第16章 もう一つの塔、血塗られた塔
アスケルトン・クレアトラッハから遥か遠く。
黒い森を越え。
雲を貫く巨大な山脈を越え。
禁じられた大陸の奥深く。
そこには、もう一つの塔が存在していた。
その姿は、ナヴィンの塔とは大きく違っていた。
黒と深紅に染まった外壁。
まるで固まった血で作られたような、不気味な構造。
周囲の空気は重く。
近付くだけで本能的な恐怖を感じるほどだった。
その塔の名は――
【ブラッディ・タワー】
Sランク塔。
禁じられた大陸に存在する数多くの塔の中でも、特に危険視される存在。
その周囲に住む魔物たちは、本能的にその場所を避けていた。
なぜなら。
そこには――
絶対的な支配者が存在するからだ。
そして。
ブラッディ・タワー最深部。
その玉座の間。
ドォォォォォン!!
巨大な拳が壁へ叩き込まれた。
塔全体が揺れる。
天井から粉塵が落ちる。
近くにいた魔物たちは恐怖で震えた。
その中心に立っていた存在。
それは――
人型だった。
長い赤髪。
整った顔立ち。
鍛え抜かれた肉体。
一見すると、人間と何も変わらない。
しかし。
その姿には明らかな異常があった。
肌は青白く。
そこに赤みが混ざった不気味な色。
目から血が流れる。
耳から血が流れる。
口から血が滴る。
鼻からも。
そして。
皮膚の隙間からさえ血が滲み出ていた。
腕には太い血管が浮き上がり、まるで生き物のように脈動している。
これは怪我ではない。
これが彼の存在そのものだった。
彼はSランクへ到達したダンジョンボス。
その領域に達した存在は――
姿すら自由に変化できる。
知性。
肉体。
存在の形。
全てが普通の魔物とは違う。
ブラッディ・タワーのダンジョンボスは、目の前を睨みつけていた。
怒り。
憎悪。
そして。
理解できない感情。
「なぜ……」
低い声が響く。
「なぜ……」
血が顎から落ちる。
「なぜ、別の塔が存在している……?」
その瞬間。
目の前にダンジョンメニューが表示された。
【近隣の塔を確認】
【名称:アスケルトン・クレアトラッハ】
【ランク:A+】
【距離:近距離】
【選択可能項目:移転】
彼は画面を見る。
数秒。
沈黙。
そして。
表情が歪んだ。
「A+……?」
拳を握る。
「A+ランクの塔が……」
「俺の領域の近くに存在しているだと?」
しかし。
彼を本当に苛立たせたのは別の部分だった。
「だが……」
もう一度情報を見る。
「なぜだ……?」
声が低くなる。
「なぜ、あの塔がダンジョンメニューを持っている?」
ダンジョンメニュー。
それは本物のダンジョンを象徴するもの。
通常。
強大な塔ほど、その資格を持つ可能性が高い。
しかし。
A+ランク。
それはおかしい。
特に。
Sランクである自分の塔の近くに存在するなど。
許されることではない。
ドォォォォォン!!
再び拳が壁へ叩き込まれた。
今度は先ほどより強い。
壁には巨大な亀裂が走る。
ただの亀裂ではない。
蜘蛛の巣のような巨大なひび割れ。
衝撃によって粉塵が舞い上がる。
しかし。
ブラッディ・タワーは違った。
ゆっくりと。
まるで生き物のように。
壁を再生させる。
亀裂は消える。
粉塵も消える。
数秒後。
何事もなかったかのように元通りになった。
彼はそれを見て。
さらに怒りを募らせる。
「……そうか」
長い赤髪を揺らしながら振り返る。
「なら」
冷たい笑みを浮かべる。
「俺が直接潰してやる」
その瞬間。
ダンジョンメニューが表示される。
【特殊イベント発見】
【塔 VS 塔】
開始しますか?
彼は笑った。
危険な笑み。
「塔 VS 塔……か」
ゆっくり歩き出す。
「いいだろう」
手を上げる。
「開始する」
部屋の奥。
血で作られた玉座が現れる。
彼はそこへ向かう。
長い赤髪が揺れる。
一歩。
また一歩。
そして。
玉座へ座る。
次の瞬間。
彼は自分自身の腕へ手を突き刺した。
ブチッ。
血が流れる。
しかし。
彼は表情を変えない。
むしろ楽しそうだった。
腕の内部へ手を入れ。
何かを掴む。
それは――
一本の長い血管。
彼はそれを引き抜いた。
ゆっくり。
ゆっくり。
すると。
血管が形を変える。
伸びる。
硬化する。
そして。
一本の巨大な槍へ変化した。
自分自身の肉体から作り出した武器。
彼はそれを肩へ乗せる。
そして。
笑う。
「さて……」
赤い槍を眺める。
「この土地を支配する資格があるのは……」
目を細める。
「どちらか確かめようじゃないか」
【塔 VS 塔】
【開始準備】
【相手側へ承認要求を送信します】
彼は画面を見る。
しかし。
突然。
「……待て」
停止する。
「変更しろ」
【内容変更しますか?】
彼は笑った。
「塔同士の戦いなんて言えば……」
口角が上がる。
「警戒されるだろう?」
「ただの贈り物に見せろ」
【メッセージ形式変更】
【贈呈品として偽装】
「これでいい」
彼の目が光る。
「何も知らない愚かな存在は……」
槍を握る。
「自分に何が迫っているのか理解できない」
そして。
笑い声が漏れる。
「フッ……」
小さな笑い。
「ハハ……」
少し大きく。
「ハハハハ……」
やがて。
「ハハハハハハハハハ!!」
その笑い声は塔全体へ響き渡った。
魔物たちは動きを止める。
空気が震える。
ブラッディ・タワーそのものが、その笑いに反応しているようだった。
【招待状送信中】
【1%】
一方。
アスケルトン・クレアトラッハ。
玉座の間。
ナヴィンはいつものように座っていた。
ステータス画面を眺めながら。
「レベル81……」
頷く。
「悪くない」
近くではルークが寝ている。
巨大な体を無理やり小さな場所へ押し込んでいた。
どうやって入ったのかは誰にも分からない。
本人ですら分からないかもしれない。
ナヴィンはそんなルークを見た。
「……」
「まあいいか」
世の中には知らない方がいいこともある。
その時。
遠くから。
ほんの僅かな音が聞こえた。
「ハハハハハハ……」
ナヴィンは顔を上げる。
「ん?」
耳を澄ます。
しかし。
すぐに聞こえなくなる。
距離。
そして。
何層もの塔の壁。
それらが音を遮っていた。
「気のせいか」
ナヴィンは肩をすくめた。
禁じられた大陸では変な音など珍しくない。
気にするほどではなかった。
彼は再びステータス画面を見る。
しかし。
遠く離れた場所では。
一つの計画が進んでいた。
【招待状送信中】
【2%】
二つの塔。
二人のダンジョンボス。
一方は――
弱いと言われ続けたA+ランクの塔。
もう一方は――
Sランクの恐怖の塔。
互いの力を知らぬまま。
運命の衝突は近付いていた。
塔 VS 塔。
どうやら、新しいキャラクターが登場するようです。




