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古家に教えられた裏道だけを選び、俺たちは街の喧騒を避けるように歩き続けた。
繁華街の裏には、こんなにも静かな道があるのかと思うほど人影は少ない。
十分ほど歩いた先に、年季の入った十階建てのマンションが姿を現した。
外壁は色褪せ、看板もない。
知らなければ、ただの古いマンションにしか見えない。
俺は古家から預かった鍵を使い、エントランスの扉を開けた。
エレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。
静かな機械音だけが響く箱の中で、女は何も話さなかった。
やがて扉が開き、長い廊下の一番奥にある部屋へ向かう。
鍵を差し込み、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
室内は想像以上に殺風景だった。
小さなテーブルと椅子が二脚。古びたソファに簡易ベッド。
冷蔵庫と電子レンジが置かれているだけで、生活感はほとんどない。
それでも電気は点き、水道の蛇口をひねれば水が流れる。
ガスも問題なく使えるようだった。
「しばらく暮らすには十分か……」
俺はそう呟きながら、濡れた上着を脱ぎ、椅子の背もたれへ掛けた。
女は部屋を見回したあと、小さく俺を見つめる。
「……お風呂、借りてもいい?」
「ああ」
女は軽く頭を下げると、そのまま浴室へ向かった。
しばらくしてシャワーの音が聞こえ始める。
俺は浴室の扉へ向かって声を掛けた。
「着替えはあるのか?」
すぐに返事が返ってきた。
「バスタオルがあるから平気」
俺は思わずため息をつく。
「平気なわけあるか」
このままでは風邪をひくだけだ。
俺は財布を手に取り、玄関へ向かった。
「ちょっと買い物に行ってくる」
「……うん」
浴室の向こうから小さな声が返ってきた。
俺はマンションを出ると、一番近いコンビニへ向かった。
女性用のジャージや下着、歯ブラシ、シャンプーなどの日用品を買い物かごへ入れる。
食料も何もないことを思い出し、インスタントラーメンやおにぎり、パン、ペットボトルの水までまとめて購入した。
必要最低限の物だけを揃え、三十分ほどで買い物を終える。
両手いっぱいの袋を提げ、再びマンションへ戻った。
エントランスを抜け、そのままエレベーターへ乗り込む。
最上階で扉が開くと、一人の男が静かに乗ってきた。
四十代くらいだろうか。
鋭い目つきに短く刈った髪。首筋には龍の刺青がのぞき、黒いスーツ姿はいかにも裏社会の人間という雰囲気だった。
何より目を引いたのは――男の右腕がなかったことだ。
それがより一層、男の異質さを際立たせているように思えた。
男は俺にも買い物袋にも興味を示さず、無言で前を向いて立っている。
ふと、古家の言葉が頭をよぎる。
――互いに干渉しないこと。
その約束を守るように、俺は何も言わずその場から離れた。




