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翌朝、警察署へ出勤すると、一課の部屋はいつも以上に騒がしかった。


「でもさ、連続殺人犯のあの女、すげぇ美人だよな」


若い刑事の一人が資料を見ながら言う。


「そうそう。若手女優って感じだよな。可愛らしさもあって」


「会ったら俺、一目惚れするかも」


「ばか、お前殺されるぞ!」


部屋中に笑い声が広がる。


俺は何も言わず、その横を通り過ぎた。

笑えなかった。

あいつらは資料の中の女しか知らない。

俺は、雨音の震える手も、不安そうな瞳も知っている。


「よう!」


背後から肩を叩かれる。

振り返ると田中だった。


「昨日はどうだった?」


一瞬だけ心臓が跳ねる。


「……どうって?」


「決まってるだろ。有力な情報だよ。聞き込み続けるって言ってたじゃねぇか」


俺は視線を逸らし、できるだけ平静を装った。


「なにもなかった」


ぶっきらぼうに答え、自分のデスクへ向かう。

机の上には今日の捜査資料が積まれていた。

何気なく一番上のファイルを開く。


そこには、防犯カメラで撮られたとされる雨音の写真が大きく貼られていた。

紫色のワンピース姿。

その横顔は、昨日まで一緒にいた彼女とはまるで別人のように冷たく見える。



「(……会いたい)」


その思いが頭をよぎった瞬間、俺は思わず資料を閉じる。


「(何考えてるんだ、俺は……)」


自分でも信じられなかった。

刑事である俺が、追うべき容疑者に会って抱きしめたいと思っている。

そんなこと、あっていいはずがない。


それでも時計を見るたび、頭の中には雨音の姿が浮かぶ。

早く仕事を終わらせたい。

早く、あの部屋へ戻りたい。

その衝動を必死に押し殺しながら、俺は震える手で次の事件資料を開いた。



その日の午後、俺は雨音と出会った場所とは別のエリアを捜索していた。


商店街の裏路地、公園、住宅街。

昨日までの捜査範囲を外し、一つひとつ可能性を潰していく。

近隣住民への聞き取りも続けた。


「こんな女の人、見ませんでしたか?」


写真を見せるたび、返ってくる答えは同じだった。


「見てないねぇ」


「知らないわ」


「記憶にないな」


有力な情報は、一つも出てこない。

俺は表情を変えないよう努めながら、胸の奥では安堵していた。


捜査を終え、田中が大きく伸びをする。


「ここまで見つからないんじゃあ、次の被害者が現れるまで捜査は中断、あるいはそのまま打ち切りかもな…」


その一言に、俺の足が止まった。

――次の被害者。

その言葉が胸に引っ掛かる。


もし本当に雨音が連続殺人犯なら。

記憶を失っているのが嘘で、また事件が起きたら。

嫌な予感が背筋を駆け上がった。


俺は慌ててスマートフォンを取り出し、南へ電話をかける。

数回の呼び出し音のあと、明るい声が聞こえた。


「もしもし? どうしたの?」


少し周囲が騒がしい。


「あたし仕事中なんだけど……急用?」


俺は胸を撫で下ろした。

南は無事だ。


「……いや、ごめん」


「え??」


「間違えて押しただけ」


「なにそれ」


南は呆れたように笑う。


「もう切るよー」


「ああ」


通話が切れる。

画面を見つめたまま、俺は小さく息を吐いた。


「どうした?」


田中が不思議そうに覗き込む。


「いや、何でもない」


俺はスマートフォンをしまい、田中から少し距離を取った。

田中はそんな俺を見て苦笑する。


「お前さ、ちょっと休んだほうがいいんじゃね?

有休、まだ残ってるだろ」


俺は首を横に振る。


「俺は仕事が好きなんだ。休んでると、余計に疲れる」


田中は肩をすくめた。


「そうかよ。この仕事一筋野郎が」


そう言って笑う田中につられ、俺も少しだけ口元を緩めた。

だが、その笑顔は長く続かなかった。

俺の頭の中では、今も雨音が一人、あのマンションで俺の帰りを待っている姿が浮かび続けていた。





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