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雨脚はさらに強くなっていた。
路地裏へ戻った瞬間、不意に黒い影が飛び込んでくる。
「……っ!」
気づいたときには、女が俺の胸にしがみついていた。
細い肩が震えている。
冷え切った身体が、雨でさらに冷たくなっていた。
「お願い……」
消え入りそうな声が耳元で震える。
「私を……見捨てないで」
俺は戸惑いながらも、ゆっくりと彼女の肩をつかみ、少しだけ距離を取った。
「いいか。よく聞け」
できるだけ冷静な声で言う。
「お前は連続殺人犯として警察に追われている。それを思い出すんだ」
女は何度も首を横に振った。
「そんなの嘘……」
涙と雨が混ざり、頬を伝っていく。
「私は何もやってない……何も……」
そのまま彼女は踵を返し、雨の中を走り出した。
「待て!」
俺は反射的に駆け出す。
細い裏道を抜けたところで追いつき、腕をつかむ。
女は抵抗することなく立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「……あなた」
不安そうな瞳が俺を見つめる。
「私を、逮捕するの?」
その一言に、胸が締めつけられる。
刑事としてなら答えは決まっている。
だが、その言葉は口から出てこなかった。
「……いや」
俺は静かに首を振る。
「まずは話を聞くだけだ」
女は力なく笑う。
「話って……私は何一つ覚えていないのよ?」
その笑顔は今にも崩れそうだった。
「どうすれば……思い出せるの?」
そう言いながら、彼女はおそるおそる俺の手に指を絡ませてきた。
その手は驚くほど冷たい。
俺はしばらく黙っていたが、やがて覚悟を決めるように口を開いた。
「……あんたが思い出せるまで」
自分でも信じられない言葉だった。
「俺があんたを管理する」
女は目を大きく見開いた。
その瞳には驚きと、わずかな安堵が浮かんでいる。
俺は周囲を見回した。
このまま警察署へ連れて行けば、彼女は間違いなく身柄を拘束される。
だが、今の彼女からは凶悪犯の雰囲気がまるで感じられなかった。
それが演技なのか、本当に記憶を失っているのか。
確かめる必要がある。
俺は彼女の手を離さず、人目につかない裏通路へ足を踏み入れた。
複雑に入り組んだ細い路地を抜け、古びた雑居ビルの地下へ向かう。
そこには、警察にも裏社会にも顔が利く、一人の闇医者が診療所を構えていた。
表向きには存在しないその診療所の扉の前で、俺は静かに足を止める。
あの男なら、彼女の記憶喪失が演技なのか、それとも本物なのかを見抜けるかもしれない。




