第24章 蠢く策と変革の代償
少し変更しました。前のやつは気に入らなかったので。
カナヴィンは地面を這った。
血槍の雨は止まない。止める気もないらしい。アーデンは玉座の前に立ち、冷めた目でカナヴィンの動きを追っている。その表情には、もう最初のころのような好奇心すら消えかけていた。飽き始めているのだ。獲物がただ逃げるだけの展開に。
「くそっ……!」
カナヴィンは右に転がり、立て続けに左へ跳ぶ。槍が彼の背中をかすめ、石畳を粉々に砕く。破片が頬の骨を切り裂く。ガリッという不快な音が、頭蓋の内部に響いた。
彼の身体はもう限界に近かった。無数のヒビ。折れかけた左腕。魔力核も底をつきかけている。走るたびに骨と骨が軋み、悲鳴を上げる。
(このままじゃ……ただの的だ)
カナヴィンは歯を食いしばった。いや、骨を食いしばった。彼に歯茎はない。あったとしても、きっと食いしばりすぎて血が出ていただろう。
(ダメだ。何もできてない。走って、避けて、転がって——それだけだ)
彼の眼窩の青い炎が、悔しさに震える。それは怒りでも恐怖でもない——自分自身への、純粋な憤りだった。
(何もできないなんて……何もできないなんて……!)
彼は二本の短剣を握りしめた。毒を塗った、小さな武器。血に濡れた刃。それだけが、今の彼の全てだった。
(走ってるだけじゃダメだ。攻撃しなきゃ。どんな手を使っても——奴に一撃を入れてやらなきゃ)
彼は一度、深く——考えるよりも先に、感覚に任せて思考を巡らせた。
自分に何ができるのか。何が残っているのか。《影潜り》はまだ使える。短剣は二本ともある。毒の残量は——あと二回分、全力で注入できるかどうか。
ならば。
(やるしかない)
カナヴィンは立ち上がった。ひび割れた骨がギシギシと鳴く。それでも——彼は立ち上がった。
「——行くぞ」
彼は地面を蹴った。
行先は——再び、魔物の群れへ向かって。
走る。走る。走る。槍が追う。頭上を旋回し、急降下する。かわす。またかわす。かわしながら——前に進む。
「前にやった! 前にやったんだ! この戦法なら——!」
脳裏に蘇る。戦いの中で彼はかつて、魔物を盾にして槍をかわした。それを——もう一度やる。
「だが——今度は違う!」
彼の眼窩の炎が、ギラリと輝いた。その輝きには——狂気にも似た決意が宿っていた。
「最低でも——あと二体! あと二体のモンスターを倒せば——!」
彼は加速する。前方にA+ランクのオークが二体。凶暴な牙を剥き出しにして、武器を構えて待ち構えている。片方は鉄棍棒を持ち、片方は大型の戦斧を担いでいる。どちらも一撃食らえば、彼の骨など木っ端微塵になるだろう。
「——今だ!」
カナヴィンはオークの一体の頭上を飛び越えた。槍が後ろを追う。しかしそれを——彼は読んでいた。
「——《影潜り》!」
瞬間、彼の姿が消える。槍が標的を見失い、一瞬空中で停止する。その一瞬の迷いが——勝負の分かれ目だった。
影の中から現れたカナヴィンは、正面から一体のオークに飛び掛かった。毒の短剣がオークの太い首筋に突き刺さる。深く、確実に。オークが咆哮を上げ、腕を振り回す。カナヴィンはその腕に骨ごと叩き飛ばされたが——構わない。
毒は回った。
二秒後、オークの巨体ががくりと膝をついた。目が白く濁り、泡を吹いて倒れる。
「——一体!」
叫ぶ間もなく、もう一体のオークが戦斧を振り下ろす。カナヴィンは後方に跳び退いた。斧の刃が、空気を切り裂く風圧だけで彼の肋骨の一本をへし折る。
「ぐっ——!」
痛みに一瞬よろめく。しかし彼は踏みとどまった。
(倒さなきゃ。倒さなきゃ。まだ——足りない)
彼は短剣を握り直す。残りは一本。毒も残り一回分。もう、外せない。
オークが再び戦斧を振りかぶった。カナヴィンはその間合いの内側に、あえて飛び込んだ。
「追いつけ! 追いついてみせろ!」
頭上から血槍が降り注ぐ。彼はオークの巨体の影の中に潜り込み、《影潜り》で床の影へ逃れた。槍がオークの背中を貫いた。オークが絶叫し、よろめく。
「——《影潜り》からの——!」
カナヴィンは影から跳び出た。毒の短剣を、最後の一振りを——オークの喉元に突き立てた。
オークが崩れ落ちる。二体目、撃破。
「よし……! あと——」
彼の計算が正しければ。この二体のオークの魔力核は、サイズは小さいが高品質だ。消費した魔力量を——かろうじて上回る。
「——《骨再生》!!!!」
カナヴィンの全身が、青白い光に包まれた。ひび割れた骨が、歪んだ骨格が、内側から修復されていく。ギチギチと音を立てて、骨が繋がっていく。新しい骨が、古い骨を押しのけて再生する。
三秒。
再生が完了したとき、カナヴィンの全身の骨は新調されていた。白く、滑らかで、ひび割れひとつない。魔力核も——六割ほどまで回復していた。
「これで——」
彼は拳を握る。新しい骨は軽い。抵抗がない。
「勝負できる」
彼は顔を上げた。アーデンが、玉座の前で微かに眉をひそめていた。初めて見せる、困惑の表情。
「ほう……」
アーデンが口を開いた。
「ただの骸骨が……ここまでの執念を見せるとはな」
声に、わずかな感嘆が混じっていた。それは、さっきまで彼が失いつつあったものだ。
「面白くなってきたぞ、スケルトン」
カナヴィンは唇のない口元で、笑った。いや、笑うような仕草をした。
「面白いのは——これからだ」
彼は短剣を構え直した。三本目、新調された短剣。そこに毒を塗る。最後の毒だ。
(これで決める。外せば——終わりだ)
勝負は、ここからだ。
アーデンの指が、もう一度動いた——今度は五本の指すべてが、同時に。
「ならば——本気で迎え撃とう」
五本の血槍が、空中で孵化した。かつてない大きさの槍が、玉座の間を埋め尽くす。
「く——!」
カナヴィンは唇を噛む代わりに、自らの骨を噛んだ。
「来い——!」
彼は駆け出した。五本の槍が、同時に解き放たれる。
しかし彼はもう、逃げない。避けながら——前に進む。
それが、彼の選んだ道だった。
——
最初の一本が、彼の右肩をかすめた。再生したばかりの骨が、再びヒビ割れる。痛みが走る。しかし彼は止まらない。
二本目が、左脇腹を通過する。衝撃で空中に一回転した。着地の際、右膝が床に叩きつけられる。砕ける音がした。
「——まだ!」
彼は無理やり立ち上がる。砕けた膝の骨が、不自然な方向に歪んでいる。それでも——立つ。
三本目が迫る。彼はそれを、あえて恐れなかった。
(避けられる位置じゃない。なら——)
彼は残った短剣を逆手に持ち替えた。体勢を低くする。まるで——突っ込むように。
「おおおおおっ!!」
彼は槍に向かって走った。真っ正面から。
槍が迫る。五メートル。三メートル。一メートル。
カナヴィンは直前で身体を捻った。槍の穂先が、彼の左肋骨の隙間を通過する。紙一重。いや——髪の毛一本分の差だった。
「——《影潜り》!」
彼は槍の影に潜り込んだ。槍が動くたびに、影も動く。彼はその影にしがみつくようにして移動した。
槍は迷う。自分の影に敵が潜んでいる。それを振り払おうと、槍が大きく弧を描く。壁に激突しそうになる。カナヴィンは影から転がり出て、床を転がった。
「——はあっ、はあっ……」
彼の呼吸が荒い。魔力核の消費が激しい。《影潜り》を維持するだけでも、かなりの魔力を消費する。
「このままじゃ……もたない」
彼は周囲を見渡した。残りの四本の槍が、それぞれ別の軌道で旋回している。一本一本が独立した意識を持っているかのように、獲物を狙っている。
(あの槍を操っているのは……アーデンの魔力だ。ならば——本体を狙えば、槍の制御が乱れるはず)
理屈は単純だ。問題は——どうやってアーデンに辿り着くか。
玉座の間は広い。アーデンまでは、ざっと五十メートル。その間に四本の槍と、まだ息のある数体の魔物が立ちはだかる。
「最短距離で——突っ込む」
カナヴィンは決断した。もう回り道をする余裕はない。魔力も、体力も、時間も——すべてが足りない。
彼は走り出した。一直線に、アーデンに向かって。
槍が反応する。二本が正面から。一本が左。一本が右。完全に包囲されている。
「——させるか!」
彼は跳んだ。正面の二本の槍の間を、文字通りすり抜ける。骨と骨の隙間に槍が触れる。ガリッという音。左腕の上腕骨が、槍の穂先に削られた。
(痛い——! でも——まだ行ける!)
着地と同時に、彼は左に転がった。左側の槍が彼のいた場所を貫く。石畳が炸裂する。破片が背中に突き刺さる。
「ぐっ——」
それでも立ち上がる。走る。
残り三十メートル。
右側の槍が迫る。彼はそれを、短剣で弾こうとした——無謀だと知りながら。
金属と骨がぶつかる音。衝撃で短剣が吹き飛ばされた。彼の手は痺れている。いや、痺れるどころか——骨が欠けている。
「——くそ!」
カナヴィンは素手になった。武器を失った。毒も使い切った。
残っているのは——自分の身体だけ。
(なら——)
彼は拳を握る。骨の拳。
「これで殴るしかない」
残り二十メートル。
アーデンの表情が、初めて変化した。それは驚きだった。
「よくもまあ……ここまで来たな」
その声には、わずかな敬意が混じっていた。
「認めよう、スケルトン。お前は——想像以上にしぶとい」
カナヴィンはその言葉に答えなかった。代わりに——走った。
残り十メートル。
最後の一本の槍が、彼の正面から突き刺さろうとしている。避けられない。避ける場所がない。
「——なら!」
彼はその槍に向かって、自らの頭蓋を突き出した。
槍が彼の頭蓋を貫く——その直前。
カナヴィンは首を傾げた。槍の穂先が、頭蓋の側面をかすめる。火花のような衝撃。視界が一瞬歪む。青い炎が揺らぐ。
しかし——止まらない。
彼は槍の柄に飛び乗った。バランスを取る。槍が暴れ、彼を振り落とそうとする。しかし彼はしがみついた。
「——今だ!」
彼は槍の柄を蹴って、アーデンに向かって飛んだ。
空中で、彼は拳を握る。
全ての魔力を——右拳に集中させる。
「《骨撃》——!!!!!」
彼の拳が、アーデンの顔面に炸裂した。
鈍い音が、玉座の間に響いた。
僕の場合、これを書いている時は頭の中で自然にまとまっていったんだけど、今見ると……まあ、そこそこ良い出来かなって思う。




