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頑張っていたのは俺じゃない -楽をしたい領主代行の異世界領地経営-  作者: oldenhaldt
一歩ずつ

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13/22

二歩進んで地雷を踏み抜く

 エンゲル男爵領へ向かう前日の夜。


 とうとう、ヨハンナに贈る髪留めが完成した。


 俺がおおよその形を作り、エーファに整えてもらった二枚の葉。それを暇を見つけては、少しずつ磨いていた。


 途中で何度、「もうこれぐらいでいいだろう」と思ったことか。


 だが、そのたびに手が止まった。


 自分で使うものなら、とっくに妥協していたと思う。


 でも、これはヨハンナに渡すものだ。


 ほどほどで良いとは思えなかった。


 あとは渡すだけ。



 え、誰が、どうやって渡すんですか?


 ◇◇◇


 翌朝。


 朝食を終えた俺は、ヨハンナの部屋の前をウロウロしていた。


 髪留めは手の中にある。


 逃げ道はない。


 意を決して扉を叩く。


「はい」


 ヨハンナの声がした。


 帰りたい。


 ここまで来て何を言っているんだ俺は。


「俺だ。少しいいか?」


「ヨアヒム様?どうぞ」


 部屋へ入ると、ヨハンナは侍女と帳面を確認しているところだった。


 俺を見ると、侍女へいくつか指示を出して下がらせる。


「どうなさいました?」


「ああ。その……」


 何と言って渡すかは昨晩考えていた。


「これを」


 全部飛んだ。


 俺は髪留めを差し出した。


 ヨハンナが目を見開く。


「これは……」


「髪留めだ」


 見ればわかる。


「俺が作った。いや、全部じゃない。最後に形を整えるところはエーファに手伝ってもらった」


 聞かれてもいないのに説明してしまう。


 ヨハンナは髪留めを見て、それから俺を見た。


「ヨアヒム様がお作りになったのですか?」


「ああ」


「私のために?」


「ああ」


 ヨハンナは髪留めを両手で受け取った。


「大変だったでしょう?」


「ああ。あ、いや、ちょっと」


「どれくらいかかったのです?」


「い、一月半ぐらい?」


「そんなに?」


 もう一度、髪留めへ目を落とす。


「ありがとうございます、ヨアヒム様。大切にいたします」


「そ、そうか」


「はい」


 よし。ミッションコンプリート!即時離脱!


 俺、よく頑張った!これ以上は緊張に耐えられない。


 ◇◇◇


 そんなわけで、上機嫌な俺はゼバスティアンとハンスを連れ、エンゲル男爵領へ向かう。


 普段から馬で使われている浅瀬を選び、ムル川へ乗り入れる。


 それでも膝から下はびしょ濡れだ。冬の水の冷たさが染み入る。


 渡り終えるとズボンや靴を履き替える。


 やっぱり橋は必要だな。


 エンゲル男爵の館へ着くと、本人が大声で迎えてくれた。


「ヨアヒム!よく来た!」


 大きい。


 身体も声もヒゲも大きい。


 カール・エンゲル男爵。


 俺には覚えがないが、向こうには俺との思い出がかなりあるらしい。


「今日は泊まっていくだろうな?」


「そのつもりです」


「よし!なら手合わせをしよう!」


「……はい?」


 なぜそうなる。


 ほどなくして、俺は訓練用の剣を握らされていた。


 エンゲル男爵の剣が振り下ろされる。


 身体が勝手に受け流した。


 こういうところは、本当に元がいい。


 だが、どうもエンゲル男爵の知っている俺とは何かが違うらしい。


「どうした、ヨアヒム!随分おとなしくなったな!」


「何がです!」


「前ならもっと踏み込んできただろう!」


 そんな血気盛んな人は知らない。


「つまらんぞ!」


 そう言われても、怪我したくないし。


 そこでハンスが割り込んでくれた。


「男爵閣下、よろしければ次は私がお相手いたします」


「よかろう!」


 エンゲル男爵が豪快に笑った。


 頼れる乳兄弟である。


 ◇◇◇


 夕食では橋の話になった。


「それで、ヨアヒム。橋はいつできる?」


「来年の雪が降る頃には、なんとか」


 俺としては十分前向きな回答である。


 ところがエンゲル男爵は大笑いした。


「どうした、どうした?以前の君なら『必ず間に合わせます』くらい言っただろう!」


 うう、期待が重い。


「それで、橋のことでお願いがあります」


 めげずに話を続ける俺。面の皮はこっちに来て少し厚くなったかもしれない。


「何だ?」


「予定地を詳しく測りたいんです。こちらの者を数人、橋を架ける辺りのそちら側へ入らせてください。測量の目印に杭も打たせていただきたい」


「そんなことか」


 エンゲル男爵はあっさり頷いた。


「構わん。あの辺りの村には、こちらから話しておこう」


「ありがとうございます」


 良かった。


 これで心おきなく、ペーターの予備測量を進められる。


 ◇◇◇


 翌朝。


 雪は舞っていたが、帰れないほどではなかった。


 エンゲル男爵に礼を言い、領都へ戻る。


 屋敷へ着いた頃には、雪もほとんど止んでいた。



「ペーター、待ちなさい!」


「お姉ちゃんが先に投げたんじゃないですか!」


 ヨハンナ?


 中庭を覗くと、ヨハンナとペーターが雪玉を投げ合っていた。


 どうやら今日の勉強を終えたあとらしい。


 ペーターが投げる。


 ヨハンナが避ける。


 今度はヨハンナが投げ返し、ペーターの肩に命中した。


「当たったわ」


「ずるいですよ!」


 ヨハンナが笑っている。


 俺の前では、あまり見せない顔だった。


 そして髪には、あの髪留めがあった。


「あ、若様!」


 ペーターに見つかった。


「お帰りなさい、ヨアヒム様」


 って、ヨハンナさん?その手の雪玉は何ですか?


「ああ。ただい――」


 胸元に雪玉が当たった。


 ぱらぱらと雪が落ちる。


「……ヨハンナ」


 勝ち誇った笑みを浮かべるヨハンナがいた。


 この笑顔、プライスレス。


「かわいいペーター、今度はお兄ちゃんを、お姉ちゃんと一緒に狙いましょう」


 お兄ちゃん。


 俺が?


 ヨハンナがお姉ちゃんで、俺がお兄ちゃん?


 何だそれ。


 いい。ものすごくいい。


「え?若様に?」


「そうよ。ほら、ペーターも」


 俺は足元の雪を掴んだ。


 駄目だ。嬉しすぎて、じっとしていられない。


「なら二人ともかかってこい!」


「では、遠慮なく」


 二対一の雪合戦が始まった。


「ヨハンナ」


「はい?」


「今度は俺の番だ」


「あら」


 ヨハンナが逃げた。


「待て!」


「待ちません」


 追いかける。


 ペーターも笑いながら混ざってくる。


 楽しい。


 ヨハンナが俺に雪を投げている。


 俺もヨハンナへ投げ返している。


 昨日は髪留めを受け取ってもらった。


 今はその髪留めをつけたヨハンナと一緒に遊んでいる。


 我が世の春は、冬にあったらしい。


「子どもの頃を思い出すな」


 次の瞬間、嫌な予感センサーが、頭の中でけたたましく鳴った。


 何だ?


 考えるよりも早く、後頭部に衝撃が来た。


「ぶっ!」


「若、俺も混ぜてくださいよ!」


 振り向けば、ハンスが次の雪玉を握っている。お前、雪、固めすぎ!


「お前か!びっくりさせるな!」


「何の話です?」


「こっちの話だ!」


 嫌な予感の正体はこいつか。


 まったく。


 俺も雪玉を作り、ハンスへ投げ返す。


 それからヨハンナを見ると、彼女は雪玉を握ったまま、こちらを見ていた。


「ヨハンナ?」


「……いいえ。何でもありません」


「そう?」


「ええ」


 何だろう。


 まあいいか。


 今はハンスへの仕返しが先だ。


 俺は、その反応の意味を考えなかった。


お読みいただきありがとうございます。

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