15
___2年後。
雨音の遺体が発見された。
現場の状況からみて、車が行き交う歩道橋から転落したのではないかと推測された。
幸いにも車に巻き込まれることはなく、遺体に大きな損傷はなかった。
しかし、頭部への強い衝撃が致命傷となり、その場で死亡が確認された。
事件として捜査は行われたが、決定的な証拠は見つからず、雨音が最後に何を思い、どこへ向かったのかは誰にもわからなかった。
俺は雨音の司法解剖を担当した大学時代からの友人を訪ねた。
友人は資料を閉じると、言いにくそうに口を開く。
「風間……一つだけ、気になることがあった」
「なんだ?」
「彼女の腹部に帝王切開のような傷痕があった」
その言葉に、時間が止まったような感覚に襲われる。
「……子供を産んでいたってことか?」
「ああ、その可能性は高い…」
「……」
父親は誰なのか。
子供はどこにいるのか。
その事実だけが、新たな謎として残された。
新聞や週刊誌は好き勝手な憶測を書き立てた。
だが俺は、そんな記事を一つも信じなかった。
雨音の子供…。
その子供の父親が俺だとしたら。
雨音はどこかへ子供を預けたのかもしれない。
そう思った俺は、休日になるたび児童相談所や養護施設を訪ね歩いた。
だが、どこへ行っても手がかりは見つからなかった。
ある日の午後。
一軒の養護施設を訪れたときだった。
廊下の先で、2歳くらいの小さな子供が一人、誰かを待っているように立っていた。
黒髪のセミロング、可愛らしい顔立ちをしているが性別はわからない。
ふと、その子供と目が合う。
その子は俺を見つめ、何も言わない。
その澄んだ瞳を見た瞬間、胸が締めつけられた。
理由はわからない。
だが、その静かな眼差しが、雨音によく似ていた。
職員へ尋ねる。
「あの子は、いつここに…?」
「一か月前です。あの子は双子のお姉さんか妹…」
職員は言葉をつまらせながら、話を続ける。
「…二人一緒にいたところを保護したのですが、片方の子が行方不明になってしまって…」
「行方不明……?」
思わず聞き返す。
「はい。この施設に迎え入れたその日に、突然いなくなってしまいました…。
警察にも相談したのですが、まだ見つからないと…」
「双子の母親は?」
「わかりません。施設の裏口で子供達が泣いているところを保護したので…。
その場には誰もいませんでした」
「きょう~、どこ~。きょ~うぅ。まま~あぁぁ」
双子の片割れの子供が地面に座り込み、泣いている。
俺は静かに子供に歩み寄り、
雨音が映った捜査資料の写真を子供に見せた。
子供はじっと写真を見つめ
「……まま」
と写真に写った雨音を指差す。
「どうされました?」
職員が心配そうに歩み寄る。
俺は息を整え、職員の方を見た。
「………。この子……俺が引き取ります」
俺の言葉に職員は驚いた表情を浮かべる。
「申し訳ありません。それは手続き上、お受けできません」
「お願いします!この子の父親は自分かもしれないんです!」
「やめてください!この子は近いうちに、家庭へ迎えられる予定なんです!!」
「え…?」
「養親の事情もありますので、お引き取りください」
「……」
養親。その言葉に俺は何も言えず、施設を後にした。
夕暮れの街を歩き、自宅へ帰る。
玄関の扉を開けると、南が優しく微笑んでいた。
「おかえり、瞬」
「ああ……ただいま」
笑顔で答えたはずなのに、胸の奥には消えない痛みが残っていた。
ふと、今日出会った子供の瞳を思い出す。
あの真っ直ぐな眼差しは、出会った頃の雨音の瞳と、どこか重なって見えた。
行方不明になった雨音の子供…、不可解な雨音の死。
その答えを見つける為に俺は刑事を続ける、そう心に誓った。




