第6話 切実な危機
思わず口直しで飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。危ない、危ない。それにしても私の勘が全く当たらないなんて……、ちょっとしょんぼり。
「趣味というか、わたくしの家は代々騎士家系で、わたくし以外の親族は全員が騎士なのです」
「まあ。それは素敵ですね」
騎士と言っても一口にいろいろある。王国魔法騎士団、近衛騎士、街在住騎士、遠征討伐騎士隊。護衛騎士。魔法省管轄騎士などなど。
でも一族全員が騎士とは凄い。
「それで皆が毎日着ている服がかっこよくて……、ついドレスよりも騎士服を着こなすほうが身についてしまい……気付けばこの服装に」
「なるほど? でも学院側の許可を取っているのなら何ら問題ではないのでは?」
そもそも服装とかお洒落に関しては、私に意見やアドバイスを求められたら困る。むしろ私が教えてほしいぐらいのなのだから。
「ええ、この服装は趣味でありわたくしの戦闘スタイルなので全く問題ないのです。それに戦闘経験もしっかり積んでいるので、特待生になったのですから。……ただ」
「ただ?」
「ただ……学院の授業に、まったくついていけてないのです!!」
「アタシもなの!」
「!??」
どうやらアンジェリーナさんもキャシーさんも、座学が大の苦手らしい。得意に歴史や魔法基礎学、数学は絶望的な点数だとか。
「この間の学力テストで28番目でしたわ」
「アタシは17番目」
「え、そこまで悪くないんじゃ?」
「「《《後ろから数えて》》」」
「あーーーーー」
食事を終えて、スイーツと紅茶を嗜みながら、学力テストの答案用紙を見せて貰ったのだが……。思った以上に深刻な状態だった。
赤点だらけ。特に二人とも数学、魔法基礎学、術式構築学、術式神古文字学が絶望だった。
「ええっと……特待生って、実技やテストの上位ランキングにならないと推薦枠が貰えないと聞いたのですが……」
「普通は、そうッス。でもアタシたちは戦闘実績だけで特待生に推薦されたので、テストは赤点でなければ通常授業も免除かつ問題ないッス……」
「なるほど。赤点でこのままだと通常授業を受けるように、と?」
この点数なら確かに授業を出ろと言われるだろう。しかし私が思っていた以上に、状況は悪いようだ。
二人の顔が暗い。
「いえ、普通授業に出てこの点数なのですの」
「!?」
衝撃過ぎてちょっと意味が分からなかった。授業に出ていてこの点数。
「もしかして最初の授業から付いてこれてなかった?」
「うぐ」
「ッス」
正解だった。この二人、魔法学院の入学試験もパスして特待生で入ったという。それだけ戦闘に特化した実力ということだ。
「でもこのままじゃ、特待生枠も剥奪されてしまうのです! そうなったら一族全員から地獄の修練コースになってしまいますわ!」
「特待生じゃなくなったら、アタシは国に強制的に戻されるッス!」
「もしかして、私への相談って……」
「勉強を教えてほしいの」
「勉強を教えてほしいッス!」
「私が?」
まさか同級生に頼られるなんて、思ってもいなかった。
学力テストトップの私に頼むのはなるほど、筋が通っている。しかし二人とも私の噂についてなんとも思っていないだろうか。
「……その」
「やっぱり駄目ッスか?」
「こんなポンコツ頭の二人を抱えるのは、大変ですものね。ちなみにわたくしは家庭教師が早々に匙を投げましたわ」
泣きそうになる二人に私は慌てて頭を振った。
「その、私、良くない噂が流れていて……。私といると二人にまで迷惑が……」
「あんな噂、信じているほうが頭が可笑しいんじゃないかしら?」
「ッスね」
「え」
アンジェリーナさんと、キャシーさんの言葉に耳を疑った。他の人たちはレックスの噂を信じていたのに……。
私が信じられないと言った顔をしていたからか、二人は笑った。
「だってカンニング対策完璧かつ、実家の圧力があろうとも学院側が許容するはずないもの。この学院、超実力主義なのは有名よ。王子だろうが、公爵子息令嬢だろうが、不正をした段階で退学ですわ」
「うんうん。それに話してみてシンシっちから、嘘の匂いしないし」
「匂いってなに!?」
思わずツッコんでしまった。
「アタシ、匂いとか空気に敏感で嘘とかすぐにわかるんだ」
「あ。もしかして私の魔糸魔法って、見えたんじゃなくて感覚で分かったから攻撃を止めて後退したの?」
「ッス。攻撃を仕掛けようとした瞬間、こうぞわぞわって嫌な感じと匂いがしたから、きっとあのままツッコんだからヤバいって思ったッス」
「すごい……」
「凄いのはあなたですわ。あのキャシーに間合いに入らせないのですから」
「そうッス。それにアンジェっちの鋭い突きを全部避けるなんてビックリ!」
そう言ってアンジェリーナさんもキャシーさんも、噂とかではなく私を見て判断してくれている。それが嬉しくて、分かってくれる人もいることに安心してちょっと泣いてしまった。
「わわっ! どうしたッスか!?」
「わたくしたちでよければ話を聞きますわよ!」
「そうッス、話すことでスッキリするかもしれないッス」
「……ありがとうございます」
今日一日でヴィンセント先輩だけじゃなくて、同級生に心配して貰えるなんて……。今まで腐らず、逃げ出さなくてよかった。
「実は……」
私はレックスとの関係や、今日あったことを包み隠さず話すことにした。一方的な婚約破棄、私を貶めるための意図的な悪意ある噂の数々。そして婚約者の浮気。
二人は真剣に話を聞いてくれて、話し終わったら不思議とそこまで落ち込まなかった。
話を誰かに聞いて貰えるって、それだけで結構救われた気持ちになるのね。そうほくほくとしていたが──。
「クズ野郎をボコボコにしたくなったッス」
「偶然ね、キャシー。わたくしも下種の極みのような男に真っ向から決闘を申し込みたくなったところよ」
「!?」
二人とも目がマジだった。しかもかなりご立腹なご様子。
「それにしても人外から身を隠すため……。それで普段地味な服装をしていたのね」
「アタシたちとは違うけれど、何か事情があると思っていたッス」
「うん。でもヴィンセント先輩にも言われたけれど、自分を隠して生きるのはもうやめようって決めたの。今はいい女になるため、色々教わっていて……」
「「すでに完成しているのでは??」」
「え?」
息の合った言葉に、変な声が出た。今日から変わると言ったのに、完成しているとは?
「いやだって眼鏡と髪型を変えたら、雰囲気がだいぶ変わっていたッスから」
「そうよね。今のままで凄く可愛いわ」
「ありがとうございます。……でも、レックスにギャフンと言わせるぐらい綺麗になるために、ヴィンセント先輩のレッスンを頑張ろうと思うの」
「努力家だわ。良いことよ」
「頑張り屋さんなんッスね」
なんだか二人に褒められると照れてしまう。そんな風に言ってくれる二人に、私ができることがあるのなら──。
「それで……私も特待生候補として、授業が免除になるのですが……、私でよければ二人の勉強のお手伝いをさせてください」
「いいの!?」
「いいッスか!?」
「はい。……それは別で、二人が良ければお友達になって、くれませんか?」
夢にまで見た、同性のしかも同級生。
その願いはアッサリと叶った。
「もちろん、喜んで」
「ッス」
「ほ、本当に!? 本当の本当ですか?」
「ええ。わたくしのことはアンジェリーナ、あるいはアンジェと」
「アタシはキャシーで!」
こうして私とアンジェとキャシーは友達になった。
その日のデザートに出たバームクーヘンはとっても美味しくて、たぶん私は今日の特別な日をずっと忘れないだろう。
世界は理解者の登場によって色鮮やかになる。もう明日の憂鬱さが嘘のようだった。
その翌日から私は通常授業を免除してもらい、ヴィンセント先輩と狩りに出かけるか、図書館の個室部屋でキャシーとアンジェの勉強を見ることにした。
個室部屋は特待生権限で四人までなら入れるので、アンジェかキャシーに部屋を押さえて貰って、私が一から勉強を見ることに。
一変した日常。
座学の小テストがある時に教室に行くが、殆どはヴィンセント先輩か、アンジェかキャシーと一緒に居ることが増えた。
ぼっち卒業である。
アンジェとキャシーの二人は、どちらも異性寄りの服装をしていることが多く、それによって「シンシアが男遊びが過激になった」という噂が広まったそうだ。
そして悪意で意図的に広められた噂は、ある方にまで聞き及びことになる。しかしそんな噂などもはやどうでも良いと思っていた私は、周囲が思った以上に大きく動き始めていることに気付いていなかった。
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