7
部屋の玄関の扉を開けると、室内は静まり返っていた。
「……」
リビングの窓の前に女が立っている。
その女の後ろ姿に、俺は思わず息をのんだ。
女は身体に一枚のバスタオルを巻いただけの姿で、窓の外を眺めていた。
まだ少し濡れた黒髪が肩から背中へ流れ、雫が白い肌を伝って落ちていく。
鼓動が、一気に速くなる。
落ち着け。
相手は普通の女じゃない。
そう自分に言い聞かせても、視線を逸らすまで数秒かかってしまった。
女は俺に気づくと、柔らかく微笑んだ。
「買ってきてくれたの?」
その笑顔だけで胸がざわつく。
「ありがとう!」
女は嬉しそうに駆け寄り、俺の両手に提げていた買い物袋を受け取った。
「着替えもある……」
袋の中を覗き込みながら、ほっとしたように笑う。
俺は照れ隠しのように咳払いをした。
「とりあえず、必要最低限の物だけ買ってきた」
「十分だよ。本当にありがとう」
「……」
俺はまだ乾いていない上着を手に取り、女に言う。
「それじゃ、あんたはここにいてくれ」
女が不思議そうな顔をする。
「どこへ行くの?」
「警察署だ」
俺は玄関に向かい、靴を履きながら答えた。
「仕事に戻らないといけない」
女は少し黙ったあと、小さく尋ねる。
「……そのあとは?」
その問いに、俺の動きが止まる。
仕事が終われば、自宅へ帰る。
そこには付き合って三年になる恋人が待っている。
いつもなら迷うことなく帰る。
それが俺の日常だった。
だが、その日常は、目の前にいる女と出会った瞬間から音を立てて崩れ始めていた。
恋人の笑顔を思い浮かべようとしても、頭に浮かぶのは目の前の女の姿ばかりだった。
俺は自分でも理解できない感情に抗えず、静かに口を開く。
「……ここに戻る」
女は目を丸くしたあと、安心したように微笑んだ。
「うん。待ってる」
その一言が胸の奥へ深く刺さる。
俺はそれ以上何も言えず、部屋を後にした。
静かに閉まる扉の音だけが、やけに大きく耳に残っていた。




