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ロスト  作者: 双鶴


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5話

鳥越翔太郎は、机の上に置かれた原稿をじっと見つめていた。昨夜、刑事に問い詰められた場面が頭から離れない。

「原稿、死因、座席、そしてあなたの行動。偶然では説明できない一致が四つある」

その言葉は、まるで呪文のように胸の奥で繰り返されていた。


彼は確かにその原稿を書いた。だが、それはあくまで「作品」であり、現実の殺人計画ではない。自分は人見知りで、社交的な犯人像とは正反対だ。だからこそ「自分は犯人ではない」という確信を持っていた。だが、事件が原稿通りに起きてしまった以上、その確信は周囲には通じない。警察は彼を強く疑い、大学でも噂が広がり、孤立は深まるばかりだった。


翔太郎は原稿をめくりながら、誰かがこの内容を知っていた可能性を考え始めた。文芸サークルの仲間の中には、彼の作品を読んだ者がいるかもしれない。提出した草稿や合評会での断片的な発表、あるいは印刷室に置き忘れた原稿。思い返せば、原稿が外部に触れる機会はゼロではなかった。もし誰かがそれを盗み見て、模倣したとしたら――。


その考えは一筋の光のように翔太郎の心に差し込んだ。第4話で芽生えた「自分で犯人を探すしかない」という決意が、再び強く脈打つ。警察に任せていては、自分はただ「疑われ続ける存在」で終わってしまう。だからこそ、彼は改めて誓った――必ず真犯人を見つけ、自分の無実を証明すると。


翌日、翔太郎は自由が丘駅に向かった。マーケティング統計学のフィールドワークで人々の行動を観察していた場所だ。事件当日も、彼はここから八雲のマンションへ帰宅していた。駅前の喫煙所を覗くと、紙タバコを吸う人はほとんどいない。電子タバコが主流になり、紙タバコの煙は珍しい。刑事が言った通り、事件当日に紙タバコを吸っていたのは自分だけだった。翔太郎はその事実に改めて打ちのめされる。


「でも、タバコなんて誰でも吸えるだろ……」

心の中で呟くが、説得力はない。警察にとっては「唯一の紙タバコ利用者」という事実が、彼を犯人と結びつける強力な根拠になる。


駅前を歩きながら、翔太郎は人々の動きを観察した。フィールドワークで培った習慣が自然と蘇る。人の流れ、立ち止まる場所、視線の動き。だが、事件の手掛かりを見つけるどころか、ただ雑踏に紛れている自分の無力さを痛感するだけだった。


その日の午後、翔太郎は八雲パーシモンホールの図書館に足を運んだ。事件が発覚した場所だ。自習・読者コーナーには学生や社会人が静かに本を読んでいた。彼女が殺されたのは、この空間だった。多くの人に「眠っている」と思われ、閉館時間になっても起きないので職員が声を掛けて発覚した。翔太郎はその場に居合わせ、防犯カメラにも映っていた。


机に座り、周囲を見渡す。事件当日の光景が蘇る。隣で本を読んでいた女性――だがそれは現実の知人ではなく、翔太郎が原稿に描いた「通学電車で見かける憧れのOL」の姿と重なっていた。彼の創作上の人物が、現実の被害者と奇妙に重なってしまったのだ。翔太郎は胸の奥に鋭い痛みを感じ、思わず目を閉じた。


その夜、翔太郎はマンションに戻り、再び原稿を開いた。ページをめくり、新聞記事を読み返し、また原稿に戻る。何度も交互に繰り返すうちに、寝不足と焦燥で頭はぼんやりし、ノイローゼのような状態に陥っていた。記事と原稿の行き来が、現実と作品の境界を曖昧に見せてしまう。翔太郎は頭を抱え、呼吸を乱した。


数日後、翔太郎は再び刑事に呼び止められた。尾行していた刑事の一人が、同情を示すように声を掛けてきた。

「君の気持ちはわかる。無実を訴えたいんだろう?」

その言葉に、翔太郎は心を開き始めた。事件当日の細部や原稿の経緯を語る。


「ええ……タバコは吸ってました。でも市販のじゃなくて。お金がなくて、よく刻んだ葉を新聞紙やノートの切れ端で巻いて、自分で作って吸ってました」


その言葉を口にした瞬間、刑事の目が鋭く光った。

「なるほど。つまり君は、ニコチンの葉そのものを普段から扱っていたわけだ。事件の死因は毒針に仕込まれた高濃度ニコチン。素材を直接扱っていた人物は、君以外に確認されていない」


翔太郎は愕然とした。無実を訴えるために正直に答えたはずが、逆に「犯人であることを裏付ける証拠」として突きつけられてしまったのだ。


「俺は……犯人じゃない……はずなのに……」


その夜、翔太郎は原稿を抱きしめるようにして眠りについた。だが夢の中では、原稿の主人公が自分の姿をして笑っていた。


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