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女はゆっくりと俺の前まで歩み寄ると、不思議そうに首を傾げた。
「ねぇ」
そう言いながら、そっと俺の胸に手を当てる。
「あなたの名前、なんだっけ?」
心臓が大きく脈打つ。
「……風間だ」
「下の名前は?」
「瞬」
「瞬……」
女はその名前を確かめるように小さく繰り返した。
そして、少し寂しそうに微笑む。
「じゃあ」
女は自分の胸に指を当てた。
「私の名前は?」
「え?」
思わず聞き返す。
女はくるりと背を向け、窓の外を眺めながら言った。
「あなたが考えて?」
その言葉に、俺は言葉を失った。
俺が名前を付ける。
そんなことをしてしまえば、この女はもう<身元不明の容疑者>ではなく、一人の人間として俺の中に存在することになる。
それでも、名無しのまま呼び続けるわけにもいかなかった。
俺は腕を組み、しばらく考える。
黒く長い髪。
雨の日に初めて出会ったこと。
そして、どこか儚げで、それでいて強さを秘めた瞳。
ふと、一つの名前が頭に浮かんだ。
「……雨音はどうだ」
女がゆっくりと振り返る。
「雨音?」
「ああ。雨の日に出会ったから……ただ、それだけだ」
女が照れ隠しのように視線を逸らし、何度かその名前を口にした。
「雨音……、雨音……」
やがて、花が咲くような笑顔を浮かべる。
「すごくいい名前!」
そう言って嬉しそうに笑う姿を見た瞬間、俺は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。




