第17章 人間になるための代償
新設された塔の中。
湿っぽく、肌にまとわりつくような空気。
そこには静かだが、活気のある羽鳴りが響いていた。
クナヴィン。 かつては天から落ちてきた、ただの廃棄された実験体。 身の丈、わずか二フィートの骸骨。
そんな彼が今、自分だけの玉座に腰掛けていた。
彼はもう、最底辺のモブではない。 ダンジョンという壮大で寄生的な生態系の底にいる存在ではない。 れっきとした、塔の主だった。
クナヴィンは自分の塔でマイペースに過ごしながら、ある作業に没頭していた。
苦労して稼いだダンジョンポイント(DP)の割り振りだ。
ポイントの大部分は、塔の防衛強化や構造維持に消えていく。
だが、クナヴィンは密かに、ある計画を進めていた。
極めて個人的で、とてつもなく野心的な目標のための貯蓄。
それは、彼自身のための貯金だった。
具体的に言うなら。
彼は――『人型』になりたかった。
この広大で混沌とした世界。
そこには、Sランクモンスターに関する根本的な誤解があった。
多くの冒険者はこう信じている。
モンスターが恐るべきSランクに到達すると、知性の拡大に伴って自然と人型へ進化する、と。
だが、それは真っ赤な嘘だった。
真実は、もっと事務的なもの。
彼らは実際――ダンジョンメニューからそれを『購入』していたのだ。
人間に酷似した姿への変身。
それは、究極のプレミアム機能だった。
スライムから深淵の巨獣にいたるまで、あらゆる種族に対応している。
この変身は、単なる肉体の偽装ではない。
人間の解剖学的構造によって、肉体を根本から強化するものだった。
筋肉もない。 腱もない。 過去には文字通り、自分の腕を引き抜いて棍棒代わりに使ったことさえあるクナヴィン。 そんな彼にとって、この人間の肉体構造はまさに聖杯だった。
完璧だった。
人型の形態であれば、四つん這いになることも、走ることもできる。
四本の足に頼ることなく、複雑な機動が可能になる。
二本の足で立つことは、かつてない機動力を解放するのだ。
さらに、サイズパラメータも厳格に規制されていた。
最適なパフォーマンスを発揮するため、身長は4フィートから8フィートの間と定められている。
8フィート以上になれば、それは『タイタン(巨人)』。
4フィート未満なら、それは『ドワーフ(小人)』に分類される。
クナヴィンにとって、この4~8フィートという範囲こそが、絶対的な「完璧」の定義だった。
しかし、そこには罠があった。
この変身を発動できるのは、ダンジョンメニューを持つモンスターだけ。
本質的にオン・オフのトグルスイッチとして機能するもの。
あの『血塗られた塔』の伝説的なダンジョンボスと同じ仕組みだ。
さらに、メニューがあってもすぐに購入できるわけではない。
ショップでその項目を目にする権利を得るためだけでも、まずはSランクになる『必要』があった。
一度ロックを解除すれば、それを購入することは自らの四肢を代償にするようなもの。
費用は正確に――1000ダンジョンポイント。
壮大なる宇宙の台帳において、1000DPは「低」から「高」への境界線。
まさにその中間に位置する数字。
とっくにSランクを超越した古代の存在たちにとっては、小銭にすぎない。
安すぎるほどだ。
だが、今のクナヴィンにとっては『極めて高額』。
天文学的な財宝だった。
現在、彼のDPの貯えは。
きっちり、675。
ここで、疑問に思う者もいるだろう。 「ちょっと待て。塔の移転のせいで、彼はまだハンターを一人も殺していないはずだ。なのにどうして675ポイントもあるんだ?」
その答えは、この世界のダンジョン生態系における根本的な仕組みにあった。
彼の領地が単なるポータルから正式な「塔」へとアップグレードされた時。
吸収の規則もまた進化していたのだ。
動物。
モンスター。
人間。
エルフ。
およそあらゆる生ける生命体は、処理されてダンジョンポイントへと変換することが可能になった。
しかし、その交換レートは、生物が本来持つ危険度によって劇的に異なっていた。
モンスターは、根本的に人間よりも危険で魔力密度が高い。
そのため、はるかに高いDPの払い出しをもたらした。
宇宙システムは、その価値をランクによって厳格に算出していた。
【人類のハンターのDP獲得量】
・Dランク(一般的なハンター):5 DP
・Cランク:10 DP
・Bランク:20 DP
・Aランク:35 DP
・Sランク:50 DP以上
【モンスターのDP獲得量】
・Dランク:10 DP
・Cランク:30 DP
・Bランク:50 DP
・Aランク:75 DP
・Sランク:100 DP以上(高ランクになるほど無限にスケール)
また、論理的にこう尋ねる者もいるかもしれない。
「なら、あの時Cランクのハンターたちを殺した時、なんで5ダンジョンポイントしか手に入らなかったんだ?」
答えは単純だ。
当時、彼の領地はまだただの『ポータル』であり、塔ではなかった。
ポータルの処理効率は、完全に具現化した塔のインフラに比べれば、目も当てられないほど劣悪だったのだ。
アップグレード以来、クナヴィンはただの一ポイントたりとも無駄にせず、冷酷に溜め込んできた。
今この時まで、ダンジョンポイントを蓄えていた。
675DP。
1000までは、もどかしいほどにあと一歩。
その数字こそが、彼の究極の目標だった。
不釣り合いに大きな玉座。 そこに腰掛け、クナヴィンの妖しく輝く青い眼窩の炎が、自身の小さな骨の手を見つめながら揺らめいた。
「人型……」
クナヴィンは、空っぽの頭蓋骨の中で内なる声を響かせながら呟いた。
「もしこれを買えば……本当に筋肉が……血管が手に入るのか? それなら確実に、もっと強くなれるはずだ……筋肉がなければ、限界を超えることなんてできない。今のままじゃ、ただ停滞するだけだ」
彼は小さな手を固く握りしめた。
かつて禁断の大陸で目撃した、Sランクの人型ドラゴンたちの圧倒的な威圧感を思い出す。 彼らの純然たる生物学的完璧さは、凄まじい力を放っていた。
あれが欲しい。
あれが『必要』なのだ。
「誓うぞ……」
クナヴィンは誰もいない玉座の間に向かって宣言した。
彼の目に見えない感情の絆が、絶対的な決意とともに燃え上がる。
「手足の一本や二本、代償になろうとも、絶対にそれを買ってやる!」
彼の決意は、かつてないほど激しくその胸の中で燃え盛っていた。
ピコン!
彼の目の前の空間に、半透明で青く輝くシステムウィンドウが突如として実体化した。
クナヴィンは空っぽの眼窩を瞬かせ、玉座の上で身を乗り出した。
画面の文字にはこうあった。
【『クナヴィン』よ。あなたと同類である者からの贈り物を受け取りますか?】
【[はい] / [いいえ]】
クナヴィンは頭蓋骨をひねって小首を傾げた。
僕と同類?
別の骸骨か?
それとも、別の塔の主のことか?
「贈り物って何だ?」
彼は怪しむように輝く目を細め、虚空に向かって問いかけた。
彼の声に出した思考に反応するように、システムウィンドウが波打つ。
文字が滑らかに書き換わっていく。
【正確に、325ダンジョンポイントです】
クナヴィンの顎の骨が物理的に外れた。
ガクン、と胸のあたりまで落ちる。
675足す325。
きっちり、1000。
それこそが、彼が必要としていたまさにその数字だった。
筋肉。
血管。
そして4~8フィートの、栄光ある完璧な人型肉体構造。
それを解放するための境界線。
その誘惑は、あまりにも絶対的だった。 自身の脆弱な2フィートの骸骨という骨組みを超越したいという必死の渇望。 それが、彼がどうにか身につけていた未熟な警戒心を完全に上書きしてしまった。
一秒の躊躇もなく、クナヴィンは手を伸ばした。
[はい]をクリックした。
瞬間。
青い画面が激しく明滅し始めた。
光が急速にストロボのように点滅する。
不快で耳障りなノイズが玉座の間に満ちる。
先ほどまでの綺麗なテキストが激しくバグり始めた。
文字がスクランブルを起こする。
配置が乱れる。
そして――新たな、背筋の凍るようなプロンプトへと再構成された。
【『血塗られた塔』との「塔対抗戦(タワーVSタワー)」を行いますか?】
クナヴィンがその言葉を処理するよりも早く。
拒絶するために骨の指を動かすことさえできぬうちに。
システムウィンドウは、不気味なネオングリーンにフラッシュした。
【正常に受理されました……塔対抗戦を開始します……】
張り詰めた、苦しいほどの沈黙が空間に満ちた。
ダンジョンに漂う周囲の魔力が濃密さを増していく。
不自然で息の詰まるようなプレッシャーが部屋を充満させていく。
【今すぐに!】
――バキィィィン!
クナヴィンの玉座の真下にあった頑丈な石の床が、文字通り消失した。
「……え?」
深淵の闇を湛えた巨大な大穴。
それが彼の足元で猛烈に引き裂かれるようにして開いた。
クナヴィンは悲鳴を上げる暇さえなかった。
前のめりに倒れ込み、虚空へと真っ逆さまに落ちていった。
彼のまっさらな塔にあったすべてのものが、空間の裂け目へと吸い込まれるように内側へと崩壊し始める。
家具も。
溜め込んでいたアイテムも。
そして彼の領地の建造物そのものまでもが、暗闇の中へと墜落していく。
廊下の奥から、耳を聾するような、パニックに陥った鳴き声が響き渡った。
彼の忠実な相棒となっていた身の丈20メートルの巨大な怪鳥。 『黒曜石の嵐のロック鳥』のルーフもまた、同様に崩落する床に飲み込まれていた。 巨大な翼を、押し潰すような空間重力に対して虚しく羽ばたかせている。
光なき虚空へと自由落下していく。
あの悪名高き『血塗られた塔』との激しい衝突へと、猛スピードで突き進む。
塔にいる全員の脳裏に、共通する一つの恐ろしい思考がよぎっていた。
一体、何が起きているんだ!?
どうやって物語を進めていくか考えるのは本当に難しいですが、それでも頑張って続けています!
だから、今さら諦めないでください。
ここまで来たんですから!




