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頑張っていたのは俺じゃない -楽をしたい領主代行の異世界領地経営-  作者: oldenhaldt
一歩ずつ

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11/22

楽をするために悩む

 空はよく晴れていた。


 だが、冬の風が容赦なく顔に当たる。もう、いつ雪が降り始めてもおかしくない。


 そんな冬晴れの日、俺はコンラートを伴って馬を走らせていた。


 目的地は二つある。


 まずはフェルン村。


 エーファの様子を見ておきたかった。


 彼女は赤子を亡くしたばかりだ。


 何か必要なものがあるなら、できる範囲で力になりたかった。



 そのあとドゥニン村へ回る。こちらは公用だ。


 今や十五歳にして、シュヴァルツ領の測量の第一人者であるペーターの力を借りるためだ。


 領境の橋づくりに、あいつの力が必要だ。


 ちなみにハンスもついて来たがったが、断った。


 万が一にもヨハンナへの贈り物の話が漏れたら恥ずかしい。


 すまん、ハンス。そんな悲しそうな顔をしないでくれ。


 ◇◇◇


 フェルン村へ着くと、エーファの家を訪ねた。


 少し身構えていたが、出てきたエーファの顔色は悪くなかった。


 普通に話せる程度には落ち着いているようだった。


「先日は、ありがとうございました」


「いや。俺は何もしていない」


 本当に何もしていない。


 食べ物や薪に困っていないか訊ねたが、今のところ足りているという。夫も仕事に復帰しているし、近所の者が何かと気をかけてくれているらしい。


 何かしてやりたくて来たのに、できることがない。


 それでも、こうして彼女の顔を見られただけでも来た意味はあったと思う。


 しばらく村の話をしていると、エーファの方から訊ねてきた。


「ところでヨアヒム様。今日は何か他に御用があったのでは?」


「え?」


「ただの勘です」


 鋭い。


 一瞬迷った。


 だが、向こうから話を振ってくれたのならいいだろう。


「実は、これを見てもらいたい」


 念のためにと持ってきた布包みを懐から取り出した。


 中身は、例の木の髪留めだ。


 作った本人の欲目かもしれないが、なかなかいい線行っているのではないかと思う。


 エーファは髪留めを両手で受け取った。


「……」


 なんとも言いづらそうな顔をした。


 後ろのコンラートまで眉を寄せている。


「これ、確か二枚の葉っぱを模したものだったのですよね?」


 エーファが恐る恐る問うてきた。


「そうだ」


 頷く。


 なぜ確認されたのかわからない。


 二枚あるし、先も尖っている。葉っぱの条件は満たしているはずだ。


「むう……」


 後ろでコンラートが唸った。


 何か言いたいなら言え。……いや、やっぱり言うな。


 しばらく髪留めを眺めたあと、エーファが訊ねた。


「あの、もしよろしければですけれど、私が少し形を整えましょうか?」


 迷った。


 本当は最後まで自分で作り上げたかった。


 ヨハンナへ渡すものなのだから、人の手を借りれば意味が薄れる気もする。


 しかし、エーファは言わば俺の木工の師匠。つまり師弟合作。


 そう考えると、それはそれで悪くない。


「頼む」


「はい」


 エーファが髪留めを押さえ、小刀を入れた。


 ひと削り。


 ふた削り。


 俺が何度削ってもうまくいかなかった部分へ刃を入れていく。


「あ」


 さっきまで俺の心の目でしか見えなかった葉っぱが、誰の目にも見える二枚の葉っぱになった。


「ほう」


 コンラートまで感心している。


 さすが師匠。


 脳内でシュヴァルツ小勲章を授与しかけて――俺は髪留めを見直した。


 エーファは、髪留めを一から作ったわけじゃない。


 俺が削ったものを、最後だけ整えた。


 ……これだ。


「エーファ」


「はい?」


「前に村で作った皿や椀も、同じようにできないか?」


「同じように、ですか?」


「正直に言って、前に試したものはエーファが作ったもの以外、売り物にならなかった。でも、途中まで村の者に削ってもらって、それを腕のいい者が整えれば……」


 エーファは手元の髪留めと俺を交互に見た。


「それでしたら……確かに、前より出来は揃うと思います」


「村長宅へ行こう」


 どうやったらエーファの作ったような皿や椀を作れるのか。その出来の良さの秘密はどこにあるのか、考えていた。


 でも、そんなのはどうでも良かった。


 全員がエーファみたいに作れる必要はない。最後に、エーファの作ったものと同じくらいの出来になればいいんだ。


 よくぞ気づいた、俺。


 ◇◇◇


 村長を交え、俺とエーファ、コンラートの四人で話した。


 まずは、木を削っておおよその形を作る者、形を整える者、最後に磨く者の三つの役割に分けて試すのが良いだろうとなった。


「ただ、そうなると全員に同じだけ払うというわけにはいかないな」


 磨く仕事より、木から形を作る方が手間はかかるだろう。


 形を整えるには、さらに腕が要る。


 村長が顎を撫でた。


「おおよその形、というのをどこまでとするかも難しいでしょうな」


「というと?」


「適当に削って、あとは全部エーファに任せればよいとなっては、エーファの仕事ばかり増えます」


「それは駄目だな」


 単なるさぼりと仕事の押しつけだ。


「この冬の間だけ、試してみて欲しい」


 俺は村長とエーファを見る。


「誰がどの工程を担当して、何日働いて、その工程を何個分終えたか。それを控えておいてくれないか」


「手間を見るためですな」


「ああ。それを見て、工程ごとの取り分を決めたい」


 正確なところは、実際にやらなければわからない。


「それから、皿、椀、匙の見本を、それぞれ一つ作って欲しい。エーファ、頼めるか?」


「はい」


 村長が訊ねる。


「出来の良し悪しは、誰が決めます?」


「まずは村長とエーファで見てくれ。見本から大きく外れていないものだけ残す。それを数が揃ったところでハインリヒに見せよう」


 最終的に商品になるかを決めるのは商人だ。


「売れると言うなら、約束通り買い取ってもらう。それと、この冬に出た問題はまとめておいて欲しい」


 ひとまず、形を整える仕事はエーファが任される。


 おそらく取り分も多くなる。


 ……これ、揉めないか?


「あと、エーファのことも気にしておいてくれ」


「エーファを、ですか?」


「腕の要る役割を任されて、他の者より取り分が多くなれば、面白く思わない者も出るかもしれない。必要なら俺の名前を出しても良い」


 村長はエーファを見てから頷いた。


「わざと雑なものを回されたり、仕事を押しつけられたりしていないか。そこも見ておいてくれ」


「承知しました」


 課題はいくつも出てくるだろう。


 だが、まずやってみることだ。駄目なら変えればいい。


 ◇◇◇


 フェルン村を出て、ドゥニン村へ向かう。


 馬の背で揺られながら、さっきエーファが小刀を入れたときのことを思い出していた。


 領主代行の仕事を分けて人に任せることで、少しずつ俺の仕事は楽になってきた。


 でも今回の話はそれと似ているようで何か違う気がしていた。


 そこで、これから会いに行く相手を思い出した。


 ペーター一人では用水路は作れない。


 でも、あいつの測量がなければ工事は進まなかった。


 ◇◇◇


 ドゥニン村へ着くと、まず村長を訪ねた。


 ペーターは一人暮らしだと聞いている。


 村長と一緒に村外れの家を訪ねると、戸を開けたペーターが目を丸くした。


「若様?」


「ああ。頼みがある」


 家へ入れてもらい、早速本題を切り出した。


「橋を架ける場所を測って欲しい」


「測量、ですか?」


「ああ。川幅や岸の高さ、その周りの土地を見ておきたい。技師が来る前に、できるところまで測っておきたいんだ」


 ペーターはすぐ頷いた。


「やります」


 頼もしい。


 さすがシュヴァルツ小勲章受勲者。


「ただ、場所が領都に近い。毎日ここから通うのは難しい。冬の間、領都に来てもらえないか?」


「領都に……」


 ペーターが困った顔をした。


 横から村長が口を挟む。


「畑なら心配するな。冬の間に必要な仕事は皆でやっておく」


「いや、畑もですけど……」


 ペーターは頭を掻いた。


「領都で、住むところとか、食べ物とか」


「ああ」


 それなら簡単だ。


「うちに住めばいい」


「え?」


「屋敷なら部屋くらいあるだろう。飯も一人増えたところで――」


「若君」


 コンラートが割って入った。


「なんだ?」


「若君は、この若者を召し抱えるおつもりで?」


 俺は口を閉じた。


 ペーターを見る。


 ……あれ?


 もしかして俺は、こいつを一冬だけ借りたいんじゃなくて、この領地の測量士にしたいのか?



「……わからない」


 結局、口から出たのはそんな返事だった。


「ペーターの意向もあるし。とりあえずは冬の間だけだ」


「承知しました」


 コンラートはそれ以上何も言わなかった。


 ペーターも少し迷ってから口を開く。


「冬の間だけなら、俺は構いません」


「そうか。助かる」


 これで決まった。


 ……冬の間だけは。


 一度考え始めると、疑問が次々に出てくる。


 使用人を減らすと決めたばかりなのに、新しく一人抱えるのか。そもそもペーター本人が春以降もそれを望むのか。そして、橋が完成したあとも一人の測量士を抱えるほど仕事があるのか。


 腕は惜しい。


 それだけは間違いない。


 だからといって、惜しいから雇う、でいいのだろうか。


 ◇◇◇


 結局、その日のうちに最低限の荷物をまとめてもらい、ペーターを連れて領都へ戻った。


 道中、空を覆う雲が増え、日が傾く頃には白い粒がちらつき始める。


「雪ですな」


 コンラートが空を見上げた。


「ああ」


 今年最初の雪だった。


 俺たちが領都へ入り、屋敷の門をくぐる頃には、雪はもう途切れず降っていた。



 エーファのこと。それから、ペーターのこと……。


 何か似ている気はする。


 でも、それが何なのかはうまく言葉にならなかった。


 楽をするために悩む。……本末転倒じゃね?


お読みいただきありがとうございます。

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