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第23章 絶望の槍と蠢く影

カナヴィンは斬り続けた。

毒の短剣を握りしめ、振るい、血肉を裂き、骨を砕く——その動作を、機械的に繰り返した。しかし。

ガキィィン!!

またしても甲高い金属音が、闘技場のような広間全体に響き渡った。

カナヴィンの短剣が、アーデンの周囲を取り巻く凝固した血の防壁に弾かれる。それはもはや液体でも気体でもなかった。半透明のルビーのように結晶化した血液の壁が、アーデンの身体を全方位から覆っていた。

「ちっ!」

カナヴィンは歯を食いしばり、体勢を立て直す。何度目になるかわからない突撃。もう数十分、この膠着状態が続いている。彼の骨には無数のヒビが入り、ところどころ欠け始めている。左腕の前腕骨にはひどい亀裂が走っていた。

「くそっ! 俺の攻撃を止めんじゃねえ!!」

カナヴィンは叫んだ。その声には、純粋な怒りと、そして見せかけではない本物の苛立ちが混ざっていた。彼の眼窩の青い炎が、怒りに震えて激しく燃え盛る。

血防壁の向こう側で、アーデンが微かに首を傾げた。

「——ははっ」

アーデンが笑った。

それは哄笑でも嘲笑でもなかった。まるで、駄々をこねる幼児を前にした親のような——困ったような、けれどどこか楽しげな、そんな笑い方だった。

「すまないな。だが……それはできない相談だ」

アーデンは悠然と足を組み直し、顎に手を当てた。その瞳は、獲物を観察する捕食者のそれだ。しかし——そこにあったのは食欲ではなく、純粋な好奇心だった。

カナヴィンはその目線に、全身の骨が逆立つ感覚を覚えた。

——こいつ……俺を、戦っている相手としてすら見ていない……!

その瞬間、カナヴィンの感情が一気に沸点を超えた。

「ぐううううう!! だからお前は! 俺のことを! ちゃんと相手にしてくれえええええ!!」

カナヴィンは自らの短剣を地面に叩きつけた。ガキンッ! 派手な音が響く。彼は両拳を握りしめ、全身で怒りを表現した。もし彼に肉があったなら、真っ赤になっていただろう。骨しかないので、彼の憤怒は青い炎となって全身から噴き出した。

アーデンはその光景を、少し呆けた顔で見つめていた。

「…………」

一拍の間。

「…………はあああああっ!」

そして——アーデンは声を出して笑った。

「はは、ははははははは!!」

それは今まで聞いたことのない、純粋な笑い声だった。長く冷酷な戦いの中で、彼の口から漏れるのは常に冷ややかな嘲笑か、低い哄笑だけだった。しかし今、彼の笑いは——まるで本当に面白い冗談を聞いたかのような、無防備なものだった。

「面白いな……本当に面白いぞ、お前は」

アーデンが血の防壁の上から、カナヴィンを見下ろす。その目に、ようやく——ほんのわずかにだが——『興味』の色が宿った。

「そんなに俺に構ってほしいのか?」

「当たり前だ!! 俺はお前を倒しに来たんだぞ!! 無視されて黙って倒されるほど、趣味の悪い話はない!」

「……ふむ」

アーデンは、組んでいた脚をほどいた。そして——ゆっくりと、腰を上げる。胡坐をかいた姿勢から、初めて、真っ直ぐに立ち上がった。

「そうか」

彼は短く呟いた。

「だったら——その願い、叶えてやろう」

その瞬間、アーデンの表情が変わった。それまでの余裕の笑みは消え去り、代わりに現れたのは——冷徹な、純度百パーセントの殺意。

「——お前の言う通りだな」

アーデンの声が低温になる。

「クズが」

その言葉とともに、彼は脇に立てかけてあった長槍を手に取り——全身のバネを使って、それを投擲した。

轟ッ!!

空気が悲鳴を上げた。音が到達するより速く、槍が一直線にカナヴィンを貫かんと迫る。

カナヴィンは反射的に横に飛んだ。

ドンッ!!

槍は、カナヴィンが一瞬前まで立っていた場所を正確に射抜き、石畳を粉砕した。破片が飛び散る。衝撃波がカナヴィンの小さな骨の体を揺らす。

「——は、はは……」

カナヴィンは、無理やり笑った。心臓はないのに、彼の魔力核はドクドクと激しく脈打っていた。

「やっとかよ……!」

彼は体勢を低くし、アーデンを睨みつける。

「今、お前は槍を放った——つまり!」

カナヴィンが口元を歪める。

「——お前は、丸腰だ!」

「——ん?」

アーデンの笑みが、ゆっくりと消えた。

その表情の変化を見て、カナヴィンは確信した。

——やっぱりだ。こいつ、槍に依存してやがる。武器を失えば、Sランクと言えどただの人型だ。

「どうした? その余裕の笑みはもう消えたか?」

カナヴィンは短剣を構え直し、ゆっくりと間合いを詰める。

「無手のお前と、毒の短剣を持った俺——」

「どっちが有利かは、火を見るより明らかだ」

アーデンは、数秒間黙っていた。

そして——

「…………はあ」

彼は、わざとらしく大きなため息をついた。

「その通りだ」

アーデンが——ゆっくりと、口元を歪めた。

「その通りだとも。俺は確かに、今——武器を失っている」

「…………」

しかし——アーデンの笑みは、再び深くなっていく。それはどこか——狂気じみていた。

「だがな」

彼は、自らの右腕を掲げた。

「お前は——一つ、勘違いをしている」

グチャッ。

アーデンの指が、己の腕に深く突き刺さった。血液が飛び散る。しかし——それは普通の出血ではなかった。彼の腕から溢れ出た血は、空中で静止し、脈動し始めた。

「な——」

カナヴィンの言葉が止まる。

アーデンは、自分の腕に開けた穴から、ゆっくりと血管を引き出した。それは生々しい赤紫色の紐のように、彼の指の間に絡みつく。

1本。2本。3本。

10本。

彼は無造作に、自分の体内から血管を引き抜いていく。太いものも細いものも関係なく、それらはぷつりぷつりと体内から分離されていく。

血が滴る。

しかし——それらは弛緩しなかった。

アーデンの魔力が、それらの血管に注ぎ込まれる。

瞬間。

それらは——硬化した。

ぐにゃりと蠢いていた肉の紐が、一瞬で張り詰め、まっすぐに伸びる。表面が銀色に輝き、金属のような質感を帯びていく。もはやそれは血管ではない。槍だ。アーデンの生きた血液と魔力で鍛えられた、10本の真紅の槍。

「——そういうことだ」

アーデンは、自らの腕に刺さった傷口すらも血で塞ぎながら、ニヤリと笑った。

カナヴィンの口から、情けない声が漏れる。

「は?」

「どうやらお前は、武器を一本持っていけばそれで終わりだと——そう思い込んでいたようだな」

アーデンは肩を竦めて見せた。

「俺にとって、武器とは——この身体そのものだ」

彼は、もう一度自分の腕を掴んだ。今度は違う場所。さらなる血管を引き抜く。

10本。

さらに10本。

合計——20本の血管の槍が、アーデンの周囲に無造作に浮かんでいる。それらはまるで生き物のように、ゆっくりと脈動し、獲物を狙う蛇のように蠢いている。

「こんなの……ありかよ……」

カナヴィンは呆然と呟いた。

「——まだ終わりじゃないぞ?」

アーデンはそう言って、20本の槍のうちの10本を掲げた。彼の魔力が槍に注がれる。

すると——槍が分裂した。

1本が2本に。2本が4本に。一瞬のうちに、10本の槍が30本の、より短いながらも無数の投擲槍へと変化した。

計40本の槍が、カナヴィンの頭上を覆い尽くす。

「いいだろう。目を開いてよく見ていろ」

アーデンが、指をひとつ鳴らした。

「——逝け。《降り注ぐ血槍》」

その言葉とともに、40本の槍が、空を舞った。一斉に高く舞い上がり、天井近くで静止する。その後、その全ての切っ先が、カナヴィンに向けられた。

「まさか……こんなのって……!」

「どうした? さっきまでの威勢はどこへ行った?」

アーデンの声が、冷たく響く。

「——くそがあああああ!!」

カナヴィンは地面を蹴った。

次の瞬間——40本の槍が、流星のように降り注いだ。

カナヴィンは地面を転がった。

ドドドドドドドッ!!

無数の槍が、彼のいた場所を次々と穿つ。石畳が砕け、粉塵が舞い上がる。耳をつ

どうやら、クナヴィンはこいつ相手に苦戦しているみたいだ。

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