第14章 影の狩人と塔の外の現実
アスケルトン・クレアトラッハの中枢室。
薄暗い空間の中央で、ナヴィンはダンジョンメニューをじっと見つめていた。
青い炎が揺らめく眼窩の奥で期待が膨らむ。
そして。
彼はついに大量のポイントを消費して、一つのスキルを購入した。
【Aランクスキル】
《ステルス・オブ・シャドウズ》
影に溶け込み、自身の存在感を極限まで希薄化する。
発動中、索敵能力が一定以下の対象は術者を認識できない。
「おお……」
ナヴィンは感動した。
「Aランクだ……」
しばらく眺めた。
「Aランク……」
もう一度言った。
嬉しいからだ。
「なんか凄そうだ」
彼は満足げに頷いた。
正直、どれくらい凄いのかは分からない。
だがAランクと書いてある。
つまり凄い。
理論は完璧だった。
「よし!」
ナヴィンは勢いよく立ち上がる。
「早速試そう!」
新しいおもちゃを手に入れた子供のように。
いや実際に精神年齢的には子供なのだが。
彼は急いで塔の出口へ向かった。
塔の外。
禁じられた大地。
黒曜石の地面。
紫色の空。
金属のような木々。
相変わらず物騒な景色だった。
ナヴィンは外へ一歩踏み出した。
その瞬間。
ブゥン――
空気が揺れた。
「ん?」
何かを通り抜けた感覚。
壁ではない。
止められたわけでもない。
しかし。
何かがおかしい。
胸の魔法心臓が重く感じる。
身体が鈍い。
脚が重い。
腕が重い。
「……あれ?」
その時。
目の前にウィンドウが現れた。
【通知】
あなたは塔の領域を離れました。
「え?」
ナヴィンは首を傾げた。
さらに続けて。
【ダンジョンマスター補正解除】
【領域外ペナルティ適用】
「え?」
そして最後に。
【警告】
塔の周辺領域を離れたため、
全ステータスが75%減少します。
沈黙。
風が吹く。
遠くで怪物が吠えた。
そして。
「なにぃぃぃぃぃぃぃ!?」
ナヴィンは絶叫した。
「七十五パーセント!?」
頭蓋骨を抱える。
「七十五!?」
「五じゃなくて!?」
「十五でもなくて!?」
「七十五!?」
絶望だった。
もはや別人レベルである。
「なんだそれぇ!」
彼は泣きそうになった。
いや涙は出ない。
目玉がないからだ。
代わりに精神が泣いた。
「なんで急にこんな弱くなったんだ!?」
身体を確認する。
確かに違う。
塔の中では軽々動いていた。
今は重い。
とても重い。
「うわぁ……」
彼は肩を落とした。
「これじゃ狩りどころじゃないぞ……」
長いため息。
もちろん肺はない。
精神的ため息である。
「仕方ない」
彼は諦めた。
「今は戻るか……」
その時だった。
ドシン。
ドシン。
ドシン。
大地が震えた。
ナヴィンは振り返る。
そこにいた。
巨大な黒い怪物。
全長十メートル。
六つの赤い眼。
鋭い牙。
黒い甲殻。
見た目からして危険だった。
そして。
Lv.60
「……」
ナヴィンは空を見上げた。
「はは」
乾いた笑い。
「なんてタイミングだよ」
怪物が咆哮する。
グオオオオオオオオオオ!!
「うるさい!」
ナヴィンは叫んだ。
「今ちょうど人生について考えてたんだ!」
怪物は当然聞いていなかった。
そして突撃態勢に入る。
ナヴィンは慌てて後退した。
だが。
その時。
彼の頭にある考えが浮かぶ。
青い炎が揺れた。
「待てよ……」
怪物を見る。
塔を見る。
怪物を見る。
塔を見る。
そして。
比喩的な笑みが浮かんだ。
「……中に連れ込めばいいじゃないか」
静寂。
そして。
「天才だな僕」
ナヴィンは自画自賛した。
彼は近くの赤い植物を引き抜いた。
布のような葉だった。
ヒラヒラ振る。
「おーい」
ヒラヒラ。
「こっちだぞー」
ヒラヒラ。
「バーカ」
ヒラヒラ。
怪物の額に青筋が浮かんだ気がした。
次の瞬間。
グオオオオオ!!
突撃。
「効いた!」
ナヴィンは逃げた。
全力で。
塔へ向かって。
怪物も追う。
ナヴィンも走る。
怪物も走る。
ナヴィンも走る。
まるで闘牛だった。
違うのは牛より百倍危険なことだけである。
「うわ来たぁぁぁぁ!!」
ナヴィンは叫びながら塔へ飛び込んだ。
怪物も勢いのまま侵入する。
成功。
その瞬間。
【領域内へ帰還】
【ダンジョンマスター補正適用】
【ステータス減少解除】
「よっしゃああああ!!」
身体が軽くなる。
力が戻る。
これだ。
これこそがホームグラウンド。
ダンジョンマスターの領域。
怪物は周囲を見回している。
侵入したことに気付いていない。
ナヴィンはニヤリとした。
比喩的に。
「始めるか」
《ステルス・オブ・シャドウズ》
影が伸びる。
彼の身体が暗闇へ溶ける。
気配が消える。
存在感が消える。
怪物の視界から完全に消えた。
「すごっ」
ナヴィンは感動した。
「本当に見えてない」
怪物は混乱している。
獲物を見失ったのだ。
「じゃあ……」
ダガーを構える。
「行くぞ、野郎」
シュッ。
影の中から接近。
ザシュッ。
毒付きの短剣が甲殻の隙間を切り裂いた。
【状態異常付与】
毒
「よし」
即座に離脱。
怪物は気付かない。
なぜなら。
その前方には。
大量のスケルトン兵がいた。
カタカタカタカタ!!
以前より強化された軍勢。
今のスケルトン兵はランクD。
さらに。
第二層の守護者。
スケルトンナイト。
彼はランクC+に進化していた。
かつてとは別物である。
怪物は軍勢へ突撃した。
ドゴォォン!!
骨が飛ぶ。
壁が砕ける。
だが。
スケルトンたちは怯まない。
何度砕かれても立ち上がる。
怪物の注意は完全に軍勢へ向いていた。
その隙を。
ナヴィンは逃さない。
七秒後。
ザシュッ。
【毒付与】
七秒後。
ザシュッ。
【毒付与】
七秒後。
ザシュッ。
【毒付与】
「ふふふ」
ナヴィンは笑う。
「気付いてない」
完全に気付いていない。
怪物はスケルトン軍を相手に必死だった。
そして毒は蓄積する。
どんどん。
どんどん。
どんどん。
怪物の動きが鈍る。
甲殻が黒ずむ。
呼吸が荒くなる。
咆哮が弱くなる。
「効いてる」
ナヴィンは確信した。
そして攻撃を続ける。
七秒ごと。
まるで永続ダメージだった。
怪物にとって悪夢である。
見えない敵。
終わらない毒。
死なない骨軍団。
最悪だった。
二分後。
怪物の足が崩れた。
ドン。
膝をつく。
さらに。
ザシュッ。
最後の一撃。
毒が全身を巡る。
怪物は絶叫した。
そして。
崩れ落ちる。
ドォォォォォォン!!
勝負は終わった。
【討伐成功】
ナヴィンは拳を握る。
その瞬間。
大量の通知が現れた。
【340,320EXP獲得】
【称号効果発動】
【最弱のボス】
経験値400%上昇
「え?」
さらに。
【レベルアップ】
【レベルアップ】
【レベルアップ】
【レベルアップ】
止まらない。
次々と流れる。
十回。
十五回。
二十回。
二十三回。
そして。
【レベル71到達】
静寂。
ナヴィンは固まった。
「……」
確認する。
もう一度確認する。
さらに確認する。
そして。
「よっしゃあああああああ!!」
飛び上がった。
骨がガチャガチャ鳴った。
「これだ!」
「これだぞ!」
「レベル七十一!」
今までで最高レベルだった。
だが。
喜びは長く続かなかった。
ふと。
彼は塔の出口を見る。
外の世界。
あの見えない境界。
七十五パーセントの弱体化。
現実。
「……」
青い炎が揺れた。
「まだ足りない」
その声は静かだった。
レベル71。
確かに強くなった。
しかし。
塔の中だけだ。
外へ出れば。
また弱くなる。
禁じられた大地には。
もっと恐ろしい怪物がいる。
もっと強い存在がいる。
そして。
いずれ。
外へ出なければならない日が来る。
「……」
ナヴィンは拳を握った。
「もっと強くならなきゃ」
青い炎が静かに燃える。
「生き残るために」
彼は外の世界を見た。
未知の大陸。
未知の敵。
未知の未来。
そして。
静かに呟く。
「僕はまだ弱い」
「だから――」
「もっと強くなる」
ステータス
名前:ナヴィン
レベル:71
称号:
【最弱のボス】
・獲得経験値400%上昇
能力値
筋力:68
敏捷:89
耐久:65
魔力:54,340 / 54,340
HP:123,430 / 123,430
スキル
【Aランク】
《影の潜伏》
影へと溶け込み、自らの存在感を極限まで消失させる。
発動中、索敵能力の低い対象からは認識されなくなる。
文章のスタイルを少し変更してみました! それでも楽しんでいただけたら嬉しいです!




