明日、新宿で
2028年6月10日
「最悪なんだけど」
土曜日特有の清々しい朝だった。それとは正反対の顔をした美月が、教室に入るなりそう言った。
まだホームルームまでは20分近くある。窓際では男子数人が机を囲んで昨日のサッカーの話をしていて、廊下からは吹奏楽部らしい生徒が大きな楽器ケースを抱えて通り過ぎていく。窓から入ってくる風もまだ涼しく、週末というだけで学校全体に少し気の抜けた空気がある。
「どうしたの?」
安奈が椅子を引くと、美月は返事の代わりにスマートフォンの画面をこちらへ向けた。
女子バレー部のグループラインだった。顧問から送られてきたらしい長い文章が表示されている。
「来週の練習試合なくなった。相手校が対外試合全部やめるんだって。うちも当分、他校との練習試合なし」
「え、マジ?」
莉子も横から覗き込んだ。
「大会は?」
「まだ何も。ほら、ここ。『今後の状況を見て判断します』だって」
美月は最後の一文をわざわざ読み上げると、スマートフォンを机の上へ置いた。
「来週のためにずっとやってたのに。ほんと意味分かんない」
「でもさ」
莉子が何か思い出したように顔を上げた。
「その日、ライブあるって言ってなかった?」
美月の表情が止まった。
「……あ」
安奈も思い出した。先月から行きたいと言っていたライブがちょうど練習試合と重なり、諦めたと散々愚痴を聞かされた覚えがある。
「確かに。行けるじゃん」
「チケットまだあるかな」
さっきまで不機嫌だった美月が、すぐにスマートフォンを取り上げた。
「一般まだ売ってるかも」
「よかったじゃん」
「いや、よくはないでしょ。一応試合なくなってんだから」
そう言いながらも、画面を操作する指だけは明らかに速くなっている。
莉子が笑った。
「切り替え早すぎ」
「だって、なくなったもんはしょうがないじゃん」
「さっきまで最悪って言ってたのに」
「それとこれは別」
安奈も笑いながら自分の席へ座った。
ほんの2日前まで、感染症の話題といえば柏木をゾンビ扱いしたり、高くなったマスクを見て笑ったりする程度だった。それがいつの間にか、来週の予定を一つ消している。
それでも、美月がライブのチケットを探しているのを見ていると、大した変化ではないようにも思えた。練習試合がなくなったなら、代わりの予定を入れればいい。それだけの話だった。
その時、教室のスピーカーからチャイムが鳴った。
続いて、普段の朝には聞かない放送が入る。
『生徒の皆さんは、8時40分までに体育館へ移動してください。繰り返します。生徒の皆さんは――』
教室のあちこちから声が上がった。
「何、集会?」
「土曜に?」
「めんどくさ」
「なんかやらかした?」
最後の声に何人かが笑ったところで、担任が教室へ入ってきた。
「聞こえたな。荷物置いたら体育館行くぞ。今日は朝のホームルーム、向こうでやる」
誰かがすぐに尋ねた。
「何の集会ですか?」
「感染症の件だよ」
笑い声は完全には消えなかったものの、さっきより少しだけ小さなざわめきが広がった。
安奈も席を立ち、莉子たちと廊下へ出た。
階段には他のクラスの生徒が次々と集まり、流れに合わせて体育館へ向かっていく。途中でスマートフォンを取り出している生徒が何人もいた。ニュースを見ているのか、ただメッセージを返しているだけなのかは分からない。
「全校?」
莉子が前を歩く生徒の列を見ながら言った。
「みたいだね」
普段の全校集会なら、朝から面倒だと文句を言いながら歩くだけだった。今回も誰かが笑っているし、後ろでは男子が部活の話をしている。ただ、全校生徒が同じ病気の話を聞くためだけに体育館へ向かっているというのは、安奈には少し変な感じがした。
体育館には既に他の学年も集まり始めていた。
床へ学年ごとに並んで座り、安奈たちは2年生の列に入った。前方では教師が何人か集まって話している。ステージの上には校長と教頭がいて、その横の演台には見慣れない書類の束が置かれていた。
窓は大きく開けられていたが、これだけの人数が集まるとすぐに蒸し暑くなる。ワックスの匂いと人の体温が混じった空気の中で、誰かが団扇代わりにプリントを振っていた。
「脚痛い」
座って1分もしないうちに、美月が小声で言った。
「バレー部でしょ」
「バレー部でも痛いもんは痛い」
「始まるよ」
マイクが一度、低い音を立てた。
体育館の話し声が少しずつ小さくなり、校長が前へ出た。
「おはようございます。朝から時間を取ってもらったのは、皆さんもニュース等で知っていると思いますが、現在、海外で感染が拡大している、えー、死後運動再活動症候群、PMRSについて、本校の今後の対応を説明するためです」
普段なら天気や季節の話を一つくらい挟むところだったが、今日はそれもなかった。
安奈もなんとなく姿勢を直して前を見る。
「現時点で、本校の生徒、教職員およびその家族に、この感染症への感染が確認されたとの報告はありません。また、国内でも海外の一部地域で見られるような大規模な感染拡大が発生している状況ではありません」
後ろの方で誰かが小さく咳をした。
乾いた咳が体育館の中でやけに響いた。
「しかし、感染地域が拡大していること、また県教育委員会から各学校へ感染予防と校外活動についての通知が出されていることを踏まえ、本校でも当面の間、他校との練習試合、合同練習、その他一部の校外活動を見合わせます」
隣で美月が小さく息を吐いた。
発熱などの症状がある場合には登校を控えること。家族を含め、海外から帰国した者に体調不良がある場合は学校へ連絡すること。今後、授業や学校行事を変更する可能性があるため、学校からの連絡を毎日確認すること。
校長は手元の紙へ何度も視線を落としながら、一つずつ読み上げていった。
「なお、現時点で休校を予定しているわけではありません」
体育館のあちこちから、わずかに声が漏れた。
「なんだ」
近くの男子が呟いた。
安奈も少しだけ同じことを思った。
校長が話し終えると教頭に代わり、そこからは体育祭で使用した各クラスの備品を月曜日までに片づけること、未提出の進路希望調査を担任へ出すこと、来週予定されている校内行事については今のところ予定どおり実施することなど、普段と変わらない連絡が続いた。
感染症のために全校生徒を集めておきながら、最後には進路希望調査の提出期限を念押しされる。その落差が、安奈には少し可笑しかった。
集会が終わると、学年ごとに順番に体育館を出た。階段へ向かう頃には、もう周りでは部活や授業の話が始まっていた。
美月も再びスマートフォンを開いている。
「チケット買っちゃお」
「もう決めたの?」
「だって試合ないんでしょ」
莉子が笑った。
「今の話聞いてた?」
「聞いてたよ。外出禁止とは言ってなかったじゃん」
「なるほど。強い」
「来週には落ち着いてるかもしれないし」
安奈も、その可能性の方が高いように思えた。
廊下には次の授業へ向かう教師が歩いていて、職員室の前には提出物を持った生徒が並んでいる。チャイムはいつも通り鳴るし、今日も小テストはある。購買も開くだろうし、電車だって朝から普通に走っていた。
それらが全部動かなくなる方が、今の安奈にはよほど想像しにくかった。
教室へ戻ると、集会の話題はしばらく残っていた。休校にならなかったことを残念がる声の一方で、部活の予定表を確認する生徒もいて、窓際では来週の合同練習がなくなったらしい男子が顧問の愚痴を言っている。
安奈が席へ戻ろうとしたところで、近くの女子が友達と話している声が聞こえた。
「そういえば私、来週から長野行くかも」
「長野? なんで?」
「おばあちゃん家行くの。うちのお父さんが、しばらくそっちいた方がいいんじゃないかって言い出して」
「旅行?」
「いや、避難みたいな?」
本人も、言いながら少し笑った。
その言葉だけが、周りの会話から妙に浮いて聞こえた。
「まだ日本で何か起きてるわけでもないのに。お母さんも最初は大げさって言ってたんだけど、昨日のニュース見てから急に乗り気になって。今朝も車に何積むとかずっと話してた」
「学校どうすんの?」
「休むんじゃない? まだ決まってないけど。お父さんは『1週間くらい様子見ればいい』とか言ってる」
「1週間も?」
「ね。私、普通に学校あるんだけど」
困っているというより、面倒な予定を勝手に入れられた時の話し方だった。
「長野行って何すんの?」
「知らないよ。おばあちゃん家Wi-Fi弱いし、本当に行きたくない」
そのすぐ横では、別の女子が小テストの答えを見せてほしいと友達へ頼んでいた。窓際からは男子の笑い声が聞こえる。
「避難」という言葉が出ても、教室の空気が変わるわけではなかった。
スマートフォンをいじっていた美月も、話は聞いていたらしい。
「そこまでする家もあるんだ」
「うちも結構ヤバいよ」
莉子が言った。
「昨日帰ったら、水と米めっちゃ買ってあった」
「莉子ん家も?」
「うん。しかもお父さんが車のガソリン満タンにして、家にあるモバイルバッテリー全部充電しろとか言い出してさ。朝から防災バッグ引っ張り出して中身確認してんの」
「ガチじゃん」
「ガチ。お母さんまで乗っかって、薬足りてるかとか、現金いくらあるかとか確認し始めて。昨日なんか夕飯食べてる横でずっとニュースついてた」
莉子は嫌そうに眉を寄せた。
「別に備えるのはいいんだけど、いちいち私にも『スマホ充電しとけ』『連絡つくようにしろ』『遠く行く時は言え』って。うるさいんだよね」
「心配なんでしょ」
「分かってるけどさあ。別にこの辺で何かあったわけでもないじゃん」
美月が安奈を見る。
「安奈ん家は?」
「別に何も。昨日も普通だったよ」
少なくとも安奈が家を出た時には、母親はいつも通り朝食を作っていたし、弟はテレビを見ながらパンを食べていた。父親も特に何か言ってはいなかった。
「うちも何もない」
美月が言った。
「お母さんなんか今日の夜、普通に友達とご飯行くって言ってたし」
「いいなあ」
莉子が机に頬杖をつく。
「うち帰ったらまた絶対なんか言われる」
「長野連れてかれるよりよくない?」
「それはそう」
そこで担任が教室へ入ってきたため、話は途切れた。
安奈は教科書を机へ出しながら、さっきの女子が口にした「避難」という言葉を少しだけ思い返した。
避難と聞けば、地震や台風の時に学校の体育館へ行くようなものを想像していた。家族で荷物を車に積み、まだ何も起きていないうちから県外の親戚の家へ移るという話は、同じ言葉でも少し違って聞こえる。
けれど、チャイムが鳴り、教師が小テストの範囲を黒板へ書き始めると、その考えもすぐに頭の隅へ追いやられた。
授業が始まれば、感染症のことを気にしている時間はさらに減った。
1時間目が終わる頃には教室で話題になっていたのは次の小テストで、2時間目の休み時間には、美月がライブ会場の座席表を莉子へ見せていた。
昼前、授業が終わる頃には、美月の機嫌は朝とはすっかり変わっていた。
3人で昇降口へ向かう途中、話は翌日の予定へ移った。
「明日どうする?」
莉子が言った。
「新宿でよくない? この前言ってた服見たい」
美月がすぐに答える。
「東口の方?」
「そう。あと莉子、昨日なんか店送ってきてなかった?」
「送った。ほらこれ」
莉子が歩きながらスマートフォンを開き、短い動画を見せる。皿に盛られたパスタの上へ、店員がチーズを山ほど削っている。
「ここ行きたい」
「絶対並ぶじゃん」
「日曜だしね。じゃあ先にご飯?」
「10時くらいに集合すればよくない?」
「どこ?」
「新宿駅」
美月が呆れた顔をした。
「のどこだよ」
「じゃあ東口の改札前」
「莉子絶対迷うじゃん」
「迷わないし」
「この前西口出てたじゃん」
「あれは案内が悪い」
安奈は2人のやり取りを聞きながら笑った。
結局、細かい場所はグループチャットで決めることになった。
校門を出たところで2人と別れ、安奈はそのまま大宮駅へ向かった。
午後は塾だった。
駅前のコンビニで昼食を買い、塾の入ったビルへ向かう。外の明るさから一転して、階段を上がると冷房の冷たい空気が肌に当たった。
教室には既に何人か来ていて、机の上へテキストとノートを広げている。壁には夏期講習の案内が何枚も貼られ、そのうち1枚には、まだ6月だというのに大きく「夏を制する者が受験を制す」と書いてあった。
安奈は自分の席へ座り、コンビニでもらったレシートを鞄へ押し込んでからテキストを出した。
しばらくして、少し大きめのTシャツに丸眼鏡を掛けた講師が入ってきた。
ホワイトボードの中央に、大きく文字を書く。
『古代ギリシア』
「前回でオリエントは一旦終わり。今日はエーゲ文明からポリスまで進めるから、テキストの17ページ開いて」
一斉に紙をめくる音がした。
安奈もテキストを開く。
講師が板書を始め、クレタ文明、ミケーネ文明と進み、やがてポリスの話へ移った。冷房の音と、ホワイトボードへマーカーを走らせる乾いた音が続く。前の席の男子は眠そうに何度も目を擦り、講師はそれに気づかないまま説明を続けていた。
途中、机の中に入れていたスマートフォンが短く震えた。
少し気になったが、講師がちょうどホワイトボードへ「重装歩兵」と書き始めたので、そのままノートへ視線を戻した。
休み時間になってから確認すると、莉子たちのグループチャットだった。
『明日10時新宿ね』
『東口で』
『東口のどこ』
『着いたら電話すればよくない?』
『集合する気あんのか』
『なんとかなるっしょ』
最後は莉子だった。
安奈は画面を見て少し笑い、返信を打つ前に講師が戻ってきたのでスマートフォンを机へしまった。
授業が再開し、今度はペルシア戦争へ進んだ。マラトン、テルモピュライ、サラミス。講師が「ここは流れで覚えろ」と何度も言いながら板書していく。
安奈はノートを取りながら、ときどき時計を見た。
ニュースでは外国で軍隊が出ている。朝には全校生徒が体育館へ集められた。それでも今は、大学受験のために数千年前の戦争をどの順番で覚えるかの方が大事だった。
授業が終わった頃には、窓の外はすっかり夕方の色になっていた。
駅へ向かう途中、ドラッグストアの前に貼られた紙が目に入った。
《マスク・消毒用品 一部商品欠品中》
そのすぐ下に、もう1枚。
《入荷未定》
安奈は歩く速度を少し落とした。
入口近くの棚だけが、不自然なくらい空いていた。商品がなくなった場所には値札と棚板だけが残り、白いマスクの箱が並んでいたはずの一角が妙に明るく見える。
そのすぐ横では、別の客が洗剤を選んでいた。店員は段ボールを開け、ペットボトルの飲料をいつも通り棚へ補充している。レジにも数人が並んでいた。
安奈は少しだけ店内を見たあと、後ろから歩いてきた人を避けるため、そのまま駅の方へ歩いた。
駅前は普通に混んでいた。
待ち合わせをしている人もいるし、紙袋をいくつも持った家族連れもいる。飲食店には列ができ、歩道の端では若い男女がスマートフォンを向け合っている。
ただ、マスクをしている人は2日前より増えた気がした。
大型ビジョンでは化粧品の広告が終わったあと、短いニュースが流れた。
海外の空港らしい場所を、防護服姿の職員が歩いている。
《感染拡大 各国で検疫・入国規制を強化》
画面の下にそんな文字が出た。
足を止めて見ている人も何人かいたが、ほとんどはそのまま通り過ぎていく。安奈も歩きながら画面を見上げた。
数秒後には映像が切り替わり、新作映画の予告が始まった。
安奈もそのまま改札へ向かった。
家へ帰ると、玄関の脇に見慣れない段ボール箱が置かれていた。
宅配便の箱ではない。側面に飲料水の商品名が大きく印刷され、持ち手の穴から2Lのペットボトルが見えている。その隣には、同じ箱がもう1つ置かれていた。
普段なら何もない場所なので、玄関が少し狭く感じた。
「何これ」
靴を脱ぎながら言う。
「水」
リビングから父親の声が返ってきた。
「見れば分かるよ」
中へ入ると、父親はソファに座ってテレビを見ていた。
「なんでこんなに買ったの?」
「店行ったら結構減っててな。一応」
「で、12本も?」
「4人いるんだから、そんな大した量じゃないだろ」
キッチンにいた母親が振り返る。
「お父さん、朝から『今のうちに買っといた方がいい』って」
「だって別に腐るもんじゃないし。何もなければ普通に飲めばいいんだから」
「買い占めじゃん」
安奈が言うと、父親が少し笑った。
「水2箱で買い占め扱いするな。店から消えてから慌てるよりいいだろ。地震の時だってそうなんだから」
ソファの端でゲームをしていた弟が顔だけ上げた。
「俺、炭酸がよかった」
「非常時に炭酸12本飲んでどうすんだよ」
「水よりうまい」
「自分で買え」
父親はそう言って、またテレビへ視線を戻した。
画面には海外の大通りが映っていた。交差点を軍用車両が塞ぎ、防護装備を着けた兵士が道路脇に立っている。
『――感染者の増加を受け、エジプト政府は本日から対象地域での夜間外出を禁止すると発表しました。現地の医療機関では依然として受け入れ能力を超える患者が――』
朝の体育館で聞いた校長の話より、ずっと遠い世界に見えた。
安奈は冷蔵庫を開けて麦茶を取り出した。
母親が振り返る。
「今日、学校でも何か言われた?」
「集会あったよ」
「何て?」
「部活の試合とか、他の学校とやるやつはしばらく中止だって。あと、体調悪かったら学校来るなって」
父親がテレビから目を離した。
「学校もそこまでやり始めたか」
「美月の練習試合なくなったらしい」
「まあ、他所の学校と行き来するのは先に止めるだろうな」
「でもその日に行きたかったライブあるから、今めっちゃ喜んでる」
父親が少し笑った。
「高校生ならそんなもんか」
テレビでは映像が切り替わり、今度はどこかの国の空港の到着ロビーが映った。
『――WHOは感染者の血液や唾液など、体液との接触を避けるよう改めて呼びかけています。各国では検疫体制の強化が続いており――』
父親がリモコンで少し音量を上げた。
母親が鍋の蓋を開けながら聞いた。
「明日はどうするの?」
「莉子たちと出かける」
「どこ?」
「新宿」
父親がこちらを見た。
「新宿か。何しに行くんだ?」
「買い物とか。莉子が行きたい店あるんだって。あと美月も服見たいって」
父親は少しだけ考えるような顔をした。
安奈は、もしかしたら行くなと言われるのかと思った。
けれど、父親は再びテレビへ視線を戻した。
「まあ、人ごみ避けて、何か変な騒ぎがあったらすぐ帰ってこいよ。どこにいるかくらいは連絡して」
「分かってるって」
「電話も出ろよ」
「わかったわかった」
それ以上は何も言われなかった。
夕食を終え、自室へ戻る。
ベッドへ座ってスマートフォンを開くと、グループチャットにはまた何件も通知が溜まっていた。
『明日10時、東口改札前に決定』
『莉子が迷子になったら置いてく』
『ならんわ』
安奈は『了解』と返し、そのままクローゼットを開いた。
明日何を着ていこう。
先週買ったブラウスにするか、もう少し薄いものにするか。2枚をベッドの上へ並べて見比べたものの、自分では決めきれず、写真を撮ってグループチャットへ送る。
『どっちが似合うかな』
美月から先に返ってきた。
『2枚目』
少し遅れて莉子も、
『私も2』
と返してくる。
安奈は1枚目のブラウスをハンガーへ戻し、2枚目をベッドの脇へ掛けた。
階下からはテレビのニュースが微かに聞こえていた。外国の地名と、感染者の人数らしき数字が、床と壁を通して途切れ途切れに届いてくる。
スマートフォンには、美月から明日の店について新しいメッセージが来ていた。
安奈はベッドへ腰を下ろし、その通知を開いた。
明日は10時、新宿。




