楽をするために悩む
空はよく晴れていた。
だが、冬の風が容赦なく顔に当たる。もう、いつ雪が降り始めてもおかしくない。
そんな冬晴れの日、俺はコンラートを伴って馬を走らせていた。
目的地は二つある。
まずはフェルン村。
エーファの様子を見ておきたかった。
彼女は赤子を亡くしたばかりだ。
何か必要なものがあるなら、できる範囲で力になりたかった。
そのあとドゥニン村へ回る。こちらは公用だ。
今や十五歳にして、シュヴァルツ領の測量の第一人者であるペーターの力を借りるためだ。
領境の橋づくりに、あいつの力が必要だ。
ちなみにハンスもついて来たがったが、断った。
万が一にもヨハンナへの贈り物の話が漏れたら恥ずかしい。
すまん、ハンス。そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
◇◇◇
フェルン村へ着くと、エーファの家を訪ねた。
少し身構えていたが、出てきたエーファの顔色は悪くなかった。
普通に話せる程度には落ち着いているようだった。
「先日は、ありがとうございました」
「いや。俺は何もしていない」
本当に何もしていない。
食べ物や薪に困っていないか訊ねたが、今のところ足りているという。夫も仕事に復帰しているし、近所の者が何かと気をかけてくれているらしい。
何かしてやりたくて来たのに、できることがない。
それでも、こうして彼女の顔を見られただけでも来た意味はあったと思う。
しばらく村の話をしていると、エーファの方から訊ねてきた。
「ところでヨアヒム様。今日は何か他に御用があったのでは?」
「え?」
「ただの勘です」
鋭い。
一瞬迷った。
だが、向こうから話を振ってくれたのならいいだろう。
「実は、これを見てもらいたい」
念のためにと持ってきた布包みを懐から取り出した。
中身は、例の木の髪留めだ。
作った本人の欲目かもしれないが、なかなかいい線行っているのではないかと思う。
エーファは髪留めを両手で受け取った。
「……」
なんとも言いづらそうな顔をした。
後ろのコンラートまで眉を寄せている。
「これ、確か二枚の葉っぱを模したものだったのですよね?」
エーファが恐る恐る問うてきた。
「そうだ」
頷く。
なぜ確認されたのかわからない。
二枚あるし、先も尖っている。葉っぱの条件は満たしているはずだ。
「むう……」
後ろでコンラートが唸った。
何か言いたいなら言え。……いや、やっぱり言うな。
しばらく髪留めを眺めたあと、エーファが訊ねた。
「あの、もしよろしければですけれど、私が少し形を整えましょうか?」
迷った。
本当は最後まで自分で作り上げたかった。
ヨハンナへ渡すものなのだから、人の手を借りれば意味が薄れる気もする。
しかし、エーファは言わば俺の木工の師匠。つまり師弟合作。
そう考えると、それはそれで悪くない。
「頼む」
「はい」
エーファが髪留めを押さえ、小刀を入れた。
ひと削り。
ふた削り。
俺が何度削ってもうまくいかなかった部分へ刃を入れていく。
「あ」
さっきまで俺の心の目でしか見えなかった葉っぱが、誰の目にも見える二枚の葉っぱになった。
「ほう」
コンラートまで感心している。
さすが師匠。
脳内でシュヴァルツ小勲章を授与しかけて――俺は髪留めを見直した。
エーファは、髪留めを一から作ったわけじゃない。
俺が削ったものを、最後だけ整えた。
……これだ。
「エーファ」
「はい?」
「前に村で作った皿や椀も、同じようにできないか?」
「同じように、ですか?」
「正直に言って、前に試したものはエーファが作ったもの以外、売り物にならなかった。でも、途中まで村の者に削ってもらって、それを腕のいい者が整えれば……」
エーファは手元の髪留めと俺を交互に見た。
「それでしたら……確かに、前より出来は揃うと思います」
「村長宅へ行こう」
どうやったらエーファの作ったような皿や椀を作れるのか。その出来の良さの秘密はどこにあるのか、考えていた。
でも、そんなのはどうでも良かった。
全員がエーファみたいに作れる必要はない。最後に、エーファの作ったものと同じくらいの出来になればいいんだ。
よくぞ気づいた、俺。
◇◇◇
村長を交え、俺とエーファ、コンラートの四人で話した。
まずは、木を削っておおよその形を作る者、形を整える者、最後に磨く者の三つの役割に分けて試すのが良いだろうとなった。
「ただ、そうなると全員に同じだけ払うというわけにはいかないな」
磨く仕事より、木から形を作る方が手間はかかるだろう。
形を整えるには、さらに腕が要る。
村長が顎を撫でた。
「おおよその形、というのをどこまでとするかも難しいでしょうな」
「というと?」
「適当に削って、あとは全部エーファに任せればよいとなっては、エーファの仕事ばかり増えます」
「それは駄目だな」
単なるさぼりと仕事の押しつけだ。
「この冬の間だけ、試してみて欲しい」
俺は村長とエーファを見る。
「誰がどの工程を担当して、何日働いて、その工程を何個分終えたか。それを控えておいてくれないか」
「手間を見るためですな」
「ああ。それを見て、工程ごとの取り分を決めたい」
正確なところは、実際にやらなければわからない。
「それから、皿、椀、匙の見本を、それぞれ一つ作って欲しい。エーファ、頼めるか?」
「はい」
村長が訊ねる。
「出来の良し悪しは、誰が決めます?」
「まずは村長とエーファで見てくれ。見本から大きく外れていないものだけ残す。それを数が揃ったところでハインリヒに見せよう」
最終的に商品になるかを決めるのは商人だ。
「売れると言うなら、約束通り買い取ってもらう。それと、この冬に出た問題はまとめておいて欲しい」
ひとまず、形を整える仕事はエーファが任される。
おそらく取り分も多くなる。
……これ、揉めないか?
「あと、エーファのことも気にしておいてくれ」
「エーファを、ですか?」
「腕の要る役割を任されて、他の者より取り分が多くなれば、面白く思わない者も出るかもしれない。必要なら俺の名前を出しても良い」
村長はエーファを見てから頷いた。
「わざと雑なものを回されたり、仕事を押しつけられたりしていないか。そこも見ておいてくれ」
「承知しました」
課題はいくつも出てくるだろう。
だが、まずやってみることだ。駄目なら変えればいい。
◇◇◇
フェルン村を出て、ドゥニン村へ向かう。
馬の背で揺られながら、さっきエーファが小刀を入れたときのことを思い出していた。
領主代行の仕事を分けて人に任せることで、少しずつ俺の仕事は楽になってきた。
でも今回の話はそれと似ているようで何か違う気がしていた。
そこで、これから会いに行く相手を思い出した。
ペーター一人では用水路は作れない。
でも、あいつの測量がなければ工事は進まなかった。
◇◇◇
ドゥニン村へ着くと、まず村長を訪ねた。
ペーターは一人暮らしだと聞いている。
村長と一緒に村外れの家を訪ねると、戸を開けたペーターが目を丸くした。
「若様?」
「ああ。頼みがある」
家へ入れてもらい、早速本題を切り出した。
「橋を架ける場所を測って欲しい」
「測量、ですか?」
「ああ。川幅や岸の高さ、その周りの土地を見ておきたい。技師が来る前に、できるところまで測っておきたいんだ」
ペーターはすぐ頷いた。
「やります」
頼もしい。
さすがシュヴァルツ小勲章受勲者。
「ただ、場所が領都に近い。毎日ここから通うのは難しい。冬の間、領都に来てもらえないか?」
「領都に……」
ペーターが困った顔をした。
横から村長が口を挟む。
「畑なら心配するな。冬の間に必要な仕事は皆でやっておく」
「いや、畑もですけど……」
ペーターは頭を掻いた。
「領都で、住むところとか、食べ物とか」
「ああ」
それなら簡単だ。
「うちに住めばいい」
「え?」
「屋敷なら部屋くらいあるだろう。飯も一人増えたところで――」
「若君」
コンラートが割って入った。
「なんだ?」
「若君は、この若者を召し抱えるおつもりで?」
俺は口を閉じた。
ペーターを見る。
……あれ?
もしかして俺は、こいつを一冬だけ借りたいんじゃなくて、この領地の測量士にしたいのか?
「……わからない」
結局、口から出たのはそんな返事だった。
「ペーターの意向もあるし。とりあえずは冬の間だけだ」
「承知しました」
コンラートはそれ以上何も言わなかった。
ペーターも少し迷ってから口を開く。
「冬の間だけなら、俺は構いません」
「そうか。助かる」
これで決まった。
……冬の間だけは。
一度考え始めると、疑問が次々に出てくる。
使用人を減らすと決めたばかりなのに、新しく一人抱えるのか。そもそもペーター本人が春以降もそれを望むのか。そして、橋が完成したあとも一人の測量士を抱えるほど仕事があるのか。
腕は惜しい。
それだけは間違いない。
だからといって、惜しいから雇う、でいいのだろうか。
◇◇◇
結局、その日のうちに最低限の荷物をまとめてもらい、ペーターを連れて領都へ戻った。
道中、空を覆う雲が増え、日が傾く頃には白い粒がちらつき始める。
「雪ですな」
コンラートが空を見上げた。
「ああ」
今年最初の雪だった。
俺たちが領都へ入り、屋敷の門をくぐる頃には、雪はもう途切れず降っていた。
エーファのこと。それから、ペーターのこと……。
何か似ている気はする。
でも、それが何なのかはうまく言葉にならなかった。
楽をするために悩む。……本末転倒じゃね?
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