第5話 呼び出しの目的は
女子生徒アンジェリーナ・ハーディング伯爵令嬢からの呼び出し。しっかりと名前を書かれていた以上、どんな目的があるか分からない。
ヴィンセント先輩に相談?
そんな時間は無い。それにいくら何でも先輩を女子寮に呼ぶのは憚られるわ。
ここは私一人でたち向かなきゃ。
ヴィンセント先輩が味方で居てくれる。たったそれだけで何でもできそうになるから不思議だ。
素早く自分なりの戦化粧を整える。全力で戦うと決めた以上、寮に戻ってくる際に戻した三つ編みと、眼鏡を外す。
幸いにも廊下で誰にもすれ違うことなく、中庭にたどり着くことができた。中庭は薄暗いものの等間隔に外灯があるので、足下が見えないほど暗くはない。
薔薇の垣根があり、周囲からの視線を隠すにはちょうど良いのだろう。
提示された中庭中央の少し開けた空間に向かうと、二人の女子生徒、いや一人は騎士服を着た青年が立っていた。
え、女子寮に男子が居て良いの!?
間合いギリギリまで近づくと、ハッとした。
今日、第13区画の狩りにいた二人組だ。水色の長い髪の青年と、オレンジ色のベリーショートの女子生徒。二人は私に気付いた──ようだが、何故か驚いていて、二人で顔を見合わせていた。
水色の艶があって綺麗な髪は一つに結んでいて、紺の騎士服はデザインが素晴らしい。しかも金色の刺繍は術式文様で、オーダーメイドなのかもしれない。ジャケットの生地を見るに素材もかなり良い。学院の支給品とは違う。というか学生服じゃなくても申請すれば良いのかしら。それとも魔法騎士科の生徒さん?
隣にいる女の子は魔法学院の制服を色々カスタマイズして、スカートが短め。ただ黒のタイツにブーツスタイル、半袖だけれど学院のローブを着こなしていて、スタイリッシュかつシンプルでお洒落だ。特に両腕のブレスレット、ブーツは魔導具っぽそう。素材もきっと高そうだわ。
それにしても、みんなそれぞれ自分の個性に合わせた服装なのね。そりゃあ、私の地味さが際立つわ。
「あの……」
「は、はい!」
「あなたのお名前を伺っても?」
あれ? 水色の髪の青年っぽいのに、この人も女っぽい口調?
ヴィンセント先輩以外にもいるのね。さすが王都!
そんなことを考えてつつ、呼び出した側が困惑しているので、呼び出した名前に手違いでもあったのだろうかと小首を傾げる。
「辺境伯オールドリッチの長女、シンシアですわ」
「──っ!?」
「え、本人!? 教室の時と全然違う! で、でも匂いは同じ??」
「どういうことですの! まさかヴィンセント先輩と一緒に居たのが、シンシア嬢!?」
ん、あ。制服の着こなしや眼鏡を取って、髪をほどいただけだけれど……やっぱりシンシア=私って気付かないのね。そこまで顔の造形や体型が変わったわけでもないのだけれど。
やっぱりちょっとした雰囲気やコーディネートって大事なのだと思った。
「そ、想定外でしたけれど」
「うん、やることは変わらないッス」
「!?」
話し合いかと思ったが次の瞬間、ボブショートの女の子が目の前から消えた。もっとも視界から消えただけで、索敵からは逃れられない。
後ろからの奇襲。
そう気付いた私は魔糸魔法で足を絡めようとした。が、勘が鋭いのか素早く後退して闇に乗じて気配を消す。
気付かれるなんて、ちょっとビックリ。
そう思っている間に、正面から水色の髪の青年が突貫してきた。
接近戦。しかも片手細身剣と盾の基本的な構え。片手細身剣による突きの攻撃は鋭い。
もっとも三日月女王蜂の攻撃よりは遅い。見切って躱すと魔糸魔法で片手細身剣の柄ごと絡み取って、足を地面に縫い止める。
「なっ!?」
動けなくなったところで、ベリーショートの女の子が四方から飛び込んでくる。残像。早すぎて八人には見えた。
でも本物は一人だけ。振り返って視線を向けると女の子はビクッと体を震わせ、攻撃することなく立ち止まった。
「参ったッス」
「え?」
魔糸魔法を自力で破った水色の髪の青年は、レイピアと盾を空間魔法に収納したらしく両手を挙げて降参のポーズをする。
「わたくしも同じく負けを認めますわ」
「??」
アッサリと負けを認める二人に、私はますます困惑してしまう。まだ勝負は始まったばかりで、二人とも本気じゃなかったはずだ。
勝ち負けを決めたかった訳じゃない?
じゃあ、目的は?
……そういえば私を呼んだ目的を聞いていなかったわ。
「ええっと、それで私をここに呼んだ理由を伺っても?」
「もちろんッス」
「ええ、その前にまず、いきなり試すようなことをしてごめんなさい」
「ッス」
「え?」
「こら、キャシー。また口調が素に戻っているわよ」
「えへへへ。どうにも。シンシア嬢、ごめんなさい」
二人とも深々と頭を下げるので、慌てて顔を上げてもらった。どうやら意地悪をするとかではなく、単に私の実力が知りたかったらしい。でもなんで?
「謝罪はもう良いです。……それで、そのどうして手合わせを?」
「そのことは……その、夕食を一緒にしながらでどうでしょうか」
「アタシももうお腹ペコペコで……」
ぐうう、と言おう音に思わず三人で笑ってしまった。
あ、なんか普通に喋っている。そうおもうとなんだか少しむず痒い。
「改めてわたくしは、今年入学した伯爵家長女アンジェリーナ・ハーディングですわ」
「アタシはキャシー・ヘイウッド! 同じく一年!」
「アンジェリーナ……え? 本当に女の人!?」
「ん? ええ、そうよ。驚かせてしまってごめんなさいね」
ヴィンセント先輩と同じかと思ったけれど、もの凄い失礼な勘違いをしてしまったわ。私が勘違いしたことにアンジェリーナさんは気にしていなかった。
「アンジェっちの家は、騎士家系なんだって」
「なるほど?」
もしかして家の事情なのかもしれない。そう思いつつ、二人に案内されて中庭の奥にあるガゼボにたどり着いた。こんな場所があるなんて知らなかったわ。
思えば魔法学院に入学してから、黒い噂ばかりで学院内や寮内を探検する気力が削がれてしまったのだ。
気付けば人目の付かない場所を選んでいた気がする。
私が悪いことをしたわけじゃないから堂々としていれば良かったのに、噂やヒソヒソ話を耳に入れたくなくて、思えば消極的だったと思う。
せっかく王都の魔法学院に来たのだから、もっと自由に動けば良かった。そう反省することができたのは、ヴィンセント先輩に出会ったからだ。
明日にでも改めて感謝を伝えよう。そしてしっかりと報酬となる素材を調達しておこうと心の中で誓った。
***
ガゼボは八角形のもので、屋根などにもしっかりと防音の魔法陣が組み込まれていた。そしてテーブルや椅子はちょっと豪華で、恐らく今回の食事のために用意されていたのだろう。
ちょっとしたレストラン席みたいな感じになっている。
さすが王都。そしてお洒落。
ガゼボには三人分の料理が用意されていた。しかもできたてで、アンジェリーナさんと同じ騎士服の人とすれ違う。なぜか私を見て驚いていたけれど、何だったのだろう。
それぞれ席に座って、ベリーオレンジジュースで乾杯をした後、キャシーさんは前菜から夢中で食べ始めた。よほどお腹が減っていたのだろう。
「……って、あの中庭でずっと待っていたのですか?」
「ええ。わたくしとしたことが時間を失念していまして、それでずっと待っていたのです」
「お腹が減って、死ぬかと思ったッス。あー、美味しい」
堅苦しいコース料理とまではいかない感じで、すでに前菜からメインディッシュまで、テーブルに並んでいる。
小料理の盛り合わせ、ジャガイモのスープ、帆立とタコの野菜のマリネ、ふわふわ焼きたての白パン、白身魚のムニエル、赤ワインソースのステーキ。どう考えても寮の夕飯より数段豪華だ。
どれも美味しい。何より一人じゃない食事にほくほくしてしまう。
「最初に相談と腕試しがしたいと書いておけば良かったのだけれど、そうすると決闘めいた書き方になってしまって、キャシーに止められたの」
「いっそ余計なことを書かないほうが良いって結論になったッス」
「それであの書き方に……相談?」
何かして欲しいと言うことがあるのだろうか。なんだろう?
ハッ、もしかして「ヴィンセント先輩を紹介してほしい」とかだったらどうしよう。いやでも二人とも、私の今の姿をシンシアだって気付いていなかった。
じゃあなんだろう?
レックスの流した噂を確かめに?
思考を巡らせるがアンジェリーナとキャシーの返事を待った。
「実は……私たちはある特殊な事情で【特待生】にして貰っているの」
「アタシは、アンジェっちとは違う理由で【特待生】ッス」
「特別な理由? ……ハッ、もしかしてその男装も何か意味が?」
呪いを避けるため大人になるまで異性の服装を着ることで、呪い避けをするという文献を読んだことがある。キャシーの斬新な服装にも意味が?
ゴクリと息を飲み込みアンジェリーナさんの反応を待ったのだが──。
「いえ、《《男装は私の趣味ですわ》》」
「え(趣味!?)」
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