第3-2話 私、変わります!
ヴィンセント先輩は両手で顔を覆って「マジか」と呟いている。本当に前髪を上げている時の先輩は、表情が豊かで別人のようだ。
「それ、特級魔法使いだけが使える魔法の極意じゃない!!」
「え」
「聞けば聞くほど、驚かされてばかりだわ。その年で、すごいじゃない!」
その言葉に、涙が出そうになる。ただ自分のことを認めてくれたことが胸に響いた。泣きそうになるのを堪えて、返事をしようと口を開く。
「そ、そうなのですね。……領地では家族全員が使えたので、家系魔法だって思っていました」
「実際にどんな風に魔法が展開されるのか見てみたい! ハッ、そうだわ! 今から学校裏の森に素材集めに行きましょう!」
「え」
「そうと決まったら、即行動!」
「ええええ!?」
唐突な提案に面食らっている間に、ヴィンセント先輩は通信魔導具を使ってどこかに連絡を入れていた。
「ヴィンセント先輩。あのお誘いは嬉しいのですが、午後の授業をサボったのに、これ以上好き勝手やったら……」
「ああ、それなら大丈夫よ」
「?」
ヴィンセント先輩は「私に任せなさい」と言わんばかりに、口元を綻ばせた。一つ一つの所作がとても美しい。この仕草なども真似できれば、少しは美しくなるかしら?
こんな間近に最高の見本がいるなんて、素敵。先輩が大丈夫というのなら、大丈夫な予感がしてきたわ。出会ったばかりなのに不思議な人……。
「私、特待生だから」
「え。あ、……ということは、もしかして!」
「そう。授業で説明されたと思うけれど、特待生は好きな時間に魔法省管轄の第1から第13区画までの狩りが許されているの。学院に素材を提出するけれど、一部は貰えるのよ」
魔法省。リンドワーク大国では第1~13区画を魔森エリアと呼んでいる。魔素濃度が高く、魔物を発生しやすい森を13に分けて結界を張り巡らせているのだ。魔素濃度と森そのものの特性によって、独自の進化していて、そのエリアに出入りできるのは、基本的に魔法学院の特待生、魔法学院講師(特級A以上)か魔法省関係やのみとされている。
辺境伯周辺と同じような環境だと、両親が言っていたような。ということは素材がいっぱい!?
「単独活動もできるけれど、同行者を組んでもいいの。最大四人まで。もちろんこれは最初だけ。私はシンシア嬢を特待生に推薦するわ」
「推薦!?」
「ええ、通常は同行者から、実績を積んで特待生に推薦するのだけれど、シンシア嬢の場合は実力テストでも実績を出しているのだから、講師陣もすぐに特待生推薦を認めるわ」
(私が特待生に……!)
「急に特待生にはならないから、最初は特待生候補者は特待生と行動を共にするから、通常授業が免除される仕組みなのよ。実戦で得る経験値は段違いだもの、学院側も協力的なの。まあ、最初のうちは特待生と同行者の《師弟システム》を使うように言われるだろうけれど」
「たしかそれも特待生特権の一つですね」
「そう。この場合は、同行者の安全を考えて区画の制限が一応掛かるの。……にsもても、まさかこの特権を私が使うことになるとは思わなかったわ。人生って本当に何が起こるかわからないものね」
ヴィンセント先輩は感慨深そうな面持ちで呟いた。その気持ちは私にもなんとなくわかる。昨日まで先輩と、こんな出会いをするなんて想像もしていなかった。
コーディネートだけじゃなくて、ヴィンセント先輩の言葉一つ一つが胸に響いて、カチコチになった私の心を溶かしていく。私も先輩に何かお返しができるように頑張りたいな。
そんなこんなで、第1~13区画の許可が降り、私はヴィンセント先輩の相棒となった。
本当にサクッとだったわ!
試着用カーテンの向こうで着替えているヴィンセント先輩を待ちつつ、怒涛の展開に今更ながら心臓がバクバクしていた。
幼馴染で婚約者のレックスがすっかり変わってしまって、しかも浮気。見返しやる……って息巻いていたらヴィンセント先輩と出会って、第1~13区画に今から狩りに行く。なんだか怒濤の展開ね。
先輩に私の実力を見せるためにも、素材集めは頑張らなきゃ。とりあえず高級素材とか? それとも強そうなドラゴンを倒せば認めて貰える?
ただ今回は最悪な後に良い人との出会いがあったのだから、先輩が言うように人生何が起こるか分からないものだ。
「ん?」
改めて部屋を見回すと閑散した部屋で、布などの素材置き場ように見えた。小鳥の囀りと、ヴィンセント先輩が着替えている衣擦れの音が聞こえてくる。
ヴィンセント先輩はオネェ口調が素なのよね? 人と関わりたくなくてワザと地味目な格好をしている? それとも私が眼鏡や髪を結ぶのと同じように、何か事情があるのかも?
どこまで踏み込んでいいのか、距離感が難しい。領地には同世代はほとんどいなかったし、レックスは領地での生活が嫌で、十歳になる頃には王都の別邸で暮らしていた。
他種族との交流はあったものの、みんな実年齢は両親より上とか普通だったし……。そう考えると友達の作り方も知らないまま王都の魔法学院での生活って、ちょっと無謀だったかも。圧倒的な実地調査や情報不足だったわ。
ヴィンセント先輩に追加で素材とか渡したら、こういったことも相談に乗ってくれるかな?
「お待たせ〜。ささっ、出発しちゃいましょう」
「わぁ!」
ヴィンセント先輩は、予想以上に軽装だった。白いシャツに学生服を羽織っただけで、ボタンを止めていないのだが、それがロングコートを羽織った感じでなかなかにかっこいい。先ほどまでボタンを全部止めて、キッチリしていた時と雰囲気が違う。
腰のベルトに細身の剣を二本携えた以外に武器はなさそうだ。髪を後ろで一つに結っているが、少し編み込みが入っていて私とお揃いのよう。
「シンプルですが、とってもかっこいいです!」
「ふふっ、ありがとう。ちょうど五時限目が終わったところだから、生徒の注目を浴びつつ魔森エリアに移動しちゃいましょう♪」
「はい──え? ちゅうもく?」
ヴィンセント先輩はすぐさま転移門を使わずに、わざと凱旋するような感じで、一般教室のある廊下を横断。
「ヴィンセント先輩じゃない?」
「ヴィンセント先輩だわ!」
「隣の美人って誰だ!?」
「しらねぇ」
「なんだなんだ!?」
「アレが特待生……」
「見たいね」
ものの数秒で人だかりができている!?
生徒たちが廊下に出てきて、ヴィンセント先輩に声をかけていた。特待生としてやっぱり人気なのね。目立つから普段は地味目な感じなのかな?
「ヴィンセント先輩、私たちも同行してもいいですかぁ〜?」
「私も!」
「私も同行したいですわ」
美男子に女子生徒が群がるのは必然のようなもので、集団だからか、勢いに任せて声をかけている。すごい勢い。
「ねえ、君」
「え? 私ですか?」
普通に声をかけられて、思わず聞き返してしまった。だって今までの反応と全然違うのだもの。
「そうそう。すっごく可愛いんだけど、君も特待生?」
「彼女は僕の相棒なんだ。気軽に話しかけないでくれ」
「──っ!?」
「あ、わ、悪い」
一瞬で距離を詰めたヴィンセント先輩に驚きつつも、私の肩を掴んで守ってくれたことが泣きそうになるほど嬉しかった。
これは──惚れてしまうわ!
周囲の女子生徒も黄色い声を上げていた。わかる、その気持ち分かるわ!
しかし群がる女子生徒に、ヴィンセント先輩は鋭く睨んだ。
「悪いが実力のない子とは組まない。せめて第一級魔物を個人で倒せるレベルになってから、声をかけてくれ」
「!?」
清々しいほどの一刀両断。前髪のある時と、オネエ口調とも違う特待生用の一面って感じで使い分けているのかも? まあ、レベルが足りない同行者が一人いるだけで狩りの危険度は高くなるから、ヴィンセント先輩の言葉は正論だわ。
私に視線をぶつける生徒も多いが「謎の美少女」と認定されている。その中にはレックスの姿もあって驚いた。誰一人シンシアだと認識してないことに、凹めばいいのか喜べばいいのか、少しだけ複雑な気持ちになる。
というか、婚約者の癖に気付かないって……。
ううん、見返すって決めたのだから、今気づかれなかったのは報復するのにも有利になったはず!
闘志を燃やしつつヴィンセント先輩の隣を歩く。先輩の隣を歩けるなんて、役得だわ。
そういえばヴィンセント先輩の実力ってどのぐらいなのかしら? 今から楽しみ!
外では数時間前と同じ青空が広がっていたが、息がしやすかった。
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