8話
夕暮れのキャンパスは、講義を終えた学生たちのざわめきで満ちていた。図書館の裏手にある通路は、昼間の喧騒から切り離されたように薄暗く、落ち葉が風に舞い込んでいた。街灯はまだ灯っておらず、影が長く伸びている。翔太郎はその場所に立ち尽くし、息を潜めていた。疑わしい人物――佐久間悠人。同じゼミに所属する無口な男で、事件の夜に図書館から慌ただしく出ていく姿を翔太郎は確かに目撃している。
やがて、足音が近づく。革靴がアスファルトを叩く乾いた音が、通路に反響する。姿を現したのは佐久間だった。薄暗い光の中で、その顔は硬くこわばっている。
「君だろう、あの夜に図書館から出ていったのは」
翔太郎の声は震えていたが、必死に抑え込んだ。
佐久間は立ち止まり、冷たい目を向けた。
「……何を言ってる。お前こそ、みんなから疑われてるじゃないか」
その言葉は刃のように突き刺さった。翔太郎は一歩踏み出し、必死に訴える。
「俺は犯人じゃない。だが、君の行動には説明できない点がある。なぜあの時間に、慌てて図書館を出た?」
通路に沈黙が落ちた。風が吹き抜け、落ち葉が舞い上がる。佐久間は視線を逸らし、口を閉ざしたまま歩き出そうとする。翔太郎は腕を伸ばし、行く手を遮った。
「答えてくれ。俺はもう、誰からも信じてもらえない。だが、真実だけは知りたいんだ」
佐久間は苛立ちを隠さず、吐き捨てるように言った。
「しつこいな。お前が疑われるのは当然だ。監視ばかりして、周りを敵に回して……。俺に構うな」
その瞬間、背後から学生たちの声が響いた。
「やっぱり鳥越だ。人を追い詰めてる」
「危ないよ、近づかない方がいい」
翔太郎は振り返った。複数の視線が自分に突き刺さっていた。孤立はさらに深まり、対峙の場面さえ「加害者」として映し出されていた。
佐久間はその隙を突いて通路を抜け去った。翔太郎は立ち尽くし、拳を握りしめた。真実に近づこうとすればするほど、社会からは遠ざかっていく。
――その夜。翔太郎は警察署に足を運んだ。取調室の机に座り、刑事の前で深く息を吸った。蛍光灯の白い光が机を照らし、紙の匂いと緊張が混じり合う。
「俺が疑っているのは、佐久間悠人です。事件の夜、図書館から慌てて出ていく姿を見ました。彼の行動には説明できない点があるんです」
刑事は眉をひそめ、メモを取りながら翔太郎を見つめた。
「……佐久間悠人、ね。だが、君が監視しているという噂も広がっている。証拠はあるのか?」
翔太郎は唇を噛みしめ、ノートを差し出した。そこには追跡の記録、噂の断片、掲示板の書き込みが並んでいた。刑事はページをめくりながら、冷静に言った。
「これだけでは決定的じゃない。だが、名前を挙げた以上、我々も確認はする」
翔太郎はうなずいた。孤立は深まるばかりだが、少なくとも「佐久間」という名前は警察に伝わった。




