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廊下へ飛び出した俺は、壁にもたれかかりながら乱れた呼吸を整えた。


「……落ち着け」


何度も自分に言い聞かせる。

冷静になれ。

俺は刑事だ。

目の前にいた女は、身元不明の連続殺人事件の重要参考人であり、容疑者でもある。

そう繰り返しても、高鳴る鼓動はなかなか収まらなかった。


しばらくして、ようやく呼吸が落ち着く。

俺は静かに玄関の扉を開けた。


「落ち着いた?」


玄関の前で待っていた雨音が小さく微笑む。


「……行っていいよ?」


「え?」


「彼女が待ってるんでしょ」


その言葉に、俺は何も返せなかった。

雨音が俺の胸にそっと手を添える。


「早く帰ってあげて」


そのまま、ゆっくりと玄関の外へ押し出される。


「雨音……」


名前を呼んだ瞬間、一度だけ彼女を抱きしめたいという衝動が胸を駆け抜けた。

だが、その衝動を必死に押し殺す。

俺は何も言わず部屋を出た。


背後で静かに扉が閉まる音が響く。

その音が、妙に寂しく聞こえた。


マンションを後にした俺は、そのまま自宅へ向かった。

夜風を浴びながら歩いても、頭の中から雨音の姿は消えない。


自宅の前に立ち、しばらく玄関の扉を見つめる。

深呼吸を一つしてから鍵を開けた。

扉を開けると、そこにはバスローブ姿の南が立っていた。


「おかえり」

そう言って柔らかな笑顔を浮かべる。


「さっき、電話で先に寝てるねって言おうと思ってたのに…。

飲み会、早く終わったんだね」


「ああ」


俺は短く答え、静かに玄関の扉を閉めた。

南は俺の顔を覗き込む。


「なんか疲れてる?」


「……いや、大丈夫」


そう答えながら、俺は洗面所へ向かった。

蛇口をひねり、冷たい水で手を洗う。

鏡に映る自分の顔は、ひどく疲れ切っていた。


俺は洗面台に手をつき、口元を押さえながら俯く。

南がすぐ近くにいる。

それなのに、頭の中を埋め尽くしているのは、あのマンションに残してきた雨音のことだった。


窓辺で見せた笑顔。

「おかえりなさい」と迎えてくれた声。

そして、唇が触れた一瞬の感触。


「駄目だ……」


小さく呟く。


「あの女は連続殺人犯だ」


まだ何もわかっていない。

記憶喪失が本当なのかも、事件との関係も。

だから情に流されるわけにはいかない。


俺は鏡の中の自分を見つめながら、何度もそう言い聞かせた。




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