第4-2話 私を変えてくれた人
口元を綻ばせるが、上手く笑えているだろうか。ヴィンセント先輩は私の両頬に触れて口角を無理矢理上げる。擽ったいけれど、両手が温かい。
気づけば口元が緩んでいた。まるで魔法だわ。ヴィンセント先輩に言われたら、何もかもが現実になりそう。ううん、なるって思える。
「うん、可愛いわ。ぎゅううってしたくなる! 守りたい、その笑顔ってね」
「……! あ、ありがとうございます」
「ああ、もう可愛すぎるじゃない!」
「はう!」
ギュッと抱きしめられて、心臓がバクバクする。危険区域だけれど、魔糸を巡らせているので、ヴィンセント先輩とのハグを邪魔されることはない。
あ、でも婚約者がいるのに、こんなことは……。 ううん、もう婚約破棄するんだもの。いい女になって見返すためにも、男の人に慣れるようにヴィンセント先輩が善意でしてくれているんだわ!
「私とのハグに慣れておきなさい。名ばかりの婚約者をギャフンと言わせるためにも、私で練習しておいたほうがいいでしょう?」
「はい!(やっぱり。この行為は先輩の善意で……、レクチャーの一環! ……先輩って見た目細身だって思っていたけれど、胸板は厚いし、腕は力強くて……役得すぎる!)」
「ハグに慣れろとは言ったけれど、練習台は私だけにしておきなさいね」
「はぃ(ヴィンセント先輩以外に、同じようなことなんて無理です……)」
「(もうしばらく抱きしめていたいから、周囲に結界を張って……。ふふっ、思っていた以上にシンシアの索敵範囲は広いわね。優秀すぎ!)いい子ね♪」
ふああ、耳元で囁くのとか狡いのでは?
これでまた一つ魅力的な女性に近づけたかしら?
王都に来てから、真新しいことや慣れない環境で、自分らしさがどんどん失われて、空回りしていた気がする。レックスからの言葉の暴力、嫌がらせ、どんどん酷くなる噂。友達のできない学院生活に凹んでいたのが、何だか小さなことのよう。
「……シンシア」
耳元で話すヴィンセント先輩の声にドキッとしつつも、すぐに察した。私の索敵に入っている。
「はい。2時の方向に人影が二つ。……敵意はないですが」
「そうね。魔法省関係者じゃないだろうから、同じ特待生じゃないかしら。様子見……あるいは」
「あるいは?」
「私たちの関係が気になっているとか?」
「!?」
私たち、そう言われて頬に熱が集まる。急にそんなことを言われたら、余計に意識してしまう。そもそもこんな風に抱きしめられるなんて、前世も今世も家族以外に居なかったわ。
うう……。これは相手を油断させるためなのに……。
「(顔を真っ赤にして、本当に可愛いわね。なんでこの可愛さに誰も気付かないのかしら? ……いや気付かないほうが?)……シンシア、相手の特徴とか分かる?」
「水色の長い髪に、騎士服……男の人にしては華奢な異様な? もう一人は」
「うん。オレンジ色のベリーショートの……女の子みたいね(ふふっ、特徴までしっかり見えているわね。うんうん、優秀だわ)」
「二人とも敵意はないですが、視線は感じます。この場合、どうしますか?」
「そうね……!」
「──っ!?」
ヴィンセント先輩が思案している間に、二人の気配が途切れた。思わず視線の感じた場所を見てしまったが、すでに転移魔法あるいはそれに近いものを使った──魔素の残滓が見られた。
「偵察だったのでしょうか?」
「ふふっ、私も同じようなことを考えていたわ。まあ、私たちの狩りが気になって追いかけて来たのかもしれないし、違うかもしれないわ」
「ヴィンセント先輩の戦闘は勉強になりますしね!」
「ありがとう♪ でも、私だけじゃくてシンシアの実力だって強者なら気付くだろうし、案外シンシア目当てだったのかしれないわよ」
「ええ!?」
あり得ない。そう告げたらヴィンセント先輩に怒られてしまった。自分を卑下しない。下を向かない、「自分なんて」は言わないと。
耳の痛い言葉だったけれど、私のことを思って伝えてくれた言葉は強く胸に響いた。
***
赤紫色の夕闇が迫る中、学院の外はオレンジ色の外灯が付き始めていた。
ヴィンセント先輩との狩りは、とても楽しかった。つい数時間前は号泣していたのが嘘のよう。
昨日までの陰鬱な気持ちが嘘のよう!
それに久しぶりに、魔物の狩りで体も動かせてスッキリしたわ。早く部屋に戻ってお風呂に入りたい!
ウキウキした気分も魔法消印無しの郵便物が届いているのを見た瞬間に、霧散してしまった。どう考えても女子生徒の誰かが部屋のポストに置いていったものだ。
十中八九、呼び出しあるいか誹謗中傷が書かれたもの。
無視してしまおうか。
そう思うも、蝋印の紋章を見てそうもいかなくなった。百合と剣の紋章は伯爵家のものだったはず。
貴族令嬢のお手紙!
私は辺境伯令嬢だから身分的には私のほうが上だけれど、昔から辺境伯は田舎者扱いされていると兄様も言っていたわ。
覚悟を決めて封を切った。
綺麗な便せんで、季節の綴りからの挨拶など書かれているが要約すると『夕食前に女子寮の中庭に来い』という呼び出しだった!
人生初の手紙が呼び出し!
しかもこれって前世の漫画で見たことがある。女子複数人で文句を言うやつだわ!
昨日までの私なら行くのも躊躇った。レックスの気持ちを知って泣いて帰った後だったら絶望していたかもしれない。
でも今の私には味方がいる。もし嫌がらせするようなら、遠慮しないでやり返す。もう「でもでだって」も我慢もしないんだから!
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