訊ねた。


「この数倍でしたら買い取りましょう」


 再び歓声が上がった。


 よし。


 もっと作ろう。


 もっと売ろう。


 もっと儲けよう。


 脳内でシュヴァルツ勲章授与式が始まりかける。


 だが、完成品よりも多かった粗削りの品々が頭に引っかかった。


 嫌な予感センサーも反応している。


 あれは、どうして残っている?


「ハインリヒ」


「はい」


「悪いが、少し外してくれ。ここからは村の仕事の内情を聞きたい」


 ハインリヒがわずかに眉を上げた。


「ほう。気になりますな」


 そりゃ気になるよね。


 でも、商品の買い手に村の事情までさらすつもりはない。


「ですが、承知しました。商品の出来さえ変わらないのであれば、我々が口を挟むことではありません」


「助かる」


 ハインリヒが倉庫を出た。



 先ほどまでの歓声が収まる。


 やがて何人かが、同じ方を見た。


 エーファだ。


 視線を受けたエーファが俯く。


「エーファがもっと頑張ってくれれば、もっとお金が手に入ったんだ」


 一人が言った。


「エーファの作業が大変なのはわかってるんです。だから取り分も多くしようって、みんなで決めたんです。でも、それならもう少し手を動かしてくれないと……」


「すみません」


 エーファが頭を下げた。


 嫌な予感センサー、大当たり。


 まったく嬉しくない。


「ハンス、ミヒャエル、村長。それとエーファ。今話した二人と、最初にハインリヒへ訊ねた人も残ってくれ。他の皆は少し外してもらえるか?」


「わかりました。ほら、若が話を聞くそうだ。外へ出てくれ」


 ハンスが戸口へ回り、村人たちを外へ促す。


 残った者だけで事情を聞くことにした。


 ◇◇◇


 何が起きているのかは、すぐにわかった。


 粗削りができる人間は数十人まで増え、磨く作業にも問題はない。


 詰まっていたのは、三工程の真ん中だった。


 形を整える作業そのものなら、他の者にもできなくはない。


 だが、ほとんど失敗せず商品として通用する形にできるのは、エーファだけだった。


 見事なまでのボトルネックである。


 村だって、手をこまねいていたわけではない。


 何人かにエーファの仕事を見学させ、同じ作業を試させていた。


「そのときにわかったんですが……」


 村長が続ける。


「エーファの使っている小刀は、他の者の物よりずっと切れ味が良かったのです」


「小刀?」


「うちの人が手入れしてくれるんです」


 エーファが答えた。


 そうだ。夫のヤコブは鍛冶屋だ。


 刃物の手入れならお手の物だろう。


 村人たちが使っていた小刀には、サビの浮いたものも多かったらしい。


 そこで状態の良い小刀へ持ち替えて試した。


 村長によれば、そうして試しても、上手い者で五つに一つほどしか売れる出来にならないという。


 整形に失敗すれば、それまで粗削りした品まで売れなくなる。


 まだ商品を任せられる段階ではない。


「俺たちだって、エーファにきついことを言ってるのはわかってます」


 最初にハインリヒへ訊ねた男が言った。


「でも、途中まで削ったものが山ほど残ってるんです」


 エーファを責める言葉には腹が立った。


 でも、積み上がった粗削りの品を見ると、彼らの不満も理解できる。


 自分が削ったものが売り物にならないまま残っている。


 そのうえ、もっと作ればもっと買うと言われた。


 だったら、早く仕上げて欲しいと思うのは自然なことだろう。


 だからといって。


「エーファは、どれくらい作業してた?」


 村長が口を閉ざした。


 代わりにエーファが答える。


「昼の仕事が終わってからも……できるだけ」


「夜も?」


「はい」


「灯りは?」


「村長からお金を借りて、蝋燭を……」


 待て。以前より痩せたエーファの顔を改めて見た。


 昼に働いて。

 夜も働いて。

 そのための蝋燭まで借金して買った?



 ブラック労働じゃん!



「駄目だろ、それ!」


 思わず声が大きくなった。


 エーファが身をすくめる。


「あ、いや、エーファを怒ってるんじゃない。そこまで働き続けたら体を壊すだろ」


「ですが……」


「それに、なんで蝋燭代をエーファが払うんだ?」


 村長が困ったように眉を寄せた。


「まだ品を売った金がありませんでしたので……」


「だったら、今回の売上から経費として先に出そう。エーファ個人の借金にはしない」


「よろしいのですか?」


「村の品を作るのに使ったんだろ?なら、エーファ一人に払わせる金じゃない」


 その時、何かが引っかかった。


 改めて三つの工程を頭の中で並べ直す。


 粗削りする人間が数十人。


 安定して形を整える人間が一人。


 磨く人間も複数。


 真ん中に仕事が集まる。


 当たり前だ。


 そして、その仕組みを作ったのは誰だ?



 俺である。



「……すまない」


 村長たちがこちらを見る。


「これは俺の見通しの甘さが招いたことだ」


「若様、そんな!」


 村長が慌てたが、俺は首を振った。


 ミヒャエルが口を開く。


「ではヨアヒム様、増産は一度見送るということですか?」


「うん。一旦諦める」


「ですが、ホフマン商会は数倍でも買うと。男爵家の取り分だけでも、橋の費用の足しになります」


 痛いところを突いてくる。


 橋。


 借金。


 金はいくらあっても困らない。



「それでもだ。一人が夜まで働かないと作れない数なら、それは作れる数じゃない」


 このまま倉庫に積まれた未完成品をエーファに形を整え続けてもらえば、今年だけはなんとかなるのかもしれない。


 でも次の冬になったら、また数十人が粗削りして、エーファ一人へ仕事が集まる。


 それじゃいつかエーファがもたなくなる。


「次の冬までに体制を整えたい」


 エーファを見る。


「エーファ一人に形を整える仕事を集めるのは、もうやめる。その代わり、他の人にやり方を教えて欲しい」


「私が、ですか?」


「できるか?」


 エーファは少し考えた。


「次の冬まで……。でしたら私、頑張ってみます」


「いや、待って」


「え?」


「今の話をした直後に『頑張る』はちょっと怖い」


 エーファが目を瞬く。


「できる範囲で頼む」


「……はい」


「村長。前に試した中で、出来の良かった人を何人か選んでくれ。まずはその人たちに、エーファのやり方を覚えてもらおう」


「承知しました」


「それから、倉庫に残っているものは練習に使う。失敗して駄目になるものも出るだろうけど、それは仕方ない」


 一度言葉を切る。


「誰だって、最初から上手くできたわけじゃないだろ?」


 村人たちが顔を見合わせ、しばらくして頷いた。


 ミヒャエルが少し考える。


「エーファと教えを受ける者は、その分だけ普段の仕事に使える時間が減ります。今年、男爵家への負担をいくらか軽くしてもよろしいですか?」


「許可する」


 これで少なくとも、一人だけに全部を背負わせることはなくなるはずだ。



「休みを削って働き続ける。そんなことはシュヴァルツ男爵領では許されない」


 領主代行として、ここははっきり言っておこう。


「適切な休みこそが、次の仕事への活力となるのだ!」


 決まった。


 我ながら良いことを言った。


 そうだ。


 休みは大事。


 仕事量だって大事。



 というわけで、俺は隣のミヒャエルを見た。


 俺の仕事量についても、今後ぜひ配慮していただきたい。


 目が合う。


「我々も適切な休みを取れますよう、今後、新しい仕事を始める際は、その都度ご報告ください」


 あれ?悪いの俺だった?


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